97.新たな挑戦
フォルネウス・スレイマン――。
見れば確かにメッシュっぽい前髪の白髪や、赤系統の瞳の色に似た趣がなくもない。
ただ魔法使いの場合、親兄弟であっても魔法力の影響で瞳や髪の色が違ったりすることは往々にしてあるものだ。
目元の雰囲気もよく見ればなるほど、ギリアムの兄弟だ。
フォルネウスは眼鏡のブリッジを中指で押し上げるようにしつつ、俺に視線を固定したままため息を吐いた
「貴殿はネイビス閣下も知らないとは言わないだろうな」
「閣下? その貴族のおっさんはそんなに偉いのか?」
フォルネウスは「やれやれ……」と呟いた。
ネイビスが陽気に笑う。
「知らぬのも仕方あるまい。四賢人と違い、わしは土台であり裏方の仕事をしておるのだからな」
俺は首を傾げた。
「いまいちよくわからないんだが、いったい何者なんだ?」
目を細めてネイビスはせき払いを挟むと、俺に告げた。
「オホン! レオと言ったな。こうして会ったのも何かの縁だ。わしの顔と名前を覚えていってもらおう。わしはネイビス・メディケルス。国務大臣をしている者だ」
聞いてもいないのにネイビスは続けた。
「国務大臣というのは、簡単に言えばタイタニア王のお手を煩わせるようなことがなきよう、国務を円滑に進めるための様々な仕事をする要職なのだよ」
「なんだ。ただの大臣か」
言った瞬間、ネイビスの眉がビクンと跳ねた。
フォルネウスが俺を睨みつける。
「貴殿は礼節という言葉を知らないのか?」
十年前も今もそう変わらないみたいだな。
かつての大臣たちの自己保身に長けた“働きっぷり”を見ていたら、どうにも本音が漏れてしまった。
姫様――フローディアが楽しげに笑う。
「ネイビスよ。貴様もこの男の前では形無しじゃな」
柔和な表情を崩さず大臣は笑った。
「いやはや、若者はいっそこれくらい向こう見ずな方がすがすがしい」
まいったな。お姫様に大臣に、ギリアムの兄が一堂に会するなんて、いったいどういう因果なんだか。
タイタニア王の娘といったら、十年前に見た金髪のチビッ子くらいしか知らなかったんだが、どうやら妹がいたらしい。
第三王女ってことは少なくとも三姉妹か。
フローディアが値段もつけられないような宝剣を腰に差している理由に合点がいった。
しかし王族なのにお忍びで街に出て正義の味方ごっこって……大丈夫なのか?
黙り込む俺にフォルネウスが不満げな口振りで言う。
「ネイビス閣下は寛容ゆえ不問に処しておられるが、本来なら貴殿のような輩が言葉を交わすことも許されぬ存在。魔法医の名門メディケルス家にありながら、国政を憂い政治の道を志し、四賢人に壟断されようとしていた国政を正しく導き、王権を復古させたお方なのだ。王国の病巣を取り除いた主治医たるネイビス閣下をなんと心得る?」
いや、知らないんだが。
四賢人が国政を壟断とは驚いたな。
力を持てば敵も増える。大臣にとって四賢人は邪魔者なんだろう。
権力闘争は苦手だ。
教員免許は欲しいが、権力には近づきたくない。
ネイビスが満足げに笑った。
「これこれフォルネウス。事実とはいえ、そう並び立てるものでもなかろう。お前こそ次代を担う立派な若者ではないか。教育委員会の委員にして、第二王女殿下の専属家庭教師。そしてその騎士でもある。出来損ないの弟など比べものにならぬ、お前こそ本物のエリートだ」
フォルネウスは「恐れ入ります」と、うやうやしくネイビスに頭を下げた。
なんだこいつら。お互いに褒め合うなんて気持ち悪い。
フォルネウスがフローディアに向き直った。
「フローディア王女殿下。ここには殿下のお眼鏡にかなうような者はおりません」
ずっと放置されていた姫様が、フンっと鼻を鳴らす。
「おるではないか。わらわは決めたぞ。貴様を家庭教師に任命する!」
フローディアが指さした先には、俺の顔があった。
「え? 俺を家庭教師にって……家庭教師になりたいんじゃなくて、教員免許を取りに来たんだが?」
