婚約破棄、喜んで!2
「婚約破棄、喜んで!」の続きを書かせていただきました。
よろしければ、先に「婚約破棄、喜んで!」をお読みください。
浮気された上に婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡されたアスター侯爵令嬢エレーヌ。
通常ならば、相手から婚約破棄されることは、貴族令嬢にとっては大変不名誉であり、ほとんどの場合で次の結婚相手もみつからず、その令嬢は修道院にいかされることになる。
しかし、エレーヌは何も心配していなかった。
ひとつに、エレーヌがアスター侯爵家の娘のためである。
もともと、エレーヌ以外の子供のいないアスター侯爵家では、エレーヌが婿を迎える予定であった。
アスター侯爵領といえば恵みの森をもち、この王国の中でも、ひときわ豊かな領地で、国一番の薬の宝庫と言われるくらい多種多様な薬草が採取でき、さらに栽培も多くされていた。
また、その領地の薬を求めて、国中から病人が集まるため療養施設ができ、病を癒す療養地としても有名な領地であった。
その侯爵領の管理実務などはもともとエレーヌ自身が行うことになっているため、エレーヌの夫は、エレーヌさえ気に入り、かつ、特に問題のない貴族の男性ならば誰でもよかった。
むしろ、下手に身分が高くない方が、領地管理の手伝いがしてもらえるので、よかったくらいである。
ところが、カルディナン公爵が、自身の病の療養でアスター領を訪れた際にエレーヌを非常に気に入り、アスター侯爵に、自分の息子で次男のルーカスを婿にと、ゴリ押ししてきた。
もちろん、エレーヌの父親のアスター侯爵は、アスター侯爵夫人やエレーヌが止めなければ、渋るどころか全力で抵抗する姿勢であったが、エレーヌは自分たちより身分が上の公爵に逆らいづらいことや、婚約者のルーカスの将来性などを考えて承諾し、歩み寄ろうとしていた。
結果は、浮気の挙句、一方的な婚約破棄であったが……。
元婚約者のルーカス・カルディナンから一方的に婚約破棄を言い渡されたが、それを予想していたルーカスの父親のカルディナン公爵から指示された重要伝達事項もルーカス達へ伝え、無事、家路についたエレーヌ。
「おかえり、エレーヌ!!予想通りのやりとりだったかい?
とうとうあの公爵家のボンクラが、婚約破棄を言ってきたんだね?」
エレーヌが家に帰った途端、屋敷の玄関で待ち構えていたエレーヌの父親、アスター侯爵に問われ、エレーヌが頷いた。
すると、いきなりエレーヌは父親に抱きしめられて、めちゃくちゃ喜ばれた。
「良かった!!本当に良かった~!
あーんな奴に、私の大事な大事な娘を渡さずにすんだ~!!アハッアハハー」
しかも、幼子にするように、父親はエレーヌを抱きしめたままクルクル回って、高い高いまでしだした。
年頃の娘でもなんのその!軽々と持ち上げる力自慢のアスター侯爵であった。
(ちょっ、お、お父さまぁ~、うっぷ、やめっ……)
貴族の威厳の欠片もなく本音で喜びはしゃぐ父親を、止めようにも目が回るエレーヌ。
「なにをやっていらっしゃるのですか!アスター侯爵!!」といって、父親にクルクルまわされているエレーヌを奪い、回るのを止めてくれた人物。
力自慢のアスター侯爵にも負けない体格をしている、金髪碧眼の男前。
「大丈夫ですか?エレーヌ」
目がグルグルとまわり落ち着かない状態のエレーヌを、その男前は、まるで宝物のように抱きしめてくる。
「た、助かりましたぁ。ありがとうございますぅ、クラーディス侯爵様」
「ふふ、いやだな~エレーヌ。私のことは名前のエミリオとお呼びください」
「いえ、でも……」
「ふふふ、あいつと婚約破棄したのなら、私とのことを本気で考えてくださるというお約束でしたよね?」
「え~っと、それは~」
いまだにエレーヌを抱きしめているエミリオ・クラーディス侯爵は、アスター侯爵と同格の家柄で、若くしてすでに有能な侯爵当主で、エレーヌに婚約者のいる頃からエレーヌを何とか口説こうとしていた。
エレーヌにとってはただの療養地に訪れた顧客の1人であったが。
「貴様!いつまで、我のエレーヌに触れている!!」と、エミリオの腕からエレーヌを奪った人物は、褐色の肌に黒髪黒眼のエミリオとはタイプの違うワイルド系男前。
わざわざ隣国から療養にきている王族のシャリージャ殿下。
ちなみに、殿下はエレーヌを“我の”とか勝手に言っているが、エレーヌからは療養地に訪れた顧客の1人としか思われていない。
「は?
