十四話
「うわっ――」
神父の放ってきた攻撃は、俺の風と空中でぶつかり合い、大きな音を炸裂させた。しかし俺の風だけでは抑えきれなかったのか、攻撃の余波がこちらに飛んでくる。俺はサッと横に飛び退いて、直前でその攻撃をかわす。
「何だよ、今の……」
それは青い光であった。光の粒が、一つ一つ弾丸のようになって俺がさっきまで居た場所を通り抜けて行く。なんとも幻想的ながら、恐ろしい攻撃であった。もしも一瞬でも飛び退くのが遅れていれば、あの弾丸は違わず俺に命中していたであろう。
「避ケタか」
「っ危ねぇ……」
光の弾丸は背後の壁にぶつかると、音もなく吸い込まれるようにして消えていった。あれも魔法……なのか?
「ゲイル!次が来るぞ!」
「!」
俺が背後に気を取られていると、その間に神父はまた空中に何かを描きだそうと腕を構えていた。俺は次の攻撃を阻止する為に、神父に向かって懐の短剣を投げつける。
「――っふん!」
しかし神父は体を有り得ない角度に捻ることで、見事に短剣をかわした。今の動き……やはり奴は神父ではなく、神父の姿を借りただけの怪物なのか?
「ほウ……」
神父が感心したような声を上げる。
「ソノタンけン……見事ナ呪イがかカッテいるナ。スバらしイ……」
「……何、だと?」
呪い?この神父――いや怪物は、何を言っている?
「オソろシい……キサマ、ソレをドこデ――それをどこで手に入れたのかな?青年」
怪物は、腕の数を減らして普通の神父の外見に戻ると、俺にそう問いかけてきた。しかし残りの二本の腕はまだ空中で何かを描き続けている。
「答えると思うか?」
俺は腰の長剣を抜き放つと、神父に向かって攻撃を仕掛ける。魔法では、次の攻撃に間に合わないと判断したからだ。実際、さっきはなんとか成功したが、戦闘中に魔法のイメージを練るのは難しい。
「――はぁっ!」
俺は神父に攻撃を仕掛ける。奴はそれもまた体を大きくひねることでかわそうとするが、不意にガクリと、奴の足元が崩れた。
「――歪みなさい」
それはセシルの空間魔法であった。奴の足元の地面をずらしたのか。俺はセシルに心の中で感謝すると、態勢を崩している神父に向かって大きく剣を振りかぶった。が、神父はニタリと笑うと俺に向かって大きく口を開き――
「ゲイルっ!下がれ!」
リックに警告されて、俺は慌てて神父の側から飛び退く。その直後だった。神父の口から悲鳴とも咆哮ともつかない声が響くと、中から血の混ざった黒っぽい塊が飛び出す。――正直、気持ちが悪い。その物体は神父の口から飛び出すと、びしゃりと音を立てて激しく地面にぶつかり、少しの間地面の上で蠢いてその動きを止めた。
「ああ、すっきりした」
「おい、これは――何だ?」
後ろでは、その物体を見てセシルが顔を青ざめさせている。
「不純物だよ。私達が、私達になる為に喰った昔の私。今の私達には不要の、それこそ残りカスみたいなものさ」
「それってつまり……」
神父様――と背後のセシルが呟く。やはり、こいつは神父本人ではない。神父の人格らしきものを取り込んではいるが、こいつの本体は怪物だ。そして、今地面で動きを止めたこの物体。これこそが――
「元の神父……お前、神父を喰ったんだな」
「これのことを君達が神父と呼びたいなら、そうするがいい。それもまた、事実ではあるのだから」
「てめっ……」
次の瞬間、神父の姿をした怪物に向かって、大きな水の刃がもの凄い勢いで飛んでいき、その腕を切り落とした。神父の右腕の切断面から、どす黒い血のようなものが吹き出す。
「セシル……」
「許せません……!」
セシルの顔は怒りで赤く染まっていた。
「どうして神父様を!?その人には、娘のエマさんだっていたのにっ……」
そうだ。神父は、エマの父親でもある。奴は、一人の娘から父親を奪ったのだ。
「エマ……ああ、あレか。あれは良い娘だった。私達の娘として、あの方に献上しようと大切にしてきたものを。それを君達は――キサマラハ、ヨクモジャマヲシテクレタナ!」
瞬間、神父の体が風船のように膨れ上がったかと思うと、ベロリとその皮を剥ぐようにして、また中から怪物の姿が現れた。一体どうなってるんだ、こいつの体は――俺は長剣を構えたまま、怪物に向かって駆け出す。こうなれば、一刻も早く奴を討たなければ――
「なっ!」
「アマイナ」
俺の攻撃は、あっさりと奴にかわされた。そして、奴の二本の腕によって俺は手首を捉えられてしまう。
「ぐっ……」
カランッと剣が床に落ちる音。まずいっ――俺はなんとか手首を奴の腕から引き離そうとするが、予想以上に力がかかっていて、なかなか上手くいかない。その間に、奴は残りの一本の腕で空中に何かを描き始めた。
「くっ――」
「おいっ、ゲイル!」
「ゲイルさん!」
セシル達の声がする。その時には、もう俺の目の前に青の弾丸が迫っていて――
「――呪いを」
次の瞬間、怪物は青い弾丸ごと霧となって消え失せていた。手首を掴むものがなくなってホッとした俺だが、一体、今のは……?
「ゲ、ゲイルさん、目が……」
「目?」
そう訊き返した俺の口から飛び出したのは、なんと女の声だった。
「どういうことだ……?」
さっきこの口は「呪いを」という言葉を発した。その時から俺の声は女性のものに――
「おん――あれ?元に戻った」
不思議だ。さっきまでは確かに、女の声だったのに。
「目も、元に戻っていますね……」
セシルがそう言う。俺の目に何かあったのだろうか?
「綺麗な、それは綺麗な青色をしていましたよ。ゲイルさん、普段は濃い緑色の目をしているのに……」
「そう、なのか」
一体、何があったんだろうか。俺は首を傾げる。まあいい。
「とにかく、ここを出よう。いつまでもここに留まっているのは、気分が悪い」
俺は自分の剣を拾い上げながらそう言った。そして手元の剣に目を落として思う。これに呪いが掛かっている?いったいこの世界において俺に与えられたものとは、呪いとは何なのであろうか。いやそもそも、この世界とは――?だが、まあ今考えても仕方あるまい。
「行こう。戻ろう、宿に」
「はい」
「……」
そうして俺達は地下の小部屋を出た。ただ一羽、ウサギだけが暗い様子のまま、部屋に残って神父だった黒い物体を見つめている。
「呪い……か。アイツは――」
「おいリック、行くぞ」
「あ、ああ。悪い」
何故かリックだけ中々部屋から出て来なかったが、大方、鼻がいい為に血まみれの部屋で気分を悪くしていたのであろう。どうやらこの地下では闇魔法も展開されていたようだしな。俺はリックを抱きかかえると、改めて地下の小部屋を出た。そうして長い階段を上がると、汚い物置部屋を抜けてボロ小屋を後にする。
「さて、帰ろうか」
「ああ」
「そうですね」
外はもうすっかり暗くなっていて、血生臭い俺達のことを見咎めるような通行人もいなかった。俺達は宿のある西へ向かって街を歩く。帰ったら、今日は体を拭いて休もう。そして、明日には教会に行って報告しなければならない。エマに、彼女の父親のことを。いや、報告する必要があるのか――?俺は思案を巡らせながらゆっくりと夜のライールを進んだ。




