十話
俺は一瞬でその場に硬直した。不審者……って、俺のことか?そんな呼び方をされたのは、生まれて初めてかもしれない。
「な、なあそれって俺のことか?確かに勝手に開けたのは悪かったと思うが……」
するとその子どもは顔を上げて、キッと俺の方を睨みつけた。
「なら早く出ていけ!」
そう言いながらこちらを見たその子どもの目は、ルビーのような綺麗な赤色をしていて、俺はたじろぎながらも思わず一瞬その目に見とれてしまった。
「あ、ああ……そうするよ」
「ふん!」
子どもの勢いに押された俺は、数歩後ずさってその場を離れる。なんだったんだ、今の子どもは――そう思いながら、俺は自分の部屋へと戻った。
部屋に戻ると、セシルが心配そうな顔で出迎えてくれた。
「大丈夫でしたか……?」
正直、あまり大丈夫ではなかった。主に俺のメンタルが。
「ああ、調度品の壺が割れてしまったみたいだ。だが、様子を見に行ったら追い返されたよ」
「まあ!隣の部屋の方に、お怪我はありませんでしたか?」
「怪我はしていないようだった」
「そうですか……良かった」
安堵した様子を見せるセシルの横で、俺は先程の子どものことを思い出していた。態度は悪かったが、あの綺麗な赤い目――ゲームにも一人、赤い目をしたキャラクターがいたことを思い出す。主人公の敵として数々の暗器を操った彼は、その珍しい目のせいで幼少期に随分な迫害を受けたというが、あの子は大丈夫だろうか。見たところ、女の子のようだったが……。
「なあ、セシル。この辺で赤い目ってのはやっぱり珍しいのか?」
「赤い目……?もしかして隣の方のことですか?それは、確かに珍しいと思います」
「そうか……」
それを聞いて、俺は隣室の少女のことが少し気にかかった。だが、先程邪険にされたばかりである。まあ様子をみることにしようと、俺はリックを抱き込んでベッドに横になった。
「ぐ、ぐるじい……」
気づけばいつの間にやら眠っていたらしい。目覚めると、辺りは暗闇に包まれていた。上体を起こして、小さな明かりをつける。どうやらこの部屋についている明かりも魔法の道具らしいのだが、仕組みはよく分からない。俺はセシルを起こさないようにそっとベッドを抜け出しすと、足元にぐにゃりとした感触を覚えた。
「痛てっ!」
よくよくみればそれはリックであった。俺はすぐさま足をどかして、踏んでしまった小さなウサギに謝る。
「……っすまん。ところでリック、お前なんでそんなところで寝てたんだ?」
するとリックは毛を逆立てて俺に文句を言ってきた。
「なんで……だと?オマエがオイラを掴んだまま眠りこけたからじゃないか!なんとか抜け出したけど、苦しかったんだぞ!」
そいつは悪かったと俺が謝ると、リックはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。そこに、隣のベッドから寝ぼけたような声が掛かる。
「リックさん……夜なんだから騒いじゃ駄目ですよぅ……」
どうやらリックが騒ぎ立てたことで、セシルも目が覚めてしまったらしい。リックは気まずさからか毛繕いを始めてしまった。仕方なく、俺はセシルに声をかけつつ謝る。
「すまない、起こしてしまったようだな」
「ん……おはようございます?なんだか目が覚めてしまいました」
「まだ夜中だ。起きるには早過ぎる」
「ゲイルさんは、なぜこんな時間に?」
「俺も目が覚めてしまってな。ちょっと夜風にでもあたってこようかと」
「そうですか……では、いってらっしゃい」
「ああ……リックも来るか?」
「ふん!」
よく分からない返事だったので、俺はリックをヒョイと抱きかかえると、そのまま外の風にあたろうと宿を出た。
外は、月や星々が空に瞬いているお陰か、思ったよりも明るかった。この世界にも月はあるのだなと、俺は空を見上げながらぼんやりと思う。その内に、リックがクシュンと小さなくしゃみをした。
「冷えるか?」
「まーな。勝手に連れ出しやがって。でも、今日は月が綺麗だから、まあいいや」
「天気が良かったからな」
それから、俺達は近場の岩に座り込むと、しばらくお互い黙って月を眺めていた。少し夜の風が肌寒いが、それもまた、俺がこの世界に生きている実感を与えてくれているようで、不思議な心地がする。
「なあ、ゲイル」
「なんだ」
「オマエの不思議な剣。あれって一体どこから……いや、それだけじゃない。魔法や魔物も知らないオマエは、何者なんだ?」
このウサギ、いきなり核心をついてきやがった。俺はその質問に、なんと答えるべきか迷う。別に隠し立てしたい訳じゃない。ただ、どこまでのことをなんと言って伝えるべきか、言葉が見つからないだけで――
「っ!」
その時だった。宿屋の裏手から、黒い影がサッと飛び出すのを俺が目撃したのは。
「どうした?」
どうやらリックは気付いていないようだ。小柄な何かが今宿屋から飛び出していったことに。それを伝えると、リックは怪しそうに目を細めた。
「本当か?どこにもそんな影……っていた!」
その影は通りを北西に向かって走り抜けようとしていた。だがリックが声を上げるとこちらの存在に気付いたのか、一瞬こちらを振り向いてから、益々スピードを上げて走り出した。
「っ!……あの目は」
「おいゲイル!なんか怪しい奴が逃げてくけどいいのか!?」
「追いかけてみよう」
そして、俺はリックを抱えたまま走り出した。だが、俺の見間違いでなければ、あの目は……
追いかけ続けること十数分。俺はダッシュもできる主人公の身体能力をここぞとばかりに使いこなして、逃げた小柄な影を追い詰めた。路地裏に追い詰められた小柄な人影は案の定、例の隣室の子どもであった。
「なっ、なんで追いかけてくるんだよっ!」
「いや、気になったから、ついな……。それよりお前、こんな夜中に何してるんだ」
「お前には関係ないだろ!」
「そう言われても……駄目だろう、若い女の子がこんな夜中に出歩いちゃ」
だから気になってついてきたのである。犯罪にでも遭ったら、流石に俺も後味が悪い。するとその子は俺に驚くべきことを言い放った。
「ボクは男だっ!」
「へ……?」
いやいや、どう見ても女の子だろう。というか、男の子ならそんなに髪を伸ばさずとも……
そこで俺はあることに気が付いて、その子どもの顔をまじまじと見つめる。ルビーのような赤い目、後ろに高く括った髪、そして何より、その頬にある独特の傷は――
「お、おいそんなに見るなよ……」
「……お前、ラガー、なのか?」
すると子どもは瞠目した。やはりそうなのか?だとしたら――
「お前、なんでボクのこと……」
だとしたら、どうしてゲームでは立派な大人だったキャラが、子どもの姿でここにいる?




