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フィフス  作者: 北の大地
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七話

「いいんですか?」


 俺の口から出たのは、そんな言葉だった。せっかく問題が解決したのに、セシルと一緒に居ることを望みはしないのかと。


「いいんだよ。あの長老が素直に余所者の言うことを信じるとも思えないからね。面倒ごとになる前に、とっとと出て行きな。……それにね、セシルを旅に出すことは、もう大分前から決めてたことでもあるんだ。あんたが怪物を倒す程の男だってんなら、尚更大歓迎だよ」


 そう言われて、俺は気を引き締めさせられる。そうだ、旅に連れて行くとなれば、セシルのことは必ず守りきらなきゃならない。そうでなければ、この老婆に顔向けできなくなってしまう。


「……半年後、この村にセシルを連れて戻ってきます。必ず」


「ああ、そうかい。楽しみに待ってるよ」


 俺はベル婆に約束をする。半年後、ウィルドゥーラの脅威が無くなったこの村に、セシルを連れて戻ることを。彼女を、今度こそ悲しむことのない、平和なこの村に帰すことを。


 カタリと扉の開く音がして、セシルが戻ってきた。手には衣服のようなものを抱えている。


「ごめんなさい、時間が掛かってしまって……男の人が着れるようなものってあまりなかったから、少し縫い合わせていたんです」


 そう言ってセシルが俺に渡してきたのは、随分と簡素な服だった。


「ああ、ありがとう」


「そんなものしかなくてごめんなさい。あの、そちらの服は綺麗にして今晩中にうまく繕っておきますから……」


「セシル、お前さん今夜は早く寝な」


「おばあちゃん?」


「明日の出立は朝告げ鳥が鳴く前の時刻になる。だから縫い物は婆に任せて、今夜はさっさと寝るんだよ……ほら、あんたはとっとと奥で着替えて、その服を寄越しな。さ、夕飯にするよ」


 そうして俺が着替えを済ませてくると、皆で夕食の運びとなった。リックはウサギだから、普通の人間の食事は食べられないのでは?と俺が思っていると、セシルが底の浅い皿に野菜を盛ったものをすぐに用意してやっていた。


「あ、ありがと……」


「いいんですよ。沢山食べてくださいね」


「お、おう」


 どうやらこの二人も上手くやっていけそうだと、照れたように耳の裏を掻くリックの様子を微笑ましく思いながら眺める。それから、鼻先を伸ばして少しずつ野菜を咀嚼する愛らしいウサギの姿をしばし見つめ、俺もまた、自分の食事に向き直った。固いパンをスープに浸しながらふと正面をみると、目の前には両手で柔らかくしたパンを頬張るセシルのこれまた可愛らしい姿があった。あまりの眼福に緩みそうになる頬を必死に引き締めながら、俺はゆっくりと食事を終えた。


 食事の後、俺は昨晩と同じベッドをあてがわれた。昨日と異なるのは、部屋の隅に藁が積まれたスペースが用意されているということ。その上にはちょこんとリックが座って……いや、眠っていた。座った姿勢のまま、もう目を閉じている。早いな――そう思ったが、俺はそんなリックをそっとしておくことにして、音を立てないように自分もベッドの上に横になった。


 ぼんやりと、目まぐるしく過ぎ去った今日一日を思い返す。まさか、こんな序盤で本物のウィルドゥーラと向き合ってしまうなんて。しかも、俺とリックは奴を倒してしまった。倒したんだ、奴を――今更ながらにその実感が湧いてきて、俺はベッドの上で軽く身震いした。経験値なんかは、入っているんだろうか?いや、そもそも俺は――このゲイルの身体は、強くなれるのか?ゲームにあった経験値というシステム。それは、俺が今生きているこの現実でも適用されるのだろうか?剣のことといい、この世界にはまだ俺の知らない謎が多すぎる。だが、今はどちらにせよ知る術がない――俺はぐるぐると思考の渦に飲まれる内に、いつしか眠りについていた。





