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フィフス  作者: 北の大地
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十七話

 俺達が振り返ると、少年は不愉快そうな顔でこちらを見上げてきた。


「見覚えのある姿だと思ったら……こんなとこ、お前らみたいなのが来る場所じゃないだろ」


「それはお前もそうなんじゃないか?」


 俺がそう言うと、ラガーは途端に苦虫を噛み潰したような顔つきになった。


「ボクはいいんだよ……仕事だからな」


「仕事?」


「お知り合いですか?」


 俺が聞き返そうとすると、セシルが会話に割って入ってくる。そういえば、彼女はこいつと初対面だったな。


「ああ、セシル。この子どもは隣の部屋の――」


「へぇ、セシルって言うんだ。お姉ちゃん」


 バッと、気付いた時にはラガーはセシルの正面に立って、その顔を覗き込んでいた。


「ふぅん、綺麗な顔してるね。悪い人達に捕まらないよう、夜道には特に気をつけた方がいいと思うよ」


「あ、ありがとうございます……?」


「ボクはラガー。本当はあんまり自己紹介とかしたくないんだけど、そこのお兄さんにはバレちゃってるみたいだからね」


 そう言うと、ラガーは意味ありげにこちらへと視線を向けてきた。その余裕のある態度からは、とても先日の激昂していた姿は想像できない。


「ま、いいや。お兄さん達が何者かは知らないけど、ここには長居しない方がいい。特にそんな綺麗なお姉ちゃんと、珍しいウサギを連れているならね」


「それってどういう……?」


「怪我は治ったみたいだね。それじゃ、ボクは行くから」


 最後にチラとリックに視線をやって、ラガーはそのままどこかへ立ち去ってしまった。一体、何だったのだろう。この前はあんなにも俺を疑って攻撃を仕掛けてきたのに、今日はまるで俺のことなどちっとも気にしていないかのように飄々としていた。何か、あったのだろうか?


「ゲイルさん、今の子……」


「ああ、隣の部屋の子どもだよ。ほら、この前壺を割ったっていう」


「あ……あの時の。でも、どうしてあの子がゲイルさんの怪我を?」


「そ、それは……」


 俺はついセシルの目から視線を逸らす。言えない……その当人に怪我を負わされただなんて。

 俺が口ごもっている間に、セシルは適当に納得のいく理由を探し出していた。


「まあ、でもお隣さんですから、私が騒いでしまったことで気が付いてしまったのかもしれません。やだ、恥ずかしいわ」


 そう言って頬を染めて俯くセシルに、俺はそんなことはないと声を掛けたかったが、下手なことを言って追及されても困るので、ただただ口を閉ざしていた。


「そんなことよりゲイル、アイツ、ここを離れた方がいいって言ってたよな」


 リックが俺を見上げてそう言う。そうだ。何故から分からないが、せっかくあいつが忠告をくれたのだ。


「宿に戻ろうか」


 俺達は、その場に踵を返した。





 その夜――


「ほう……これは随分な上玉ではないか」


 男が、連れてこられた少女を一目見て舌なめずりをする。淡い水色のドレスに、人形のような美しい顔立ち。金髪は後頭部で綺麗にまとめられ、可愛らしい花々によって飾り立てられている。何より、ドレスの上からでも分かるそのすらりとした細い体つき、男の嗜好に十分に沿っていた。


「これは楽しみだな……」


 男はそう言うと、座ったまま少女に手招きする。


「さあ、おいで。存分に可愛がってやろう」


 少女はコクリと頷くと、恐る恐るといった体で一歩一歩足を進める。少女がある程度近づくと、男は自分の膝の上を指差した。


「ここへ座りなさい。ああ、それにしても美しい……」


 男の手が、少女の頬に触れる。少女が立ち止まると、男はそのまま少女の首筋から肩へとゆっくり手を這わせる。少女がビクリと震え、やがてその手つきが腰からスカートへと伸び――


