追憶と初めての体験
まだまだ、語彙力も語学力も表現力もない未熟者ですが、これからもよろしくお願いします。
「あんたはどうしてこんな簡単なこともできないの!」
「ご、ごめんなさい」
俺は誰かに愛情を注がれた、注いでもらえたと思えた事が人生の中でただの一度もなかった。
様々なものが散乱するリビングで、落ちていた空の缶ビールに足を取られ持っていた料理の盛り付けられた食器ごと床に転がる。
母親は『自分の作った料理が台無しにされた事』に激昂していた。腰に手を当て床に散らばった食事の残骸を目で指し無言で後始末をするよう命令してくる。
リビングどころか『俺の部屋以外は』家内全てが散らかっている事は全て棚上げだ。
俺には頼る相手などいなかった。祖父母は俺が生まれる前に病気で亡くなっていると聞かされていたし。父親は父親で、仕事こそ真面目にするがその鬱憤を自分の息子にあたる事で晴らすというくそったれた両親だった。
俺は零してしまった料理のあと始末をしていたが母親からは罰として晩飯は抜きだと言われた。これもいつもの事なので、もう慣れてしまっていた。
片づけを終えた後は自分の部屋に戻っていく。
自分の住んでいる家は一軒家と言う事も有り部屋は二階にあった。俺は静かに階段を上り部屋のドアを開ける。そこには殺風景ながらもきちんと整理された部屋が存在していた。これも母親の躾で部屋が汚いと罵詈雑言を浴びせられ、父親からは暴力を振るわれた。自分の部屋や、リビングは散らかっている事について指摘した事があるが、その時は「子供の癖に口答えをするな!」と理不尽な言い分で一蹴された。
あんな母親だが、外面だけは良いので、近所や学校の先生からは良い母親、仲のいい家族などと思われている。その為他の周りの大人たちに相談しても、子供の戯言で済まされてしまう。それが理由で俺は周りの大人たちは一切信用しないことにしている。そんな俺の唯一の楽しみはゲームだった。なぜこんなイカレた家庭環境でゲームが出来るのかは至って簡単だ。それは俺がこの家で邪魔者だったからに過ぎない。だからいつも食事を済ませた後はすぐさま部屋に籠ってはゲームばかりしている。時々母親か父親のどっちかが、憂さ晴らしに、俺にいちゃもんをつける為、俺が学校に行っている間に部屋の状態をチェックしているみたいだが、散らかっていると何されるか分かったものではないので、いつも綺麗にはしてある。
俺はベッドに腰を下ろし、ゲーム機を起動させる。家がそれなりに裕福と言う事も有り、ゲーム機は沢山あった。だがその事について感謝する気は毛頭なかった。間接的に部屋に閉じこもる為に買い与えている様なものだったからだ。ゲームを始めて数分が経った頃、下の階で物音がした。恐らく父親が帰宅して来たのだろう、母親との楽しげな話し声が二階の俺の部屋まで響いてきた。いつもこうして俺は蚊帳の外で過ごしてきた。
幼心にして俺は「何のために生まれてきたのだろう・・・」そう思う時がほぼ毎日あった。
―――――――
次の日の朝、外の天気は雲一つない快晴だったが、俺の気持ちは晴れなかった。学校に行きたくないというのが主な理由だが、世間体を気にしている両親が学校を休むなんて事を許すはずがなかった。重い足を運んで、下の階へ降りていく。リビングのテーブルには家族全員分の朝飯が用意されていた。白飯に味噌汁、サラダとベーコンと一緒に焼いた目玉焼きという内容となっていた。
「ほら早く食べてしたくしなさい!遅刻でもしたら私たちが困るんだからね!」
「・・・はい、お母様」
俺は生気の無い返事を返しつつ食卓に着く
「光一あまり母さんを困らせるものじゃないぞ。怒られるのはお前が『いい子にしてない』からだ」
いい子・・・、つまり親や学校、周りの大人忠実で『自分達にとって都合の良い』子ども。
血の繋がった・・・血の通った人間のする目とは到底思えないほど冷徹なものだった。
さっさと朝食を済ませ、学校に行く準備をする。時間にはまだ余裕があるが早々に着替えたりしないとまた何を言われるやら。二階に駆け上がり着替えを済まし、下に降りる。
「それじゃあ・・・、行ってきます・・・」
「ほらあなた、ネクタイ曲がってるわよ」
「おお、すまないな」
俺の事など何処吹く風といった感じで、そんなやり取りをしてるのが聞こえてきた。
「それじゃあ行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
いつも通り俺に対してはそんな言葉をかけることはないが、もう慣れている事なので気にせず家を出る。もう九月下旬と言う事もあってか、外は肌寒かった。ただ年を重ねるごとに、外の風が冷たく感じるのは季節のせいだけだろうか。そんな疑問を抱えながら、家と同じかそれ以上に嫌な学校、『涼風小学校』が見えてきた。学校と、家、どっちが地獄かと聞かれると返答に困るくらいどっちも俺にとっては良い場所ではない。