誰のエレーヌですって?
殿下のではなく、私のエレーヌになる予定ですけどね。
あいつと婚約破棄してくれたおかげで、やっとエレーヌは私の真の婚約者となれますから。
ね?」と、シャリージャの手からさらにエレーヌを奪ったのは、全然中身はクールではないが、銀髪紫眼のクールな見た目の男前。
彼はアレシス・マディーラ子爵。
この国の宰相の息子で、カルディナン公爵家と同格のマディーラ公爵家出身である。彼自身、宰相補佐をしており、将来の次期宰相と噂されている。
現在、休暇を利用して、このアスター侯爵領に来てはエレーヌを口説こうと、エレーヌのそばをチョロチョロしている。
ただし、彼もエレーヌからは療養地に訪れた顧客の1人としか思われていない。
「わぁ、エレーヌ!
もう戻ってきてくれたんだね。
君の作ってくれた鼻血止めの薬がきれたみたいで……。
グフォッ!!」と鼻血をふき、病弱そうであるが、金髪蒼眼の美少年マルス。
マルスはこの国の第4王子で、生まれつき病弱のため、幼い頃からアスター侯爵領でよく療養していた。
エレーヌがマルスのための薬(鼻血の特効薬など)を調合してから、すっかりエレーヌがお気に入りになり、巧妙にエレーヌを他の男どもから引き離し、いつもエレーヌのそばにいたがった。
今もさりげなくエレーヌをアレシスから引き離した。
「あらあら、マルス殿下。
もう起き上がられて大丈夫ですか?
鼻血をお拭きしますね~。
あまり興奮されてはなりませんよ~」と、つい可愛いマルスの鼻血を拭き取ってあげるエレーヌ。
「エレーヌ!ねぇエレーヌ!!
あいつと婚約破棄したなら今度は僕と正式に婚約して!
そして、僕が大人になったら僕と絶対、結婚してね!!」
鼻血を拭いてもらいながらも、キラキラとして可憐で美しい少年マルスが、エレーヌにあざとい上目使いでお願いしてくる。
噂では、国王陛下がこの病弱だが可愛い四男を、本人の希望通りにアスター侯爵家の婿にしようと目論んでいるとのことであった。
また、今回のエレーヌの婚約破棄のような事態が起こったのは、その裏で、国王陛下との賭けに、カルディナン公爵が負けたためとの噂も……。
しかし、それらもすべてサラッと流すエレーヌであった。
「まぁ、マルス殿下ったら~。
どうか興奮なさらず、まずはお体をお大事になさいませ~。
すぐにマルス殿下のお薬をご用意いたしますね~」
「みなさまも、どうか療養に専念なさってくださいませ~。
それでは私は父と失礼いたしますぅ」
エレーヌは、自分の帰りを心配して玄関口でまっていてくれた男性達に、いつものゆったりとした口調であいさつし、さっさと父親と執務室に向かった。
一緒に移動しようとするエレーヌの父親は、エレーヌに相手にされていない男性達へ、婚約破棄宣言をされた際のジュリアがエレーヌに向けた眼差しと同じような勝ち誇った眼差しを向けた。
(おまえらごときに、まだまだ私の娘は渡せんなぁ~。ふはははー!)
アスター侯爵のニヤニヤ顔を恨めしそうに睨む男性達。
そう。エレーヌは非常にモテた。主に病の療養にくる王族、貴族も含む男性達に。
これが、エレーヌが婚約破棄されても結婚相手がいなくなることを全く心配しなかったもうひとつの理由である。
ただ、エレーヌの理想の男性は、もちろん将来性もあり、エレーヌを愛してくれることも大事だが、本当は、病をアスター侯爵領の薬で完治し、アスター侯爵領の薬の価値がわかってそれを大切にし、なおかつ、病人の気持ちも思いやれる男性であった。
そのため、薬なんて飲んだことのない健康で丈夫な男性や、逆にまだ病を患っている男性は対象外であった。
ふぅっと切ないため息をつくエレーヌ。
エレーヌは多くの男性達に求婚され、溺愛されながらも、理想の男性に出会うのはまだ難しく、いつか幸せを見つけられるだろうかと悩む日々が続いていく。
一方、カルディナン公爵からの重要伝達事項を伝えられた後のルーカスとジュリア。
伝達事項を伝えたエレーヌが去った後、二人はしばらくその場で固まって動けなかった。
ハッとして、ルーカスと組んでいた腕をはずしたジュリア。
ルーカスと向き合ったジュリアは、真顔で、ルーカスに問う。
「ルーカス様。先ほどの事項は真実でございますか?」
「ジュリア……」
「真実でございますか?」
「あの、そ、そのな……」
「虚偽でございますか?」
「いや、え~っと、その……」
「真・実・な・の・で・しょ・う・か?」と、だんだん目がすわってきたジュリア。
「む、ジュリア!その目はなんだ!!