「やっぱ無理だっ!」


 気づけば、男は椅子から吹き飛ばされていた。何が起こったのか解らぬまま、男は床に投げ出される。


「な……なにが……?」


 少女は冷たい目で男を見下ろすと、そのまま素早い動きでスカートの下からナイフを取り出し、男の胸に勢いよく突き立てる。


「ぐがっ……あ……」


 男はしばらくもがいていたが、やがて徐々にその動きを弱らせると、息絶えた。


「ああもう、嫌な仕事」


 少女は男の死を確認すると、わしゃわしゃと乱暴に頭をかいた。金髪の隙間から、本来の髪色である黒が見え隠れする。


「――っと、退散しなきゃな」


 少女は男の胸元からナイフを丁寧に回収すると、部屋の窓からひらりとその身を踊らせた。

 部屋には、血を流したまま横たわった男一人が残された。





 少女は宵闇の中を駆ける。事前に調べ上げたルートを使って、人目につかないよう、できる限り音も立てずに。


「にしても、本当に面倒な仕事だった」


 少女はひっそりとそう呟き、左手で唇の紅を拭う。この化粧も、動きにくいドレスも、本来の彼女にはとても似つかわしくないものだった。少女――いや少年にとって、今の自らの恰好は嫌悪に値した。そんな自分の姿から一刻も早く逃れる為、少年は思い当たるいくつかの拠点に考えを巡らせる。


(今は、追われていない。なら――)


 少年は高級住宅地を抜けると、そのまま拠点に向かって街を駆ける。ただまっすぐに、ひたすらに。その時、追手の有無に気を取られていた彼は気づいていなかった。前方から、小さくて丸っこいナニカが、猛スピードで飛来していたことに。


「――!」


 ドッ!


 鈍い激突音がその場に響く。思わず尻餅をついた少年が地面を見ると、そこには激突した相手と思しき羽の生えたウサギが、目を回しながら倒れていた。


「きゅ〜〜」


 少年はウサギをひっつかむと、一目散にその場を駆け出した。





 朝早く、まだ日も昇らないような時刻に、俺は慌てたようなセシルの声で目を覚ます。


「ゲイルさん!ゲイルさん!」


「ん……?セシルか。どうしたんだ、そんなに慌てて」


「リックが、リックがいないんです」


「なんだって?」


 その言葉に、寝ぼけていた俺の頭が即座に覚醒する。リックがいない?どういうことだ?


「どこかに出かけてるんじゃないのか?」

 あいつとて一羽のウサギだ。自由にそこらを散歩したくなることだってあるだろう。


「で、でも、もう夜中からずっといないんです!もし何かあったら……」


「夜中?あいつ、そんな時間に出て行ったのか?」


「分かりません……。でも、私が目を覚ました時にはもう居なくなっていて……」


 そう言うセシルの目元には、うっすらと隈ができていた。


「そんな時間から起きてたのか」


「ふと目を覚ましたら、もうリックの姿はなくて……ウサギさんは夜行性だから、私も最初はどこかにお出掛けしてるんじゃないかと思って、帰りを待っていたんです」


 そう言ってうなだれるセシル。探しに行こうにも、行けなかったのだろう。それで、いつまでも帰ってこないウサギを不審に思って、こんな時間に俺を起こしたのか。


「リックを探してくる。セシルは寝ていろ」


「でも、私も……」


「駄目だ。外はまだ暗いから、危ないだろう。大丈夫だ。必ず見つけてくるから」


 俺はそう言うと、外へ出掛ける準備をする。まったく、あいつは一体どこへ行ったんだ……。


「ゲイルさん……」


 セシルが目元を擦りながらも、心配そうな声で俺を呼ぶ。俺はセシルに心配をかけないように、彼女の頭をポンポンと二度叩くと、大丈夫であることを伝えるようにコクリと頷いた。セシルにも伝わったのだろう、小さな首肯がひとつ返ってきた。


「行ってくる」


「はい……」


 そうして、俺は宿を出立した。


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