表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィフス  作者: 北の大地
3/27

三話

 ウィルドゥーラの呪い――それは実際には呪いでもなんでもなくただの怪物なのだが、村には代を経るにつれて呪いとして伝わっているようだった。確かにあんな怪物が村の近くに居ること自体、村人達にとっては呪いなのかも知れない。


 事ここに至るに、村が壊滅する未来よりもセシルを怪物に差し出す未来を回避する方を、ベル婆は優先しようとしたのだろう。それを選択した彼女を責める権利は、少なくとも俺にはない。俺はこの村の住人ではなく、通りすがりの旅人だからだ。だからといって未来を知りながら何もしないほど、俺は情を知らない人間でもない。ただ、ウィルドゥーラは強いのだ。それこそ、ゲーム中盤に相応しい程度には。


「仮に懇切丁寧に話して騎士や傭兵連中の手を借りることになったとしても、少なからず犠牲が出る相手と知れば彼らも手を引くでしょうね……」


 食事の後、セシルが薬草摘みに出掛けて行くのを見届けた俺は、ベル婆相手にウィルドゥーラの対処法を検討していた。


 まず、騎士や傭兵に頼るのはほぼ不可能。次に村人総出で立ち向かうという案も考えたが、奴の強さから考えて返り討ちに遭うのが関の山だろう。逃げようにもこの辺りにノルド村の住人すべてが住み移れるような土地はないし、他の土地に誘導するという考えも俺の良心から却下だ。とすれば策を弄してなんとしてでも奴を倒す必要があるのだが、一体、何ができるというのだろうか。


 考えに詰まった俺に、ベル婆が言う。


「まあとにかく、ここでじっと考えてても仕方ないさね。すこし外の空気でも吸ってきたらどうだい」


 そう言うとベル婆はしっしと俺を追い払うような手振りをして立ち上がった。どうやら一人になりたいらしいと察して、俺はベル婆をその場に残して一人家の外に出た。





 一人、森の中をただ黙々と歩く。結局ベル婆に追い出されてから、俺はすることもなくこうして時間を潰していた。一体、俺はこんなところで何をしているのだろうか。辺りは見渡す限り太い木々ばかり。まったく、早速詰むなんて一体どんなRPGだ。そう心の中で悪態をついていると、一本の大木が俺の目に止まった。


「大きな……ウロ?」


 その大木の根元には、大きな穴が広がっていた。初めてこんな大きなウロを見た俺は、興味を持って穴に近づく。すると穴の奥に、小さな生物が丸まっているのが見えた。のだが……


「寄るな!ニンゲン!」


 その生物は急に後ろ足を蹴り上げたと思うと、いきなり俺の顔面に向かって砂埃をかけてきた。


「うわっ、何すんだよ!」


 いきなりのことに俺が驚くと、その生物は四つ足をしっかりと地面に着けて、俺に対する警戒の姿勢をとった。


「お前、喋れるのか?」


 思わず俺はそいつに訊ねる。いくらゲームとはいえ、小動物が喋る姿なんて初めて見たのだ。


「失礼なっ!ウサギが喋って何が悪い」


 するとそいつはピョコンと木の根元から飛び出して、俺の前に姿を現した。


 そいつの姿は、紛うことなくウサギであった。長い耳、さわり心地の良さそうな毛並みに、なめらかなフォルム。ただ一つ、気になることがあるとしたら……


「……なんで羽根が生えてるんだ?」


 そう、そいつの背中には見事な純白の翼が生えていた。昔の人はウサギを鳥扱いしていたと聞くが、成る程こいつは確かに鳥にカウントできるななどと俺が余計なことを考えていると、そいつは二回目の砂かけを俺に対して実行してきた。


「わぶっっ!」


「うるさいぞニンゲン!ウサギに羽根が生えてて何が悪い」


 いやおかしいだろ……さっきと似たような言い回ししやがって。普通のウサギは喋ったりしないし、羽根も生えてない筈だ。……その筈だ。まさかこの世界のウサギは言葉と羽根が標準装備なのだろうか。疑問に思ったおれがそう訊ねると、そいつはフンと小さな鼻をならして答えた。


