二十六話
「へぇ……女の子、ねぇ……?」
男は俯くと、くつくつと笑いながら肩を震わせ始めた。しばらくして笑いが収まると、顔を上げて面白がるように俺の目を見上げてくる。
「その女の子ってのは、もしかして妙な喋るウサギを連れたガキのことか?」
「!?どうしてそれを……やっぱり、あんたは」
何か知っているのか。そう続けようとして、俺の目がある一点を捉える。男の肩口に彫られている、小さな鷹の刺青。その文様に。そしてそれが男の素性を表すことに気付いた俺は、驚きで僅かに目を見開く。
――こいつ、地下組織の人間か!
地下組織とは、ゲームのメインシナリオから離れたところで発生するシナリオ――いわゆるサブシナリオに登場する敵組織のことである。正式名称は存在せず、ゲーム内でもただ地下組織とだけ呼ばれていた、大陸中の至るところに潜むと言われている謎の集団。サブシナリオを進めていくと、彼らは身体のどこかに必ず鷹の刺青を隠している、という情報が明らかになるのだが……と、そこまで思い至ったところで、俺はこの男が隠すどころか鷹の彫られた肩をずっと露わにしていたことに気付いて、訝しげな気持ちになる。
改めて、俺は男の顔をまじまじと見つめた。ゲームをプレイしていた頃の知識を総動員して、しかし、こんな男はモブにも居た覚えがないと自分の中で結論づける。肩の刺青を堂々と晒しているということは、余程の下っ端か、あるいは――
「ゲイルさん?」
――と、考え事に気を取られていた俺に、セシルから声が掛かる。どうやらすっかり俺は固まってしまっていたらしい。目の前の男も怪訝そうな面持ちでこちらを見上げている。
「ああ、いや……なああんた、その子とは一体どういう関係なんだ?」
男の素性に見当がついたところで、次に気になるのはこの男と少年の関係だ。とはいえ、大体の予測はつく。ラガーの設定が設定だ。大方、あの容姿で人身売買の為に目をつけられでもしたか……もしくは、少年自身が組織に所属していたか。後者の方が可能性としては濃厚だ。ライールで遭遇した時、少年はあからさまに誰かの下で動いているかのような口振りだった。では、どうして彼は街を出た?何の為に?それもリックを連れて、だ。どう見たってこの男はラガーを追ってここまで来ている。そう思って俺が問い掛けると、
「そう簡単に話すと思うか?」
「……だろうな」
案の定、男から返ってきたのは答えるつもりのなさそうな返事であった。俺は苦笑して肩をすくめる。となれば後は――
「なら、あんたはその子どもの行き先を――」
「ところでよ」
俺の言葉を遮るように、男が口を開いた。その顔には、あからさまに怪しげな笑みが浮かんでいる。
「てめぇらもあのガキを追ってるんだろう?そんで、あいつらの行き先が分からねぇ、と。どうだ、ここは一つ、俺と組まねぇか?」
先ほどまで敵対していた男からのとんでもない提案に、俺は咄嗟に返すべき言葉を失った。
「私は反対です!」
どう考えても何かを企んでいるとしか思えない男の提案に、すかさず反対の声を上げたのはセシルだった。男を睨みつける彼女の瞳には、警戒の色がありありと映し出されている。彼女の気持ちは、俺にもよく分かる。なんといっても怪し過ぎるのだ、この男は。俺がラガーのことを訊ねてから突然豹変した態度といい、こいつは一体何を考えている――?
「まあそう警戒すんなよ。てめぇらにとっても利のある話だと思うぜ」
一方で俺は、ラガーを追う為の唯一の手掛かりとなり得そうなこの男のことを、簡単に手放していいものかどうか迷っていた。もしここで男の提案を蹴ったとしたら、俺達の追跡はまた振り出しに戻ってしまう。――せめてあの橋の向こうで、彼らが向かった方角だけでも分かるといいのだが。
俺が考え込んでいる間に、男はなんとか態勢を立て直してその場に立ち上がる。見れば、彼の足元を覆っていた筈のぬかるみは随分と干上がっていた。
「俺ならあいつの行き先が分かる。な、悪い話じゃねぇだろ?」
そう言いながら、立ち上がった男はゆっくりとこちらに近づいてくる。相変わらずその顔には薄ら笑いが浮かんだままだ。俺は警戒のあまり思わず一歩後ずさった。
「なぁ、どうする?」
「…………本当に、あの子の居場所が分かるのか?」
「ゲイルさん!?」
警戒の姿勢は崩さぬまま俺が睨みつけるようにして男にそう問い掛けると、セシルから悲鳴ともつかない声が上がる。俺が彼女に視線を向けると、いかにも納得が行っていないという風な複雑な表情を返された。セシルも、内心では俺の考えていることを察しているのだろう。だからそれ以上は、彼女も口を開かない。
「勿論だ」
自信たっぷりにそう言い切る男の提案に乗るべきか否か、俺は再び頭の中で考えを巡らせた。