君にそんな目でみられる覚えはないぞ!」と逆切れルーカス。
ジュリアは、ルーカスの反応から、エレーヌの告げたソーナ病を持つというカルディナン公爵家の秘密が、間違いなく真実だと理解した。
ジュリアはエレーヌの伝達事項を聞くまで、ルーカスが自分を選んでくれたことに有頂天であった。
しかし、その天にも昇る気分が、すでに霧散していることに気づいた。いやむしろ気分が地下深くめり込んでいるようだ。
(あれ? 私ったらおかしいわ)
しかも、キラキラと輝いて見えた周りの景色までもが、まるで木枯らしが吹いているように見え、ひどく寒いと感じるのは何故?
ジュリアが自分の変化に戸惑っている間、ルーカスは必死で弁明するが、ジュリアには、何やら必死で訴えるルーカスの言葉が右から左へ流れていくだけであった。
そして、ルーカスがジュリアに触れようと手を伸ばした瞬間、
「ひぃっ!!」と、ジュリアは本能的につい、さけてしまった。
「ジュ、ジュリア!?」
ジュリアへ手を伸ばしたまま固まり、さけられたショックを隠し切れないルーカス。
ルーカスとジュリアの間で、「ピキッ★」と音を立てて何かの亀裂が入った。それはもう間違いなく。
いけないと思いつつも、エレーヌと異なり、未知なる経験にジュリアは本能的に危機回避してしまい、ルーカスとの直接の接触をさけたいと思ってしまった。
それでも、ジュリアは何とかルーカスへ表面だけでも取りつくろわねば、という気持ちをやっと取り戻し、ルーカスに謝罪した。
「あ、あのルーカス様。その申し訳ございません……」
なぜなら、エレーヌと違い、ジュリアにはもう後がなかった。
ジュリアは、他人の、しかも自分より身分の高い令嬢から婚約者を奪った、いわば略奪者。
貴族の社会において、恥知らずな令嬢として大きなハンディがあるようなもの。
でも、ルーカスへの愛とその将来性からも、そのハンディがあっても簡単に乗り越えられると思っていた。カルディナン公爵家の秘密を知るまでは……。
しかし、もしここでルーカスを怒らせて別れるきっかけになったり、ましてやルーカスに振られたりしてしまえば、ジュリアは修道院送り決定である。
(大丈夫。大丈夫……)とスーハッハッハァ~とジュリアは呼吸をよくととのえ、自分自身によく言い聞かせた。
ジュリアはもと平民とはいえ、貴族の令嬢になるべく教育は受けていた。たとえ恋は冷め、愛がなくても政略的に動くのも可能のはず。
たとえ、どんな障害があろうとも、永遠に続くかと思われた恋心を、一瞬で消え去らせた、恐るべし公爵家の秘密、ソーナ病。
ジュリアは心の中でその事実に震えながら、いや実際に手も震えながら、何とか差し伸べられたルーカスの手をとった。
(大丈夫、大丈夫、万が一、体にふれても48時間以内に洗えばほとんど大丈夫と言っていたわ!
はっ!
私の手に傷はないかしら?
大丈夫かしら?
何故、今日に限って手袋をしていなかったのよ、私!!
いえ、それよりルーカス様こそ、なぜ手袋をしていない!
自分のことはよくわかっていらっしゃるだろーに!!
無防備か、コノヤロー!
……いえいえ、だめよ、ジュリア。
落ち着いて、我慢、我慢、が・ま・ん~!!スーハッハッハァ~)
葛藤し、忍耐を強いられるジュリア。
二人の幸せは、ジュリアの忍耐力がどれだけもつかにかかっていた。
もし婚約中に忍耐力がもたなくなったら、ジュリアもきっと思うだろう。
「婚約破棄、喜んで!」
色々と気づいちゃったジュリアさんがオチでした。
今さらですが、ソーナ病はあくまでもフィクションですよ~。