十五話
宿に戻って、翌朝。結局、昨晩は思ったより早く宿に戻れたのだが、全員あの怪物の所で見た光景のせいで気分が悪く、誰も夕食を口にすることができなかった。一体、あの怪物の喰っていたものは――いや、考えるのはよそう。大方検討はついているが、深く追及してはならない気が……する。
「ゲイルさん、私……」
皿の上の朝食を見つめながら、深刻そうな声でセシルが俺に話しかける。俺達は今、宿の食堂にいた。
「私、エマさんに昨日のことを伝えたく、ないです。だって、本当のことを知ってしまえば、彼女はきっと苦しむわ」
「だが」
「ええ、分かっています。それでも神父様を、あのままにはしておけないもの。エマさんと一緒に、きちんと弔わなければ。だがら、今のは私の、ほんのちょっとした我が儘」
「セシル……」
セシルはそう言って儚げに微笑んだ。彼女のその気持ちには僅かにだが、俺も同意だった。だが、このまま何も知らぬふりをしてこの街を立ち去ることもできない。遅かれ早かれ、あの地下室は誰かによって見つかることだろう。その時になってからでは遅いのだ。エマに、あの娘に真実を伝えるには――
俺は目の前のシチューを急いでかきこむと、サッと椅子から立ち上がった。
「とにかく、教会に向かおう。呪い騒動だけでも、誤解を解かないと」
結局、神父の呪いはゲームのバグでもなんでもなかった。まさか、怪物が神父に成りすまして呪いを振り撒いていたとは。しかし「呪い」か――それに、奴の言っていた「計画」という言葉。どうやら、この世界では最早ゲーム云々とはかけ離れたシナリオが進行しているらしい。何故、俺はこの世界に飛ばされたのか。ゲームとは異なるこの世界で、俺は何を成せばいいのだろう。
その時ふと視界の隅に、用意された野菜をまったく口にしていないリックの姿が映った。俺は不思議に思って声をかける。
「リック、どうした。まだ気分が悪いのか」
「ああ、いや――なんでもない。ちょっと気にかかることがあってな」
「そうか」
どうやらリックも考えごとらしい。二人が朝食を食べ終えるのを待って、俺は食堂を出て一旦部屋に戻った。
準備を軽く整えて、俺達は宿を出発する。道中では、まだリックがウンウンと何事かを唸っていた。
「おいリック、一体何をそんなに考え込んでるんだ」
「うーん……」
「おい」
「えっ!?あ、いや……あの怪物のことで、ちょっとな」
「うん?」
リックは若干俯きながら口を開く。
「その……アイツ、青い攻撃魔法を使っていただろう?あの粒が沢山飛んでくるやつ」
「ああ、あの弾丸みたいなやつか」
「だん……?まあとにかく、あの魔法がオイラには気にかかるんだ。ただの闇魔法……とも思えないし」
「そうなのか?」
「そうなんだ。オイラこれでも天界にいた頃は色んな魔法を勉強しててさ、魔法の知識に関しては結構自信があったんだけど……」
「あの魔法については分からなかったと?」
「まあ、な。それに……」
「それに?」
「……やっぱなんでもない」
どうやらウサギでも考えることというのは沢山あるらしい。俺はリックが他に何を考え込んでいるのか少し気になったけれど、話している内に目的地が近づいてきたので、そちらに意識を移した。
俺が先頭に立って教会の扉を叩くと、中からぼんやりとした様子のエマが顔を出した。
「ああ、あなた達……いらっしゃい」
「エマ、話したいことがあるんだが――」
「ええ、ちょうどあたしもあなた達に話したいことがあったの。さ、中に入って頂戴」
エマに勧められるままに教会の中を案内され、たどり着いたのは談話室であった。
「こんな部屋があったのか……」
「ちょっと待っててね、今お茶を淹れるから」
先ほどのぼんやりした様子はどこへやら、テキパキとエマがお茶を用意する。全員分のお茶が俺達の目の前に置かれたところで(リックの目の前にだけは水分たっぷりのキャベツの葉が置かれた)、エマが椅子に腰掛けて話し出す。
「昨日の夜遅くにね、教会にパパが帰ってきたの」
「!?」
俺達は驚いた。だって神父は、いや怪物なら昨日の夜には……
「それでね、パパはこう言ったの。「これから巡礼の旅に出る。お前も一緒に付いて来る気はないか」って」
「巡……礼……?」
「そう。唐突よね。あたしは訊いたわ。「待ってパパ、パパが居なくなったらこの教会はどうなるの?」」
おかしい。だって奴は、神父を喰って成りすましていたあの怪物は、昨日の夕刻には俺達の目の前でその姿を霧散させた。まさか、あれで生きていたのか?いや、だがだとしたらどうやって――駄目だ。考えれば考えるほど、訳がわからなくなってくる。
「それで、神父様はなんと?」
俺の代わりに、セシルがそうエマに訊ねる。
「パパは何も言わなかったわ。ただ、残念そうな顔をしてた。それでパパったら、あたしが引き止めるのも聞かずに出て行っちゃったのよ」
「そう、なのですか……」
見れば、セシルも何か深く考え込むような顔をしている。恐らく、俺もさっきまで似たような顔をしていたことだろう。だって、俺達が相手をした怪物がこの街の神父を取り込んでいたとしたら、エマの元を訪れた神父は――何者なんだ?それとも、俺達が倒したと思っていたあの怪物は秘密裏に生きていたのだろうか。いや――まさかな。奴は俺達の目の前で霧となって消えた。それは、まるでウィルドゥーラが最期に消えた時と似たような状況で――
「ひどい話でしょう。でも、本当のことなのよ。それで、あなた達の話っていうのは?聞かせて頂戴」
「ああ、いや……」
俺は迷った。昨日の俺達の体験を、この娘にすっかり話してもいいのかどうか。だが、今の父親が生きていることをすっかり確信しているエマに、伝えるべきなのだろうか。――エマの父親が、もう死んでいるという事実を。ふと隣に目を向ける。セシルが小さく首をふっていた。その目は真っ直ぐに俺を見抜いていて、まるで何も言うなと俺に訴えかけているようだった。
「いや、やっぱり大した話ではないからいいんだ」
俺はエマにそう言った。後日、この選択を激しく悔いることになるとも知らずに。
それから、俺達は少し雑談をした。語りたいことは沢山あった。主に女性陣が、だけれど。そして彼女らの興味の赴くままに色々なことを話した。俺達のことや、エマのこと、それから、この街のこと。
「エマさん、やっぱりこの教会、呪われてなんかいないと私は思います」
「そうね。でも、パパも居なくなっちゃったし、この教会はきっとこれから益々寂れていく」
「そんな……でもせめて、エマさんだけでもシスターとして、ここを盛り立てていく訳には……」
「無理だよ。あたしには人に祝福を与える力もないし」
「……」
「できるぞ」
「え?」
突然、それまですっかり黙っていたリックが口を開いた。
「人に祝福を与えるくらい、簡単にできる。オイラがやり方を教えよう」
ここは一つ、このウサギに任せてみた方が良さそうである。




