六話
目が覚めると、辺りは薄ぼんやりと明るく、真横を見れば、可愛らしいウサギの鼻面がこちらを向いていた。
「起きたのか!」
「……リックか。俺は、寝てたのか?」
「ああ。怪物のまん前で、それはもうすーやすやとな」
そう言うとリックは鼻先をクイと彼方へ向ける。その方角には、でかでかと横たわったまま事切れているウィルドゥーラの姿があった。
「そうか……俺達、倒したんだったな。こいつを」
「正確にはトドメ刺したのオイラだけどな!」
そうだな……とリックに適当な返事をして、俺はもう一度倒れている怪物の姿をじろじろと眺めた。でかい。これが一瞬で倒れるなんて、俺の剣はやっぱりとんでもない代物らしい――そういえば、奴の爪と剣を交えた時、奴はなんともなかったようだが――そう思い、俺は立ち上がってウィルドゥーラに近付く。そしてそろりと剣を抜くと、その剣先でちょんと巨大な爪を突いた。――硬い。次に、その爪が生えている腕に剣を当てる。すると、驚くべきことが起こった。ウィルドゥーラの身体が一瞬で砕け散り、霧散したのだ。ただし、爪と短剣だけを残して。
「爪は武器扱いってことか……?」
だが、だとしてもおかしい。この剣に本当に+99が振ってあるのであれば、それが生体にしか効かないなんてことが、ある筈がないのだ。つまり、この武器は……
「+99なんかじゃないってことか?それとも……」
「お、おい何だよ今の……」
俺が剣の性能に関して自分の予測を疑っていると、俺の背後ではリックが目をまん丸に――いや、元から丸かった。とにかく、驚いていた。敵が霧散するなんて、ゲームみたいで俺もびっくりである。まあ、ゲームなんだが。これで敵が消え去った跡の地面にお金でも落ちていれば完璧だったのだが、そんなことはなかった。俺は、ウィルドゥーラが消えた後に残された短剣を懐にしまい、爪を慎重に拾い上げる。この爪は、もしかしたら何かのいい素材になるかもしれない。そんなRPG思考に基づいて。
「おいリック、帰るぞ」
とにかく、いつまでもこんなところにいても仕方がない。俺はリックを促すと、踵を返して広間を後にした。
一人と一羽で、もと来た洞窟の道を歩く。相変わらず地面には謎の発光植物が点々と生えており、洞窟の中を幻想的に照らし出していた。
やがて、白い光と共に入り口が見えてくると、俺の真横を歩いていたリックがタタッと駆け出した。外が嬉しいのだろうか?だが、それは俺も同じだ。この洞窟に足を踏み入れてから半日も経っていないというのに、こんなにも外が恋しくなるとは。恐ろしい体験をしたものだ――そう感慨に耽って、俺は外の眩しい光に目を細める。
洞窟の外に出ると、後ろ足で耳を掻きながら、困ったようにリックが訊いてきた。
「なあゲイル、オマエこれからどうするんだ?」
決まっている。村に帰るのだ――そう答えようとして、俺は、こいつが一緒に村に戻る訳ではないということに気が付いた。そうだ、リックは元々森に住んでいたのだった。
「お前こそ、どうするんだよ」
するとリックは沈黙したまま俯いてしまった。やがて、ぽつりぽつりと話し出す。
「……分からない。オイラ、どうしたらいいか分からないんだ。怪物をやっつけた後のことなんて、考えたこともなかったから……」
「天界には戻らないのか?」
「実は……オイラ帰り方を知らないんだ。気付いたらこの森に居て、それで……」
「そうか……」
それはさぞ困ったことだろう。実際、リックは困惑した様子であった。帰るべき場所もなく、行くあてもないとなれば当然だ。見かねた俺の口をついて、ある提案が飛び出した。
「なあ、リック。俺の旅について来る気はないか?」