 翌朝――といっても辺りはまだ暗い。そんな時刻に、俺はベル婆に叩き起こされた。


「ほれ、さっさと起きな。服はなんとかしてやったからね。すぐに着替えてくるんだよ」


 そう言い残してズンズンと部屋を出て行くベル婆。俺はゆっくりと起き上がると、ベル婆が枕元に置いてくれた服を手に取って、袖を通す。服は、元の通りとはいかないが思ったより綺麗に繕ってあって、どうした訳か血のシミも消えていた。それを着た俺は、部屋の隅で毛繕いをしているリックに目をやる。


「おはようリック」


「ああ、おはようゲイル。なんかちょっと肌寒いな」


 毛皮を着込んでいる癖に何を言ってるんだこいつは――俺はリックを半眼で睨んだ。すると毛繕いが済んだのか、リックがくりっとした目でこちらを見上げてきた。……あざとい奴め。俺は自分の支度を済ませると、リックを抱えて居間に向かう。


 居間では、セシルがなにやら忙しなく鞄を抱えてうろちょろしていた。どうやら旅の荷物を用意しているらしいが……


「セシル……それはちょっと、多すぎないか?」


「……っ!ゲイルさん!お、おはようございます」


「ああ、おはよう。ところでセシル、その荷物の量は……」


「えっ!?あのっ、いえ、これは……」


「オイラもそれは多すぎだと思うぞ」


「婆もそう言って止めたんだがねぇ……」


 セシルは、やけに鞄に物を詰め込んでいた。ゲームならインベントリがあるから問題ないが、流石にあの量を抱えて行くのは……


「ん?というかインベントリは?」

 俺はゲームでお約束の、あのなんでも物が入る収納のことを思い出した。


「なあリック、お前、空間を操るような魔法は使えないか?」


「空間……?いや、できないけど。なんでだ?」


 するとインベントリは今後の課題か。俺が悩んでいると横でセシルがポンと手を打った。


「そうだわ!鞄に魔法を掛ければいいのよ!」


 そうして彼女はパッと手を広げると、鞄に向かって何やら念じるように目を瞑った。しばらくして、モゾモゾと鞄が動き出したかと思うと、突然その大きさを変えた。小さくなったのだ。しかしすぐに、元の大きさに戻っただけだと俺は気付く。セシルはどれだけ物を詰めていたんだ……とにかく、鞄を小さくしたセシルはこれで安心だとでもいうように頷くと、俺達の方へ向き直った。


「さて、もう準備できましたよ。ゲイルさん、リック……くん?」


「リックでいい」


「はい、リック。私の準備は整いました。ゲイルさんは……あまり荷物がないのですね」


「ああ。セシル、良ければこの袋にも、魔法を掛けてくれないか?」


 そう言って、俺は自分が腰元にぶら下げている小さな革袋を示した。これは剣と同じように最初から俺が装備していたものだが、特に物が無際限に入るということはなかったのだ。

 セシルは俺の革袋にも同じように魔法を掛けると、ほっとしたように一息をつく。


「……ふう。これで、この袋にも魔法が掛かった筈です。といっても袋の口が小さいから、あまり大きなものは入りませんが……」


「充分だ。ありがとう」


 するとセシルは花の綻んだような顔で微笑んだ。俺が見とれていると、ツンツンとリックに腕をつつかれる。


「おい、ゲイル。出発するぞ」


「……おっと。そうだな。セシル、行こうか」


「はい」


 ドアノブに手をかけた俺に、ベル婆がこっそりと声を掛ける。


「いいかい、消して誰にも見つからずに、村を出るんだよ。それから、セシルのことは、任せたからね」


「……分かっています。ちゃんと、俺がセシルを守り抜く」


「なら、いい」


 それから、一歩下がるとベル婆は行ってきなと優しい声で言った。俺はそれに黙って頷くと、セシルとリックを連れて、ベル婆の家を出た。


 辺りはまだ薄暗い。俺達は夜闇に紛れて、ひっそりとノルドの村を抜け出した。


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