94.試験官フォルネウス
半円形の段差のついた劇場のような講義室に、俺は転がり込んだ。
間に合った――のか?
すぐに立ち上がって周囲を見ると、俺よりも二~三歳程度年下の男女が、席についたまま俺に視線を集めていた。
ざっと見たところ六十人くらいか。男女比は4:1で男が多いな。
どうやら狙い通り、理論魔法学教員免許の試験会場に飛び込めたようだ。
講壇に黒髪で背の高い眼鏡の男が立っていた。
年の頃は三十手前か。
受験者ではなく審査する側なのは一目瞭然だった。
黒い執事服姿で、手には白手袋をしていた。
髪は整えられたオールバックだが、前髪の一部だけが白い。
地毛なのか、わざとそこだけメッシュを入れているのか。
妙にその白い部分が浮いて目立って見えた。
眼鏡の奥の瞳は深いワインレッド色をしている。
切れ長で細く眼光は鋭い。
「騒がしいな。貴殿も受験者か?」
上から押さえつけるような圧迫感を憶える口振りに、敵意を感じた。
「ちゃんと時間内には入室したぜ?」
「口の利き方も知らないようだな」
「試験官様とでもお呼びすればよろしいでしょうか?」
つい、言葉が漏れる。
どうやら第一印象は最悪で、気に入らないのはお互い様って感じだ。
立場上、遅刻すれすれだった受験者の俺と、試験官という大きな差はあるんだが。
「私はフォルネウス。これより諸君らの試験を担当する。言っておくが、試験では実力が全てであり採点は公平だ。たとえこのような無礼な発言をする受験者であろうと、その態度が本試験の採点において減点の対象になることはない。早く着席したまえ」
異論を挟ませない口振りで試験官――フォルネウスは俺に着席を促した。
俺は空いている席に着く。それを確認して、フォルネウスは筆記試験の説明を始めた。
◆
試験は五十分と短いが、内容はハイレベルなものだった。
ランクAの魔法式の理解度を試す設問がいくつも並んでいる。
筆記に起こすのは正直苦手だが、基本的にわからない問題は一つもなく回答欄は綺麗に埋まった。
答案に名前を書いたのを確認する。
かなり丁寧に見直しをしたのだが、三十分ほど余ってしまった。
俺がペンを置いてぼんやりしていると、会場を監視するように歩いていたフォルネウスが足を止めた。
「もうお手上げか?」
「終わったんだよ」
「貴殿の試験もここまでというわけか。おっと失礼、試験官が私語をしていては示しがつかないな」
嫌味な奴だ。たぶん「終わった」の意味をちゃんと理解した上で、俺にチクリとやったつもりなんだろう。
眉一つ動かさずフォルネウスは別の受験者の監視に向かった。
待っている時間というのはなんとも長く感じる。
ふと試験会場の窓の外に視線を向けた。
王城の高い塔がここからでも見える。あのあたりが貴族街か。
先ほど別れた仮面ジャスティスの顔が思い浮かんだ。
暴走して事件を起こさなきゃいいんだが……。
魔法使いの家系なのに、魔法学校で“みだりに力を使ってはいけない”と教わらなかったんだろうか?
というか、なんであんなのの心配してるんだ……俺は。
ああ、そうか。少しだけ昔の自分に似てるんだ。
魔王と戦うために力を磨いていったのに、戦いが終われば何もかもオーバースペックすぎて、しばらくは普通に暮らすのにも苦労したもんな。
仮面ジャスティスの制御しきれない力をもてあましている様が、なんとももどかしく思えてしまった。
◆
退屈な筆記試験の答案を提出すると、受験者は会館の武道場に向かわされた。
武道場には四つの闘技用ステージがある。あくまで試験用の施設ということだが、視線をあげると上方にガラス張りの小さな部屋があった。
魔法式を走らせた特殊なガラスで、中に誰かいるようだが会場側からは見ることができない。
審査員でも控えてるんだろうな。
ステージ脇に受験者が集められた。俺以外全員、計算尺を手にして、入念にチェックを始めていた。
あっ……そういえば持ってない。
わかっていればクリスに借りてきたんだが、まあ仕方ないか。
早く帰ってクリスたちに吉報を伝えたいところだ。
会場の正面奥の壁面にトーナメント表が投影された。
ぱっと見た限り、男女で分けるということはしないらしい。
どの魔法にも言えることだが、魔法のセンスに性別はあまり関係が無いからな。
正面奥の講壇に立って、試験官フォルネウスが拡声装置を手にアナウンスする。
『これより実技試験に移る。トーナメント表の通り、割り振られたステージにて実戦形式で戦闘を行ってもらう。が、使用可能な魔法は理論魔法に限定。戦闘実技などの魔法の使用は禁止する』
受験者たちには別段驚く様子も無かった。
フォルネウスの説明が続く。
『疑問点があれば各ステージで主審を担当する教務官に質問するように』
魔法式の隠蔽はありなんだろうか? 相手の魔法式への干渉は?
まあ、隠蔽みたいな殺し合い用の技術は、さすがに試験じゃ使わないか。
このトーナメントの空気がいまいち読めないが、状況を見つつおいおい判断していこう。
『また、本日はさる特別なお方が観覧している。諸君らの奮戦を期待する。以上だ』
そう言うとフォルネウスは講壇を降りて、控え室に引っ込んでしまった。
もう一度、俺はガラス張りの小さな部屋を見上げる。
特別なお方ねぇ。
一瞬、学園長の姿が思い浮かんだのだが、俺の代わりに午後の庶務をやると言っておいて、ほっぽり出してくるわけもないだろうし。
まあ、さる特別なお方だかなんだか知らないが、俺は俺らしく目立ちすぎない程度に勝ち上がろう。
会場内に鐘の音が鳴り響き、理論魔法学教員免許試験、実技トーナメントは開幕した。




