二十五話
「ちょっと尋ねたいことがあるんだが」
俺がそう口にすると、引き止めた男は物凄い形相でこちらを睨んできた。その尋常ではない威圧感に、俺は一瞬怯みかけてごくりと唾を飲み込む。
「なんだ?てめぇは」
その目に込められていたのは殺気。俺はそれを察知すると、瞬時に男の腕から手を離して飛び退いた。と同時に、俺が先ほどまで立っていた足下から突然杭のようなものが飛び出す。
「うわっ!……いきなり危ないなっ!」
俺は驚くと共に目の前の男に対して警戒の姿勢をとる。この男は――危険だ。なんというか、俺はよりによって声を掛けてはいけない類の輩に声を掛けてしまったらしい。だが、こちらとしてもここで引き下がる訳にはいかなかった。
「ちょっと訊きたいことがあるだけで……っと!」
俺が再び口を開こうとすると、今度はいきなり男自身が拳を振り上げて殴りかかってきた。咄嗟にそれを躱して、俺は男から距離をとる。
「なんなんだよいきなり……」
「チッ!」
忌々しげに舌打ちした男は、あからさまな憎悪をこちらに向けてきている。俺が何かしただろうかと心の中で首を傾げていると、突然、男の周囲の土がボコリと盛り上がった。
「ゲイルさん危ない!」
俺とは別の方向に男から距離をとっていたセシルから、警告の声が上がる。
直後、無数の土塊が一斉に俺へと襲いかかってきた。俺はそれらを躱そうと慌てて身を捻るが間に合わず、飛んできた内の一つが俺の身に直撃する。
「――い゛っ!」
猛烈な痛みが脇腹に走った。 思わずうずくまりそうになるのをなんとか耐えて、俺もまた、自分の周囲に風を集める。
すると、男の目に僅かながら警戒の色が宿った。俺はそれに構わず、すかさず男に突風を叩きつける。
――ドッ!
真っ正面からそれを受けた男は、背後に大きく吹き飛んだ。だが、その方角は――
「しまった!」
男の吹き飛んだ先には、森へと続く橋があった。まずい、このまま男が逃げてしまっては――
しかし次の瞬間、橋が大きな濁流によって呑み込まれる。
「――んな!?」
「逃がしはしません」
見れば川から少し離れたところで、セシルが川の水を操っていた。セシルが右腕を掲げると、それに呼応するように川の水は天へ天へと昇り――
一瞬後、物凄い勢いで男の頭上へ降り注ぐ。男の姿が水の中に消え、やがて水が引いた後の地面に倒れ伏した男が残される。
「ゴッ、ゴホッ……て、てめえら……」
男はなんとか立ち上がろうとするも、ぬかるんだ地面に足をとられて膝をついてしまう。俺はぎりぎり地面がぬかるんでいない場所まで近づくと、改めて男に声を掛けた。
「おいっ!一体何のつもりだ!」
すると男は苛立ちの籠もった目でこちらを睨みつけてくる。
「邪魔すんじゃねぇよ……!」
「そいつは悪かったな。だが、だからといっていきなり攻撃してくるのはどうなんだ」
男はそれには答えず、チッ……と舌打ちして目を逸らす。
「それで、訊きたいことがあるんだが」
「あぁ?」
あまり聞きたくなさそうな様子であったが、構わず俺は男に尋ねた。
「どうしてそんなに急いでいたのか、聞かせてくれ」
「……んだと?」
男の片眉が跳ねるように上がる。納得のいっていないようなその様子に、俺は続ける。
「さっきも誰かが走っているような人影を遠くから見たんだ。同じように走ってきたあんたなら、もしかしたら何か知っているんじゃないかと思ってな。例えば……女の子を追っている、とか」
それはひょっとしたら……という思い付きだった。外れていて欲しいと願いながらも、俺は、男のただならぬ様子からふと考え付いてしまったその可能性を、口に出さずには居られなかった。
「……」
そしてその考えは、見事に当たってしまっていたらしい。「女の子」と俺が口にした途端、男の目の色が変わったのを、俺は確かに見た。