―――――――――
「お前本当にやる気あるのか!毎回毎回、同じようなミスしやがって!クズが!」
これが俺が学校を嫌っている理由の一つである。俺は家ではいつも引きこもって誰とも遊ばないという事もあり、運動が大の苦手だった。その為体育の時間が学校の授業の中では一番苦痛だった。自分では一生懸命やっているつもりでも、周りはそう思わないらしい。やれふざけてるだの、やれやる気が無いだのと言われる。最終的には「お前とはチームを組みたくない」と言われ除け者にされるのがオチだ。今も授業でサッカーをやっていたのだが、先生に促され仕方なくチームを組んでいるという状況だ。
「ごめん、皆の足を引っ張っちゃって・・・」
「はぁ!?ごめんで済むような回数だと思ってんのか!」
ちなみに今怒鳴り散らしているのは金山俊介。サッカーを習っていて他の運動も抜群のセンスでこなすクラスの大将みたいな存在だ。自分が運動が出来るからと言って他人にも高レベルのプレイを要求してくる運動が出来ないやつにとっては天敵みたいな奴だ。
だがいつも標的にされるのは決まって俺だけだった。理由は恐らく下手に他のクラスメイトよりも『経済面が』いい家庭環境で育ち、勉強だけはクラスの中でもトップクラスで周りからは先生に依怙贔屓されていると思われている節があるからだろう。多少運動が出来なくても勉強の面でカバーできているから、運動について先生が強く言わないと勘違いしているようだ。本当に頭のお目出度い奴らだ。
「お前よぅ、ちょっと勉強できるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「そ、そんな。僕は調子になんて乗って無いよ!」
必死に弁明している途中で突然腹部に強烈な痛みが走った。
「がはっ・・・うぐぅ」
状況が呑み込めず、腹部を抑えて悶えている所に俊介が嫌な笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。どうやら腹部を思いっきり蹴られた様だ。
「くくっ、これは社会勉強だよ。先生の代わりに俺が社会のきびしさを教えてやるよ」
俊介が気持ち悪い笑みを浮かべてこちらを見下している。
――――しゃ、社会勉強だと?コイツが?何寝ぼけたこと言っていやがる。こんな奴に教わらなくともとっくに理解している。この社会は腐っている。その証拠に周りの生徒どもは止めに入るでもなく、先生を呼ぶでもない。「そうだそうだ!」「俊介やっちまえ」などと言う虐めに加担するような台詞が飛び交っていた。どいつもこいつも腐っていやがる――――
周りの連中を忌々し気に睨み付けていたら、ピーという笛の音がグラウンドに響いた。
「それじゃあ体育の授業はこれまでです。次は給食なので皆手を洗ってから教室に戻ってきてくださいね」
「そんな、先生まってくださ、ぐふっ」
「へへっ、先生に助けを求めようとしても無駄だよ」
先生には聞こえないような声でそう言い、俺の顔を踏みにじり言葉を遮らせた。その後俺は胸倉を掴まれ、無理やり立たされ、顔面を殴られまた地面に倒される。その後は友達とも思ってない奴らにボールよろしく蹴り飛ばされ続けた。
―――
給食の時間になる前に教卓に向かっている3-1の担当である秋永征先生にさっきの出来事を説明していた。虐められたのはこれが初めてではないが、今まで誰にも相談はしなかった。理由は誰も信用していなかったからだが、もう我慢の限界だった。藁にも縋る思いで今までにあったことを全て秋永先生に話した所で予想外の反応が返ってきた。
「はっはっは、光一君も面白い事を言うね。あの俊介君に限ってそんな事をするわけないじゃないか。その怪我だってどうせ転んで怪我しただけだろう?勉強ができる光一君がそんな冗談を言うとは思わなかったよ」
「そ、そんな先生信じてくださいよ。この怪我は転んだんじゃなくて本当に俊介が・・・」
「はいはいわかったから。一応後で事情は聴いてみるけど、単に遊んでただけじゃないのか?」
一方的にボコられる状況が遊びだというなら幼稚園から教育を受け直した方がいいんじゃないかと思う。
「それにね?光一君。もし仮に君が俊介君に何かをされたと言うのなら、『された自分に何か原因がある』とは思はないのかい?」
諭すように優しい口調でそう言った。
そして、教師として『虐めを擁護する』ような発言に俺は言葉を失った。逆説的に考えて『原因があれば虐めても問題ない』と言っているようなものだ。
ギスギスと痛む両腕は最後の力を使い果たしたかのようにダランと垂れた。
同時に世界から色が消えうせる様な錯覚を起こした。まるで俺だけがその空間に取り残されたように、ポツンと立ち尽くす。
