十一話
暗殺者ラガー。フィフスにおいて主人公を妨害する役目を負ったキャラクター。彼には世間に知られていない非常に不幸な生い立ちがあった。制作秘話によると、当時酔っ払ったキャラデザ担当がビール片手に適当な設定を……いや、なんでもない。とにかく、彼は幼い時分に死に物狂いの――文字通りなんども死ぬような目にあうことで、強さを手に入れなければならない境遇に置かれてきた。人身売買、差別、暴行――おおよそ思い付く限りの不幸設定を盛り込まれた彼は、その不幸を乗り越え大人になったゲーム時点で、それはもう恐ろしい程の強さをプレイヤー達に見せつけたものだ。
そんなラガーが、なぜか俺が知るよりも遥かに幼い姿でここにいる。十歳……くらいだろうか?黒々として艶のある髪は変わらず、まだ幼さの残る顔立ちには彼の特徴たる独特の傷が頬に刻まれていた。
「本当にラガー……なのか?」
「なんで……」
俺が再度訊ねると、少女……いや少年は奥歯をギリッと噛み締めて憎々しげにこちらを見る。
「なんでお前がボクの名を知ってる!あいつらの……ボクを売った奴らの仲間なのか!?」
ラガーは俺に向けて、吠えるようにそう怒鳴った。その目には憎しみと、恐怖と、わけのわからないものがない交ぜになっていて、俺はああ……と呟く。
「お前、人間不信だったな。そういえば」
「お前に何がわかる!」
途端、ラガーが短剣を俺に向けて放った。それは驚くほど速い動作で、俺は一瞬、避ける為の反応が遅れてしまう。
「――っ!」
避けきれないと判断した俺は、襲い来る短剣を左腕で受けた。ざっくりと皮膚が裂け、刃が俺の腕にのめり込む。あまりの痛みに、俺の喉からくぐもった声が出た。
「おいっ!ゲイル!」
傍らのリックが慌てたような声を上げる。滲む視界でラガーの様子を確認すれば、彼は未だに敵意の籠もった視線を俺に向けながら、二本目の短剣を構えていた。
「ま、待て……」
「殺されたくなければ答えろ」
痛みにうずくまる俺を冷ややかに見下ろしながら、ラガーが口を開く。
「お前は、何者だ?」
その赤い目は、まさしく俺の知る暗殺者のものと、まったく同じであった。
「お、俺は……」
「まず」
俺が答えかけると、彼は短剣を構えたまま畳み掛けるように一歩踏み出した。
「お前はボクの敵か?」
短剣は真っ直ぐ、俺の目に向けられていた。このまま答えなければ、俺の目は潰されてしまうに違いない。それぐらいの気迫があった。
「俺は、お前の敵にはならない」
「それをどうやって証明する?」
証明のしようがない。だが、そう言えば彼は、迷うことなく俺の目に短剣を突き刺してくるだろう。
「それは……」
「おいオマエ!」
俺が返答に詰まっていると、横から口を出してくる者が……いやウサギがいた。ラガーの表情が一瞬、キョトンとしたものに変わる。
「ウサギが喋った……?」
「喋るウサギで悪かったな!おいオマエ、オイラの仲間に手を出すってんなら、まずはオイラが相手になるぞっ!」
それは精一杯の虚勢であった。リックの体は明らかに格上の相手に対して、俺が見てもそうと分かるほどに震えていた。
しばし、互いに見つめ合って膠着する。やがてラガーが無造作に片手を繰り出すと、俺の腕に刺さっていた短剣を抜いた。
「――!」
俺の腕から勢いよく血が噴き出す。俺は痛みのあまり悶絶した。ラガーは返り血を浴びながら、無表情でそんな俺を眺めていた。
「ゲイル!大丈夫かっ!」
すかさず、リックが回復魔法を使って俺の腕を癒やす。だが、痛みはすぐには治まらず、俺は腕を押さえたまま歯を食いしばった。
「……まあ、いいや」
見れば、ラガーは短剣を引いていた。
「お前は、ボクの敵にはなり得ない。別に殺さない理由もないが――」
ラガーはリックに目を落として言った。
「――喋るウサギに感謝するんだな」
それだけを言い残して、彼は駆け出すと夜の闇の中に消えて行った。俺はそれを見届けた直後、地面に倒れて気を失った。
次に目を覚ました時、俺はベッドの上で横になっていた。腕の傷はどうやら塞がっているようで、もう痛みも感じない。俺は辺りを見回す。どうやら、ここは俺達が泊まっていた宿屋のようだ。その時、突然部屋のドアが開いた。
「ゲイルさん!目を覚ましたのですね!お怪我は大丈夫ですか?」
そう言いながら桶を持って入ってきたのはセシルであった。
「セシルか。俺は、どうして……?」
「リックが知らせてくれました。びっくりしたんですよ。薄暗い中、ゲイルさんが血を流しながら倒れていて……」
「そうか……世話をかけたな」
「とにかく、無事で良かった。昨晩何があったのかは知りませんが、あまり危ないことには近づかないでくださいね」
そう言ってセシルは濡らした布を絞るとそれを俺の体に――って
「ちょっと待てセシル。体を拭くくらいは自分でできる」
「え?でも怪我人なのですから、ここは私が」
「いや、怪我はもう治ってるし、大丈夫だ」
というか、セシルにそんなことまでされては堪らない。俺は気恥ずかしくなってサッと布をセシルから奪い取る。彼女は少し残念そうな顔をしていたが、やがて渋々と頷いた。
「……分かりました。でも、私にできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
そう言うセシルの瞳は、心配そうに揺れていた。
「セシル……」
「詳しくは訊きません。だって、リックは話してくれなかったもの。きっとゲイルさんも私には言えないのでしょう?私は……男の人はそうやって黙って無茶をするものだって、おばあちゃんから聞いて知っています。だから……いいえ、だけどそれでも、黙って待つのは辛いものだわ。お願い。どうか無茶なことはしないで……」
その願いを無碍にできるほど、俺の心は強くはなかった。何も訊かないでいてくれるセシルの察しの良さに感謝しつつも、随分と心配をかけたのだなと反省する。
「すまない。だが、心配してくれてありがとう」
俺がそれだけを言うと、セシルは悲しげに微笑んだ。
それから半日ほど、俺はベッドの上で横になっていた。本当はもっと早くに起き上がろうとしたのだが、セシルに止められてしまったのだ。やっとのことで起き上がった時、もう陽は高々と天に昇りきっていた。
「よう」
部屋を出ると、そこにはリックが待ち構えていた。
「リックか。ありがとうな、あの時は庇ってくれて」
「と、当然だ!オマエはオイラの……仲間、だからな」
そう言うリックは、少し照れているのか、気恥ずかしそうに耳を毛繕いし始めた。
「そうか、ありがとう」
俺がもう一度感謝の言葉を伝えると、リックはふいと顔を背けてしまった。
「べ、別に……そんなことよりオマエ、昨日のアイツはどうするんだ?」
そうだった。そこで俺は、廊下を振り返ってラガーが隣の部屋に泊まっていたことを思い出す。
「そうだな……」
彼と、もう一度話をしたい。危険を伴うかもしれないが、俺はそう思った。ふと、セシルの悲しげな顔が頭に浮かぶ。
「セシルにはまた心配をかけるな……」
だが、気に掛かっていることもあった。まだ子どもらしさが残っていた彼は――ラガーは、まだ完全には絶望しきっていないのかもしれない。
「救えるかも、しれない」
それは、俺の願いでもあった。