至極軽い気持ちで、俺はリックにそう持ち掛けた。なんだか放ってはおけなかったし、何より、俺はこのウサギを結構好ましく思っていたのだ。するとリックはバッと顔を上げてこちらを見上げてきた。
「いいのか?本当に……?」
俺が頷くと、リックは突然背中の羽を広げて、バサバサッと俺の胸に飛び込んできた。
「ついて行くっ!」
「うぉっと」
慌てて、その小さな身体を受け止める。まったく、危ないことをする奴だ――だが、腕の中のリックはなんだか嬉しそうで、俺はまあいいかと小言を諦めたのだった。
それからしばらくして、俺達は村へと辿り着いた。俺がリックを連れてベル婆の家へ戻ると、真っ先に出迎えてくれたセシルに、開口一番怒られてしまった。
「ゲイルさん!こんな時間までどこへ行ってたんですか!もう、心配したんですから――ってあら?そのウサギさんは?」
「なんだい、もう帰ってきたのかい――おや?」
セシルの後ろから、ベル婆も顔を出す。俺は二人に帰りが遅くなったことを謝ると、森で拾った野良ウサギだと言ってリックのことを紹介した。
「へぇ、でも羽が生えているなんて、リックちゃんは珍しいウサギさんなのね」
「オイラはオスだ!」
「ひゃう!?」
リックが喋ったことにセシルはひどく驚いたが、俺が大変珍しいウサギなのだと言って誤魔化すと、何故か納得してしまった。ベル婆は胡乱気な視線をこちらに向けているが、幸いにも黙っていてくれている。
俺は抱えていたリックを床に下ろした。するとセシルが今度は、俺の胸元を見て驚いたように悲鳴を上げる。
「ど、どうしたんですかその怪我は!そんなに血が沢山……」
「ち、違うんだこれは……」
俺はセシルに、怪我はしたが傷はもうとっくに塞がっていることを伝えた。リックの治療によって怪我自体は治っていたが、血で汚れ、破けてしまった服はどうにもならなかったのだ。
「本当に、本当に大丈夫なんですか……?」
セシルが破けた服の上から傷のあった場所をそっと撫でる。なんだかくすぐったい。
「お、おい、手が汚れるだろ」
「……良かった。本当に怪我はないみたい」
気恥ずかしくなって、俺はセシルからふいと顔を背ける。しかし背けた先にはベル婆のにやけ面が待ち構えており、俺は益々恥ずかしくなった。リックはと見れば、我関せずといった具合で一人毛繕いを始めている。
「と、とにかく大丈夫だ。何か服の替えになるようなものがあると助かるんだが……」
「取ってきますね!」
セシルは勢いよくそう言うと、奥の部屋へと小走りに向かって行った。セシルがいなくなったのを見計らって、いつの間にか真面目な顔つきに戻っていたベル婆が口を開く。
「それで、そちらの天霊様はどこで拾ってきたんだい?」
やはりバレていた――そりゃまあ羽の生えた喋るウサギなんてそうそういないだろうから、当然か。ベル婆は詰問するような目つきでこちらを見ていた。俺の内心に冷や汗が流れる。
「そ、その……」
「オイラはただのウサギだよ」
俺が返答に困っていると、リックがそのように言い出した。
「……どういうことか、話して貰おうじゃないか」
そして俺は、今日のことをすべてベル婆に話した。今日は、やたらベル婆と話しているな――そんなことを思いながら。すべてを聞いたベル婆は、俺達がウィルドゥーラを倒したと聞いて疑わしげな目をしていたが、リックが真剣に話に加わったことで、どうにか最後には信じてもらえたようだった。
「ふん……それじゃあセシルのことも、もう心配は要らなくなったということかい」
「ああ……気掛かりなのは、この話を信じそうにない長老くらいだが……」
「なら――」
老婆は言った。
「それなら、明日にもセシルを連れてこの村を出て行きな」