フォルネウスが「来年出直してくるがいい」と言い切る前に、フローディアが頷いた。
「ならば、わらわが特別に試験をしてやろう! のうフォルネウス。次の竜狩りで、もしこの者がわらわの家庭教師を務め、アルジェナ姉様を越える戦果をあげられたなら……教育者としての資質は十分といえるじゃろ?」
フォルネウスが首をゆっくり左右に振った。
「なりません王女殿下。いかに殿下のご意向といえど、そのような勝手は教育委員として認めるわけには……」
俺は笑った。
「なんだ。兄弟揃って俺に負けるのが怖いのか?」
能面のような顔をしてフォルネウスが俺に向き直る。
「負ける? この私が貴殿に負けると言ったのか? 風の精霊の悪戯で聞き間違えたのかもしれないが、念のため確認させてもらおう。貴殿は私に勝つというのだな!?」
「いちいちまどろっこしい奴だな。俺は勝つぜ。いや、俺じゃなくて、そこの姫さんに魔法を教えて、竜狩り? とかいうので勝たせりゃいいんだろ。それで教員免許をもらえるんなら、やらない理由も無いからな。まあ、お前が俺に負けるのが嫌なら、この場でさっさと免許を発行して、俺を帰すのが賢明だと思うぞ」
フォルネウスから、かすかに殺気を感じた。
挑発の効果はてきめんだ。
「私の一存で決められることではない」
って、そのほとばしらせた敵意を理性で抑え込むのかよ。
すぐに顔を真っ赤にさせたギリアムとは出来が違うらしい。
大臣のネイビスが三度笑った。
「おもしろいではないか。フォルネウスよ。フローディア姫様の願いでもある。お前に決められぬというのであれば、この勝負はわしが後見人となろう。なあレオ・グランデ君……そこまで言うからには、負けた時にどうなるかもわかっておろうな?」
「負けた時の事なんて考えてもいないぞ」
「本来なら今年は失格になるところが、もう一度、特別に他の受験者を差し置いて機会を得るのだ。どうだろう? もしフォルネウスとの勝負に負けたなら……向こう63年間、すべての学科の教員試験の受験資格を失うというのは?」
なるほど。俺の分を差し引いて64-1年分のペナルティーか。
俺だけ再試験の特別扱いをしてもらえるなら、重すぎるってことはないな。
ネイビスの出した条件にフローディアの表情が曇った。
「お、おい! 待つのじゃネイビス。それはいくらなんでもあんまりではないか? 戦うのはわらわなのじゃし、アルジェナ姉様の力の前ではわらわなど足下にも……」
そんなに優秀な姉と戦うのに、教師を探してここに来たんだな。
俺はフローディアに笑顔を見せた。
「安心しろ。二十日もあればお前の力をある程度引き出してやれるから」
フローディアが目を丸くさせた。
「奇妙な男とは思ったが、どこからその自信が湧いてでるのじゃ?」
「まあ経験と踏んできた場数だけは人並み以上だからな」
ネイビスが俺に向けて手を叩いた。
パン……パン……パン……と、緩慢な拍手だ。
「結構結構。しかし、フォルネウスが勝った時に報償がないのもちと寂しくありますな。どうか姫様、この若き王国の忠臣が勝利した暁には……この者がかつてより願い出ておりましたあの件を、どうかご一考ねがえませぬでしょうか?」
なんの件かは知らないが、フローディアがうつむいたところをみると碌でもないことなんだろうと、容易に想像が付いた。
「むう……かんがえておこう」
フローディアはすっかり意気消沈してしまった。
そんなに俺が頼りないのか? 自分から言い出しておいて凹むなよ。
ネイビスは満足そうな笑みをフォルネウスに向ける。
「フォルネウスよ。お前も異存無いな?」
「閣下と王女殿下のご意向とあらば」
恭しく執事風の男は一礼した。
俺はうつむいたフローディアに告げる。
「そんなに心配するなって! 俺がばっちり家庭教師をしてやるから!」
じーっと俺を見つめるフローディアの瞳には、どことなく後悔の念が浮かんでいるように見えた。
最初にクリスたちと会った時と、同じような雰囲気だ。
家庭教師か。これはまたやり甲斐がありそうだな。