耳には誰かの笑い声が残響の様に延々と響いていた。
俺はそのまま、何かに体を巻き取られるような不快感と閉塞感を感じた。ジャラジャラと耳障り。ゴツゴツト硬い。ギリギリときつい。グルグルと長い。
冷たい。重い。苦しい。動けない。痛い。痛い。いたい、イタイ。嫌だ・・・いやだ、イヤだ・・・・・・。
――――――――――――――――――
「はっ?!はっ、は、ふぅ」
「おはようコウイチ、随分と魘されていた様だけど、何か悪い夢でも見ていたの?」
気が付くとそこには心配そうにこちらを覗き込んでいるヘルディアの姿があった。そうかさっきのは夢か。悪夢のプレイバックを見ているようで目覚めが悪い。
「それとも、もしかして私の部屋寝心地悪かった?」
「あ、いや別にこの部屋が悪いわけじゃなくて、ちょっと過去の夢を見ていただけだ」
「過去?いったいどんな事があったの?」
「そうだな・・・」と言い、過去にあった出来事をヘルディアに話していく。ヘルディアは神妙そうに黙ってこちらの話を聞いてくれた。不思議な感覚だった。今までにこんなに真剣に俺の話を聞いてくれる人なんていなかったから妙に嬉しかった。と言うよりも、人じゃないから俺の話を聞いてくれるのだろうか。などと思いつつ話を進めていく。
「とまぁ、ざっとこんな感じだ」
一通り話を終えて、ヘルディアの様子を伺うと人生で初めての反応を返される。
「そっか、そうだったんだ・・・。辛かったでしょ?誰にも助けてもらえないなんて」
初めて誰かに本気で同情され、心配してもらえるなんて思ってもみなかった。俺は感動のあまり涙が出てしまった。
「大丈夫だよ。貴方はもう弱くないから。だけど今日は私の胸で泣いてもいいよ」
俺はその言葉に甘え、ヘルディアの胸の中で子供のように泣いた。彼女は人間社会で居場所がなく、妖怪になってもあてのなかった俺を部屋に招待までしてくれた。ここまで俺の気持ちを理解してくれるなんて、初めて合った時は思いもしなかったが、この子となら上手くやっていける。そう思った。ヘルディアに頭を撫でられるのは少しくすぐったかったが、それが心地よいと感じた。
「よしよし、あなたはまだ妖怪になりたてだから色々と安定しないこともあるだろうけど、これからは私があなたの味方だから」
ヘルディアは俺の頭を撫でたまま、一呼吸おいて次の言葉を吐き出す。
「私、『急用ができた』わ。少しお留守番を頼んでいいかしら?」
――――多分に急用は『できる』ではなく『思い出す』だと思うのだが・・・
さっきまでの聖母の様な慈悲に溢れた声から一転して、少し怒気を含めたような声に俺は思わず顔を上げる。
「えっと、どういう事?」
ヘルディアはその紅玉の瞳をぎらつかせて、恐ろしいまでの覇気を放ち言葉を放つ。
「ちょっと『清掃のボランティア活動』をしてくるだけよ」
にっこりと口端を上げるその表情は、目が見事なまでに笑っていない。
思うに地域貢献の――――地域の人達と仲睦まじく談笑しながらゴミを拾う事ではない事は分った。
――――となると。
「まさかとは思うが、お前俺の話してた連中を―――」
「その通りだけど?」
「な、何で俺の為なんかにそんな・・・!」
「私とあなたはもうお友達でしょ?困ってたら助け合うのは当り前よ」
サラリとそう言い、立ち上がる。
理解できなかった。人間の敵である妖怪が俺を助けたことも。俺の為に、こんなにも怒ってくれることが・・・。
俺は、何か妖怪に対しての認識が間違っていたのではと感じた。ただ己が欲の為に無差別に人を殺し楽しむ残虐なものと思っていた。しかしそれがどうだ、下手な人間よりもよほど情に厚く、箍の外れた非常識な化け物とは思えない倫理観。まだヘルディアしか実物は見ていないものの、全員が全員非道ではないとわかる。
だがこのままでは優しい彼女にだけ責任を負わせてしまう。
それは出来ない、でもっ・・・!
――――踏ん切りがつかないなら、手を貸してあげるよ
(だ、誰だ!?)
へルディアを止めなければ、そう思っても思うように体が動かず躊躇っているとどこからともなく声が聞こえたした。
――――誰かと聞かれれば困るかな?まぁ、強いて言えば君自身だ
(俺自身?どういう――――)
――――そのままの意味。もう一人の君だよ。弱い君に代わって僕が何とかしてあげるって言ってるんだ
・・・幻聴だな。きっと疲れてるんだよ俺。
――――疲れてるならなおのこと交代しよう。君は休むといいよ。ほら、そのまま目を閉じて委ねなよ。
――――――狂気の淵にさぁ!!
まるで気を失うような感覚だった。無意識の内に目を閉じて水の中にとぷんと意識を鎮められる。
――――そして
「いやへルディア、俺にやらせてくれないか?」
気が付けば勝手に口を動かしていた。