九話
最初の街、「ライール」。この街の教会は、ゲームでもそれほど人が居るような描写はされていなかった。しかし――
「誰もいないな……」
人っ子一人いないという状況はなかった筈だ。少なくとも神父は必ずプレイヤーが訪れる教会にいて、祝福を与える存在だったのだから。
「神父さんはどこかにお出かけしていらっしゃるのでしょうか……?」
そうだ、ここは現実世界。神父が一時的に祈りの間を離れることだってあるだろう。
そう思って四半時程待ってみたのだが、一向に神父が現れる気配はない。きっと長い外出なのだろう。一通り教会の中を見て回った俺達は、外へ出ようと扉へ向かう。その時だった。
ガチャ
「あら、お客さん?」
扉の向こうから、背の低い少女が顔を出す。彼女はこちらを見て、不思議そうに俺と目を合わせた。
「見かけない顔ね……旅人さんかしら。パパなら今はいないわよ」
パパ……とは神父のことだろうか。というかこの世界、神父が結婚できるのか。……いや、そもそも神父という存在自体、宗教者の記号として開発側が用意した架空の存在に過ぎないからな。現実の神父とは似ても似つかない記号、それがこの世界の神父だ。
「君は、ここの神父の娘か?」
「ええそうよ。悪いわね、折角来てもらったのに」
「いや、構わない。ところで、この教会はいつもこんなに人が少ないのか?」
俺が気になったことを訊ねると、少女は途端に顔を曇らせた。
「そうね……少ないというより、来ないのよ。この街の住人は、今はもう神様を忘れてしまったから」
「神様を……忘れた?」
「そう」
彼女は顔を俯けて目を伏せたままそう言った。
「この教会はね、呪われているのよ」
神父の娘は、名をエマと言った。はっきりとした顔立ちの娘で、薄茶色の髪を後ろで束ねている。そんなエマに、俺は疑問を投げかける。
「呪われているっていうのは、どういうことだ?」
「言葉の通りよ。この教会は呪われてる。正確には神父……あたしのパパが、って言った方がいいかもしれないわね」
「神父様が?」
セシルがたまらずに口を挟んできた。俺も驚いている。何故、神に仕えている筈の神父が呪われているということになるのか。
俺達が懐疑の目を向けていると、エマはゆっくりと語り始めた。
「最初はね、教会は皆に祝福を与える場所だった。街の人は誰もがこの祈りの間に立ち寄り、神への祈りを捧げたわ。パパもそんな人々に、神より授かりし力によって祝福を与え、感謝されていたのよ」
そこまでは、俺の知るゲーム世界における教会の在り方と一緒だ。教会は、神父がプレイヤーに祝福を与える場所。その設定が現実となっているこの世界で、神父がプレイヤー以外の人々にも祝福を与えるのは、何ら不思議ではない。
「でも、いつのことだったか……ある日、熱心に教会に通ってくれていたお婆さんが、亡くなったの。それからね、教会を訪れる人達が、次々と不幸に見舞われるようになった」
「不幸」
「そう、不幸。といってもそれが冗談にならなくてね。武器屋のハンスさんは大事な右腕を骨折するし、パン屋のアナおばさんはこの前流産した。酒屋の親父は高いところから落ちてきた瓶で頭を打って今も寝たきり。どこかの家では子どもが行方不明になったとか、どこぞの商人が商売で大損害を被っただとか、そんな話がこの街では溢れるようになった」
「それは、また……」
「最初は信心が足りないんだろうとか、そんな風に言う人もいたわ。でもね、その内噂になったの。あの教会は祝福ではなく、呪いをばら撒いているんじゃないか、って」
神父が祝福ではなく、呪いを与えているだって?そんな話、どこかで……
「神父様が呪いを!?そんな話、とても信じられません」
セシルがとても驚いた様子で首をふっているが、無理もない。だって神父は、プレイヤーに祝福という名の幸運値を……待てよ、幸運が不幸になる。やはり、どこかで俺はそんな現象を聞いたような……
「あたしだって信じたくない。でも、そのせいでここは、呪いの教会って呼ばれるようになった。教会がこんな有様だから、街の人は誰も神様を信じなくなって、ここには誰も寄りつかなくなってしまったのよ」
思い出した。バグ現象だ。俺はフィフスをプレイしている時に、何人かの仲間とネット上で情報交換をしていた。その内の一人で、バグだの裏技だのを見つけるのが上手いやつが教えてくれたのだ、この教会のバグを。
曰く、最初の街に辿り着く前にレベルを上げ過ぎると、神父の与えてくれる祝福で上がる筈の幸運値が下がる。仕様の可能性もあり。序盤でキラースネークを倒しまくって三十レベまで上げた俺が言うんだから間違いない――って、何やってんだあいつ。じゃなくて、レベル上げ過ぎたら神父の仕様が変わるって……どうすりゃいいんだ?恐らく、レベルが上がり過ぎた原因はあのウィルドゥーラだろうが、神父のバグだとか仕様変更だとか、しかもそれが街の住人にまで広まってるだなんて聞いてない。こんなイベントも、俺は見たことがない。そもそもこれは、ゲームイベントの類と同一視していいのか?
俺がそんな疑問に苛まれて頭を抱えていると、エマがこちらを見た。
「どうしたの?お兄さん」
「いや、何でもない」
「そう……とにかくね、あなた達が来てくれたのは嬉しいけれど、今はパパも人に祝福を与えることは止めているの。ごめんなさいね」
そう言うエマの顔は、どこかやるせないようだった。
「いや、そういう事情なら仕方がない。すまないな、いきなり訪問して」
「いいのよ。気が向いたらまた来て頂戴。あなた達が呪いを恐れないのなら……だけれど」
「ああ、また来るよ」
そう言って立ち去ろうとして、俺は最後に一つ、疑問に思ったことを訊いた。
「そういえば、エマ。君に不幸は訪れていないのか?」
教会の娘なら、とうに何かあってもおかしくないだろうに。エマは答えた。
「何もないわ。不思議なことにね」
「どういうことだと思う?」
宿屋の一室で、俺は二人に訊ねた。祝福が不幸を呼ぶ教会、街の噂、教会の娘――一人で考えるには材料が多すぎて、俺は二人に助けを求める。
「うーん、神父様が呪いをかけているというのは、私は信じられません。この街の神父様はノルドの村にも来てくださったことがありますが、誠実な方でしたし……」
「オイラも不自然だと思う。それに神が神父に祝福以外の力を授けるなんて、もっとありえないしなぁ……」
「そうだな。だが、エマの言うことがもし本当なら、この街には今不幸が蔓延しているってことになる。いつどこで何が起こるか……」
その時、隣の部屋から短い悲鳴と共にガシャンという大きな音が聞こえて、リックが飛び上がった。
「な、なんだよっ!一体」
「ちょっと様子を見てくる」
俺は部屋を飛び出すと、すぐさま隣の部屋へ向かう。もしかしたら、また誰かが不幸に見舞われたのかもしれない――
「大丈夫か!?」
俺は隣室のドアを勢いよく開けた。そこには、調度品の壺と思しき欠片が床に散乱しており、その横に倒れ伏した子どもの姿が――
「おい、君……」
「うるさい!とっとと出ていけ!この不審者がっ!」
子どもは倒れたまま、俺にそう怒鳴った。