「普通なわけあるか。オイラは特別なんだ。そんなことよりオマエ、ここへ何しにきた。ここはオイラの縄張りだぞ」


「縄張りってお前……まあいい。俺はたまたまこの辺りを散歩していただけだ。別にここを荒らしにきたとか、そういうんじゃない」


「本当か……?」


 本当だと弁解するように俺が言うと、ウサギはやっと警戒を解いたのか地面に着けていた前足をひょいと上げた。


「それは悪かったな。でも、いきなり覗いたオマエも悪いんだぞ!」


「こっちこそ悪かったよ。なあ、ところでここには何があるんだ?見たところお前の巣があるって訳でもなさそうだが」


 お互いの謝罪が済んだところで俺がそう訊ねると、ウサギはあからさまにうろたえだした。


「べべべべ別になんでもない。ここにはなんにもないぞ!」


 絶対に何かある。俺はそう思ったが、今はうろたえるウサギを可哀想なものを見る目で見下ろすに留めておいた。


「な、なんだその目は!言っとくけど、本当に何もないんだからなっ!」


「はいはい……じゃあ俺はそろそろ行くよ。じゃあな」


「待てっ!」


 俺が立ち去ろうとすると、何故かウサギに呼び止められる。


「なんだよ」


「オマエ、ノルドの村から来たのか?」


「そうだが?」


「じゃあ……それなら、オイラを村まで連れて行って欲しい」


 なにが「それなら」だ。面倒事の匂いしかしないじゃないか。まったく御免だ。こんな喋る妙ちきりんなウサギを村に連れて帰るなんて。


「断る……といいたいところだが、何か理由があるなら聞こうじゃないか」


「それは……村に着いたら話す」


 どうやらすぐには言えない理由らしい。益々厄介事の予感がしてきた。なんとかして断れないかとも思ったが、


「……」


 小動物特有の上目遣いとつぶらな瞳は反則だと思うんだ。かくして俺は、この喋る不思議生物と共に村へと戻ることになったのだった。





 村に戻ると、ウサギは抱えていた俺の手元からそろりと抜け出そうとする。しかしそんなことを俺が許す筈もなく、ウサギの首根っこを掴んでひょいと抱え直してやった。


「どこへ行く気だ」


「……っ!村長の家だ!早く連れてけ」


 随分と態度がでかくなったと思いつつ、だが、ウサギは急いでいるのだろう。その様子には焦燥感のようなものが見て取れた。


 村長の家へ向かって、ウサギを抱えながら村の中を歩く。先程から、通りがかった村人の中にギョッとしたような顔でこちらを見る者がちらほらいるが、そんなにウサギを抱えた俺の姿は不自然だろうか。それとも目立つのはこの羽ウサギか?――そんなことを考えている内に、気付けば俺は村長の家のすぐ近くまで来ていた。


 村長の家は、村で一番大きな家屋である。村の入り口からもそう遠くない位置にあるが、なんだってウサギはこの家に急ぎたかったのだろう。ゲームでも、序盤は大したイベントのない建物だったと思うのだが……


「よく来たね、旅の方」


 村長の家で俺を出迎えたのは、ゲーム中盤で村の長老として出てくる人物――マーサであった。おかしい、マーサは序盤ではエンカウント不可能なキャラであった筈だ。それが何故……


「それに、よくいらしてくれた、天霊どの」


 俺は驚いて手元のウサギを見る。こいつが天霊?だが、同時に納得もする。道理で、こいつは喋ったり羽根が生えたりしている訳だ。天使の仲間ならば仕方がない。


「そんなにジロジロオイラのこと見るなよ」


 どうやら驚きのあまりまじまじと見つめ過ぎてしまったらしい。それにしたって、このウサギが天霊――天の眷族とは、恐れ入ったものだ。俺の前では少しもそんな素振りを見せなかったのに。天の眷族とは、言ってみれば天使のようなもので、その多くが天界に住まい、一部の者が時に地上に降りてきては気紛れに人間を導くと言われている。まあゲームでいう所のお助けキャラのようなものだ。それがこいつだとすれば、こいつはいま長老に、ひいてはこの村に助言を与えにきたとでもいうのだろうか。


「お前……何か知ってるのか?」


 例えば、この村にいずれ襲い来る怪物の惨劇のこととか。俺は改めてウサギの顔を見た。可愛い。ではなくて、こんな展開、ゲームでは無かった筈だ。それともゲームの裏ではこんなシナリオが進行していたのか?


「それで、天霊どの。此度はどのような用向きで?」


 この長老の様子を見るに、こいつが長老の元へ訪れたのはこれが最初ではないようだ。ウサギが、少し偉ぶった口調で長老に話しかける。


「ニンゲンの長よ、オマエに問う。約束の時まで約半年……次こそは、厄災を避けられるか」


「ええ、ええ……贄はちゃんと用意させていただきました。次もまた、きっとお気に召すことでしょうよ」


「そういうことじゃないんだがな……」


 ウサギはがっくりとうなだれると、俺を見上げて「帰るぞ」と声を掛けてくる。だが、俺の内心はそれどころではなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 贄とか、厄災の時とか、こいつらはやっぱりウィルドゥーラのことを知っている。ゲームの裏で、それも一体どうしてここでこんな会話が繰り広げられていたのかが知りたくて、俺は思わず声を上げていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