八話
村を出た俺達は、村から続く細々とした道を頼りに歩き続けた。早朝の空気は肌寒く、前方から吹く風に俺は度々体を震わせた。
道中、俺は前から知りたく思っていたことを二人に尋ねていた。すなわち、魔法とは何か、ということを。
「……魔法とは何か、ですか。難しい質問ですね。子供の頃から自然に使えていたものですから、そんなこと、考えたこともなかったです」
「難しいなぁ……オイラもセシルと同じだ。魔法は魔法。自然と同じようにそこに在って、自然とは違う法則の下に成り立っているもの、かなぁ」
俺にとって、魔法とは「設定」だった。フィフスという名のゲーム世界において、必要とされて与えられた設定。だから、この世界を現実として生きる者達にとっての魔法とは一体どういうものなのか、それが気になったのは当然と言えるだろう。
「……そうか。じゃあ、質問を変える。俺に魔法は使えるだろうか?」
これは重要なことであった。ゲームにおける主人公「ゲイル」は勿論魔法が使えた。だが、日本の現代社会で生きてきた俺は当然、魔法の使い方など知らない。だから折角この姿になって、魔法を試そうにもやり方というものが分からないのだ。
「えっ!オマエ、魔法を使ったこと、ないのか?」
「珍しい……そのような人もいるのですね」
俺はここで、自分の事情をすべてこの二人に話してしまうべきか迷った。だが、話してもきっと理解しては貰えないだろう。俺は少し逡巡して、やっぱり話さないことに決めた。説明のしようがなかったからだ。だって、誰が言えるだろうか。この世界に生きる二人に対して、この世界は作り物かもしれない、だなんて。
「そんなに珍しいのか?どうにも、今まで教えてくれる人がいなくてな」
「そうなのですか……私で良ければ、簡単なことは教えて差し上げられると思います」
「オイラも手伝うぞ!しっかし、人間は皆魔法なんて自然に使えるもんだと思ってたがなぁ……」
「ありがとう、二人とも」
こうして、俺は二人から魔法の手ほどきを受けることになった。
「最初は……そうですね、やっぱりイメージが大切だと思います。想像してみてください、自分に力が集まるような感覚を」
という訳で、歩きながら魔法の実践をしてみることになった俺だが、これが中々に難しい。
「まず手を前に出して見ろ。右でも左でもいい。そう、それからゆっくり呼吸をして、意識を手に集中させるんだ」
意識とか感覚とか、結構抽象的なアドバイスしか貰えない。ある意味、これぞ魔法といった感じだ。なんだかセンスとか、そういったものを問われているようで、釈然としない。
「あっ!」
「すぐに消えたか……ゲイル、オマエ今ちょっと意識を乱したろ。でも、途中まではうまくいってたぞ。もう一度だ」
「あ、ああ……」
練習を始めてから約三十分。二人から様々なアドバイスを貰い、着々と俺は魔力のイメージを掴むことに成功していた。
「……っ!また失敗か……」
「いや、さっきよりは具現化もうまくいってる。そのまま、手のひらのまん中に力を集中させるような感じで」
「そうですね。大分、力の使い方が上手くなっています。もう少しかと……」
俺の手のひらの上に、徐々に力が集まってゆく。魔力のせいか、俺の視界にも空気の歪みのようなものが映る。ゲームと同じだから予測はついていたが、この力は――
「それにしても……ゲイルさんは風の適性を持っていたのですね」
風の力。それが俺の最初に発現させた魔法であった。普通の人間は、この適性を中心として様々な魔法の能力を伸ばすらしい。ただ例外もあって、一部の宝具や神具を使えば、一足飛びに他の適性も手に入るという――補助アイテムのことだな、と俺は思った。いわゆるボスを倒すと手に入るアイテムのことで、これによって主人公は最終的に全属性を扱えるようになる。
「風か……オイラの光なんかよりよっぽど戦いに向いた力だ。あとは上手く使いこなすだけだな」
「私は水と空間の力に適性があります……ゲイルさん、いつか複合魔法に挑戦しましょう?」
リックが感心したように、セシルが心なしか嬉しそうに俺の力を評する。そうだ、この力を俺はちゃんと使いこなさなければ――それからの道中は、俺が力のコントロールを覚えることに終始した。
やがて太陽が天に昇り、昼間が訪れる。俺達は休憩を兼ねて、セシルが持ってきた昼食を広げていた。といっても、ただのパンと干した果物だけなのだが。
「リック、お前もこの干しリンゴ食べるか?」
「いるっ!リンゴって美味いよな!」
「まあリックったら、そんなに急いで食べなくてもまだまだありますよ」
「リックお前って本当にウサギだよな」
「どういう意味だそれっ!」
「あらあら」
可愛い美少女と小動物に挟まれて食べる昼食は最高だと、俺は右手に持ったパンを咀嚼しながら思う。そんな俺にとっての楽園のような一時を、邪魔する者が近くに潜んでいるとも知らずに――
そいつは、ちょうど飢えていた。ここ二日ほどロクな獲物にありつけていなかったそいつは、久々に見つけた獲物――人間二人と一羽のウサギ――に舌なめずりをしながら、それらを狩る時を慎重に見定めていた。今か、今か――そして駆け出そうと腰を低く屈めた時、そいつの目の前には既に風の刃が迫っていた――
「おい、ゲイル」
俺とセシルが昼食を片手に談笑している最中、不意にリックが俺へと声を掛けてきた。
「どうした」
「嫌な予感がする……魔物の気配だ」
「何っ!?」
俺が慌てて立ち上がろうとすると、リックに小声で制止される。
「待て!……恐らく敵はまだこっちを伺ってる。魔物相手ならオイラが手を下してもいいんだが……」
そこでリックは目を細めながら俺の方を見て言った。
「練習……いや実戦だ、ゲイル。さっきの成果、見せてくれ」
俺は深呼吸すると、魔力の集中をイメージする。全身で風の流れを感じながら、リックの示す方向に向かって、風を――
ドサッ
すると俺が意識していた方角にある草むらから、ドサリと何かが倒れるような音がした。もしかして――
「うまくいった、のか……?」
「そうみたいだな。オイラ、様子をみてくるよ」
リックと一緒に俺も遠くの草むらを確認しに行く。するとそこには、狼のような、しかしやけに黒々とした獣が血を流して倒れている姿があった。
「見ろよ。やっぱり魔獣だ」
「これが、魔物……」
「なんだオマエ、魔物を見るのも初めてなのか?」
つくづく変な奴め、とリックが呟く。俺は心の内でほっとけと呟いた。
「とにかく、いつまで死体の側にいても仕方がない。早くセシルのところに戻ろう」
「そうだな」
そうして、俺達はその場から離れた。
それからセシルと合流して、俺達三人は旅を続けた。先程の魔物を俺が倒したことに、セシルは少しばかり興奮しているようだった。彼女は俺が魔法を使えるようになったことを我がことのように喜び、話を弾ませた。そうして俺達は残りの道中をつつがなく旅して、数時間後、日が暮れる頃に隣の街に着いたのだった。
「これが街……」
「なんだリック、お前、街に来たことがなかったのか?」
「う、うるさいやい!魔法も使えなかった奴が都会人ぶるなよっ!」
「いやあれは都会って感じじゃな……」
「ゲイルさん、都会って凄いですねえ」
「……」
そう言えば、こいつらは田舎育ちだった――俺が頭を抱えていると、前方に小さな建物が映る。
「あ、あれは教会ではないですか?私、行ってみたいです!」
そのセシルの一言で、俺達はひとまず教会へと足を向けることになった。