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フィフス  作者: 北の大地
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十八話

 街の一角、今はもう使われていない古びた倉庫の隅に、少年が一人うずくまっていた。その腕の中には、羽の生えたウサギが一羽、大事そうに抱えられている。

 ウサギは、気を失ったままだった。ぶつかった時からずっと目を覚まさないウサギを、少年はじぃっと見つめ続ける。


「起きない……のかな?」


 するとウサギの耳がピクリとかすかに動いた。


「っ!」


「……起きてる……ぞ……」


 寝ぼけたような声でそう言って、ウサギはムクリと起き上がる。そしてパチクリと瞳を一度瞬かせると、すっきりと目が覚めた顔をして少年の方に向き直った。


「良かった……全然目を覚まさないんだもん」


「だから心配でもしたってか?大体なんでオマエ、オイラをこんなところに攫ったりしたんだよ」


 ウサギは目覚めて早々に、よく状況が把握できているようだった。それとも、眠ったふりでもしていたのか。ウサギは少年の目を真っ直ぐに見て問い掛ける。


「オイラをどうするつもりだ」


「別に、売っ払ったりするつもりはないよ」


 少年は目を逸らしながら答える。


「人質のつもりとか、そういうのでもない。ただ……」


「?」


「いや、なんでもない」


「信じられるか」


 ウサギは言う。一度は敵対した関係でもあるこの得体の知れない少年を、ウサギは心底から警戒していた。


「信じなくても、いい。なあウサギ――」


 耳をピンと立てたままのウサギに、少年は意を決したように伝えた。


「ボクと、一緒に来ないか?」


 その瞳は、とても真っ直ぐにウサギを射抜いていた。





「は?」


 ウサギは困惑する。少年の提案は、あまりに唐突だったからだ。


「な……んで。大体、オイラにはもう仲間が……」


「少しの間でもいい」


 少年は、ウサギを見つめる。


「ボク、お前が欲しかったんだ」


「なっ!ヒトを物みたいに……!」


「人じゃないだろ」


「……」


 黙り込んだウサギに、少年は続ける。


「だから、少しの間でいいんだ。お前があいつらの仲間なのは知ってるよ。別に、取り上げようってつもりもないし。なあ……」


「なんだよ」


「撫でても、いいか?」


 ウサギは、ビクリと体を震わせる。だが、少年の真剣な表情を見て、渋々ながらも小さく頷いた。


「少し……だけなら」


 少年は一瞬驚いたような顔をする。まさか、許しが出るとは思っていなかったのだろう。しかし、すぐに嬉しそうな表情になると、手を伸ばしてそっとウサギの頭を撫でた。


「あったかい……」


「まーな」


 少年はしばしの間、目を細めてウサギの頭を撫で続けた。


「ティム……」


 誰かの名前だろうか。少年の呟きに心中で首を傾げながらも、ウサギは撫でられる心地よさにその身を委ね、目を閉じた。





 俺は宿を出て街を歩きながら、小さな物陰や、ウサギの通れそうな穴などを探しては覗き込んだ。しかし、リックの姿は一向に見当たらない。通行人にも何度か尋ねてみたが、この街でウサギを見たという目撃情報は少しも得られなかった。


「どうする……?」


 困り果てた俺は、気づけば大通りに出ていた。こんなところに、リックが居るはずはないのに。もし誰かに捕まっていたらと思うと、居ても立ってもいられない。俺は即座に踵を返そうとして、ふと、視界の隅にある露店を捉える。


「あのときの……占い屋?」


 それは確かに、先日俺がリックと訪れたあの占い屋であった。


「行ってみるか」


 またこの前と同じように、有力な助言が得られるかもしれない。俺は引き返すのを止めて、その占い屋へと足を運んだ。





「いらっしゃい」


 相変わらず、声のしわがれた老婆が俺を出迎える。俺は早速老婆に用件を告げた。


「連れのウサギを探しているんだ。占ってくれないか」


「ふむ、探しものか」


 老婆は少し考え込むような動作をすると、おもむろに片手を差し出してきた。


「三十ゴル」


 どうやら今回も前払いのようだ。俺は前回よりも安いな、などと考えながら老婆の手に銅貨を握らせる。


「確かに。さて――」


 銅貨を受け取った老婆は、目の前の水晶玉に手を翳すと、目を閉じて占い始める。


「方角は北西。これは……?おや、どうやら近くに誰かいるらしいね」


「人がっ!?」


「これ以上は分からんよ。占いとて万能ではないからねぇ。さ、早く行って見つけておやりな」


 そう言うと老婆はそそくさと水晶を磨き始めた。あっという間だったが、どうやらこれで占いは終わりらしい。とはいえまたしても役に立ちそうな情報は手に入った。俺は老婆に礼を告げると、足早に露店を後にする。


 その時、老婆の口元がひっそりと歪んでいたことに、俺は気づかなかった。





 一方、倉庫では――


「なあ、オマエこれからどうするんだ?」


 ウサギが少年にそう問い掛ける。少年はウサギから視線をつと逸らすと、言った。


「次の仕事が……ある」


「人殺しか?」


「!?」


 ウサギはほうと溜め息をつくと、呆れたような目を少年に向けた。


「あのなぁ……匂いで丸わかりだぞ。仮にもこちとらウサギなんだ。それに、オマエこの前ゲイルを刺した時も、結構手慣れてるような感じだったからな」


「……」


 少年は押し黙る。確かに、彼は昨晩一件の「仕事」を終えたばかりだった。


「その格好も仕事とやらのためか?化粧なんかして……まあ、似合っちゃいるけどな。傷がないと、結構可愛い顔してるんだな、オマエ」


「……るさい」


 指摘されて気恥ずかしくなったのか、少年は小声でウサギに反駁する。


「なあ、その次の仕事とやら……蹴っちゃえよ」


「なっ……!」


 ウサギがとんでもないことを言い出した。


「それで、この街を出ないか?大丈夫だ。しばらくオイラがついててやる」


「でも、お前仲間が……」


「心配をかけるだろうが……まあ、少しくらいなら平気だろ。なあ、どうだ?」


「……できない」


 少年は俯いたままポツリとそう言う。そのまま、少年は腕の中のウサギをぎゅっと抱きしめた。


「できないよ。だって、あいつらはボクが逃げたって分かったら……ボクは……」


 少年の肩が震える。その瞳には、はっきりと恐怖という感情が刻まれていた。


「ボクは……」


「逃げるのは嫌じゃないんだな?」


「――っ!」


 少年は息を呑む。そのことはつまり、ウサギの質問に対する肯定を表していた。


「それなら、いいんだ。オマエが好きでその仕事とやらを引き受けているんなら、オイラはオマエと一緒には行けなかった」


 ウサギは、優しい声を出す。


「一緒に行ってやるよ。だから、この街を出て行こう」


「それは……」


 それはつまり、少年に今の生活を捨てろと言うこと。普通なら、絶対に受けないであろう誘い。でもこのウサギの言うことなら――


「……分かった。行こう」


 ウサギの言葉を、少年は素直に受けた。それはこのウサギが、いやウサギという生き物が少年にとっての特別であり、そしてこのウサギがまた喋ることができるという、特別なウサギであったからだ。


「ところでお前、名前は?」


「そういえば名乗ってなかったな。オイラはリック。オマエは確かラガー……だっけか?」


「ああ。なあリック」


「ん?」


 少年は、黙ってウサギを強くぎゅっと抱きしめた。


「なななな、何だよっ!」


「やっぱお前、あったかいな」


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