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フィフス  作者: 北の大地
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十六話

「う……」


「う?」


「ウサギが喋ったあ!」


 驚いたエマはわなわなと震えながらリックを指差した。そういえば、こいつまだエマの前では一度も喋ってなかったな。


「だー!ウサギが喋って何が悪い!」


 その台詞、前にも聞いたような気がするが、他に返す言葉はないのか?


「リックは珍しい喋るウサギさんなんですよね。魔法も使えるし」


 セシルが頓珍漢なフォローを入れる。というかセシルはまだその設定信じてたのか。今更ながら、喋る上に魔法も使えるウサギとか、最早珍しいなんてレベルじゃないと思うぞ。


「セシル、言っていなかったがこいつは――」


「オイラは天霊だっ!」


 俺が話そうとすると、リックは自分からその正体を明かした。エマは驚きのあまり、目を白黒させたまま固まっている。


「へ……?あ……」


「リックが!?」


 代わりにいち早くそのことに反応したのはセシルだった。できれば、自力で気付いて欲しかったものだが……。


「本当に?では、リックは天界から降りてこられた神の使いの一族……なのですか?だとしたら私……天霊様にとんだ失礼を」


「ああいい。今更気にするな。黙ってたオイラも悪いしな」


 慌てて態度を改めようとしたセシルをリックが止める。リックは隠していたことが後ろめたかったのか、バツの悪そうな顔をしていた。


「でも……」


「別に今まで通りでいい。ゲイルなんか知っててこの扱いだからな」


 俺はもしゃもしゃとリックの頭をかき撫でる。結構気持ちが良かった。結局、なんのかんの言ってもこいつはリックなのだ。


「セシル、気にすることはない。何者だろうとリックはリックだ」


「そう……そう、ですね。リック、では今まで通り、これからも宜しくお願いしますね」


 納得したのか、セシルは微笑んでそう言うとリックを撫でようと手を伸ばす。するとリックは、あろうことかスッと立ち上がってその手に自らの顎を乗せた。


「リック……?」


「親愛の証だ。セシル、これからはオイラのここ、触らせてやる」


 そこはウサギが最も人に触れられるのを嫌がる場所。どうやらリックは、リックなりにセシルに心を許したことを伝えたいようだった。不器用な奴め。


「ありがとうございます、リック」


 嬉しくなったのかセシルは破顔すると、指先でリックの顎の下をそっと撫でた。





 しばらくして、衝撃のあまり固まっていたエマが復活する。


「え、えーと……そのウサギは天霊様ってことで、い、いいのよね?」


「ああ」


 するとエマはまじまじとリックを見つめ、やがて意を決したように一つ頷いた。


「そう……なの。うん、分かったわ。信じられないけれど、信じる。それで、天霊様?さっき人に祝福を与えるのは簡単だって仰ったわね。あれはどういう意味かしら?」


 立ち直ったエマはいつもの調子に戻ると、リックにそう訊ねた。そうだ、確かにリックはさっきそう言った。祝福を与えることができると。


「できるぞ。人間のオマエでも、だ」


「どうやって?」


 エマが訊ねる。


「教会ってのは基本的に、神の力が降りてくる場所だ。神父ってのは一時的にその力を受け入れ、人々に祝福として与えることのできるニンゲンを言う。その役目を、オマエがシスターとして引き継ぐんだ」


「そんなことができるの?」


「まあな。普通役目を引き継ぐには、神父にのみ定められたある儀式によって神への道を開く必要があるんだが……今回はオイラが間に立って、道を開こう。オマエは神に、自らが敬虔な信徒であるということを示せばいい」


「神に……」


「そんなに難しいことじゃないぞ。まあ、やってみよう。頭を垂れろ、ニンゲン」


 そう言うと、リックは目を閉じてパッとその両翼を広げた。エマはそんなリックに向かって、祈りの構えをとる。暫くその状態で時が流れると、やがてリックを中心に、辺りに神々しい光が満ちた。


「面を上げよ」


 エマが顔を上げると、リックは俺達には分からない言語で何事かを呟く。リックが口を閉じると、光は収束した。途端に、エマがぐっと強く目を閉じる。


「――っ!」


「終わりだ」


 リックはそれだけ言うと、またバサリと音を立ててその翼を仕舞った。


「これだけ……なのですか?」


「まあな。エマ、どうだ?」


「これは……」


 エマは驚いたように自分の両手を見つめる。


「これが、祝福の力?」


「ああ、そうだ。やり方は分かるだろう?」


「ええ……ありがとう天霊様。あたし、パパに代わってこの教会を継ぐわ」


 エマは決意したようにそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。俺はリックに気になったことを訊ねる。


「なあリック。お前、神への道ってのが開けるなら、天界へ帰れるんじゃないか?」


 するとリックは少し残念そうにうなだれた。


「それができたらいいんだけどな……生憎と、オイラが今開いたのは力の通り道だ。オイラ自身が通れるわけじゃない」


「そう、なのか」


「ああ。それにいくら天界に戻るとは言え、直接神の元へなど行けるもんか。オイラは、天界でもあまり位の高くない天霊の集う場所、そこへ戻りたいんだ」


「戻りたい、か」


 俺も戻りたい。かつてのあの自分が住んでいた世界へ。でも、今は……


「でも今は、オイラこの旅が楽しいよ。だから、もし帰り方が分かったとしても、まだ天界には戻りたくない」


 そう、俺も戻りたくはない。今は、まだ――


「リックっ!」


 その発言に、感極まったようにセシルがリックへと抱きついた。リックはセシルにそのままモフモフされているが、満更でも無さそうだ。俺もそんな光景を見て、つい微笑ましくなる。


「さて、じゃあそろそろ、俺達はお暇するか」


「そうですね」


 俺達が立ち上がると、エマが感謝するように俺達へ向かって深々と頭を下げた。


「ありがとう。あなた達のお陰で、心が晴れたようだわ」


「いや、それはほとんどリックのお陰だろう。それに、まだこの教会の悪い噂は収まっていない。力になれなくて、済まないな……」


「いいのよ。この教会は、これからあたしが盛り立てていくわ。だからあなた達も――いえ、あなた達の旅に幸福があらんことを」


 エマはそう言うと、俺達に向かって再度頭を下げた。心なしか、俺も心が晴れたような、そんな気持ちになる。


「うん、上出来だな」


 リックが嬉しそうにエマを見て笑った。




 それから、俺達は昨日と同じく、街の東側へと向かった。無論、例の地下室を確認する為だ。しかし、俺達が向かった先には――


「……何も、ない」


「どういうことでしょう……?」


 例のボロ屋は、跡形もなく高級住宅街から消え失せていた。まるで、最初からそこには何も無かったかのように、新しい家の建築がそこでは始まっていた。


「あの地下室は、どうなったんだ……?」


 見る限り、地下室らしき入り口のあったところには何もなかった。俺達は、ただただ呆然とそのボロ屋のあった土地を眺める。その時。


「お前ら、何やってるんだ?」


 背後から声を掛けられた。若い、子どものような声だったが――


「ラガー……」


 そこには、先日俺を殺しかけた少年が一人、憮然とした表情で立っていた。

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