8.決断
8.決断
エミリアはゆっくりと息を吐くと、垂れていた頭を上げてじっとギリアムを見据えた。
「お、お断りします」
教室内がざわめいた。
よし! よく言ったエミリア先生!
残念なことに、生徒の中には日当たりの良い窓際の席で、大あくびをしながらテーブルにつっぷして居眠りしているやつも見受けられるけど。
予想していなかった答えに、ギリアムが苦虫をかみ潰したような顔をした。
ザマアッ! である。
「ほっほう。いや、良く聞こえませんでしたな」
「もし、戦うことになったら、胸を貸していただきます」
案外肝が据わってるな、エミリアって。
もしかしたら、やけっぱちなだけかもしれないけど。
さすがにギリアムも、二度は聞き直さなかった。
「本当に今年は賑やかで、楽しい一年になりそうですね。ハッハッハ。その言葉、もはや撤回はできませんよエミリア先生? それにクリス君も」
クリスがギリアムの顔を指さした。
「そっちこそ、負けて大恥を晒す覚悟はできてるのかしら?」
クリスだけでなく、プリシラまでギリアムに……中指を立ててみせた。
おいおい、顔を指さすのもアレだけど、中指は女の子としてまずいだろうに。
「さっきからキモイんだよ消えろよクソが」
うわー。なんということでしょう。
さっきはエミリアがいる手前、あれでもプリシラ的には抑えめな表現だったのかもしれない。
彼女はギリアムを完全に敵と認識したみたいだ。
沈黙を守っていた入試次席のエリート生徒――シアンが、クリスの腕を払いのけた。
「教員を指さすのは敬意を欠く行為ではないか?」
「言ったはずよ。尊敬できないって。敬意を払って欲しいなら、それに見合うだけの言動と行動を要求するわ」
クリスもシアンも互いに引かず、睨み合う。
ギリアムがゆっくり息を吐いた。
「それでは、対戦を楽しみにしています。が、はたして、この教室で代表者三人を集められますかねぇ? さて、そろそろ行きましょうかシアン君。ここにいると負け犬の臭いが染みつきそうですし」
「了解した。失礼する」
言いたい放題言って、エリート教員と入試次席の秀才は去っていった。
瞬間――エミリアの頭がふらふらっとなる。俺はとっさに彼女の腰の辺りを腕で支えた。
誰も動けなかったな。まあ、とっさに動ける人間の方が少ないか。
「大丈夫か? エミリア先生」
「す、すみません。緊張が解けたら急に……ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
そっと支えていた腕を離す。
まだちょっと、エミリアの足下はおぼつかないな。
エミリアは先生として、精一杯の勇気を生徒たちの前で示したんだ。
立派だった。
俺が考えてる以上に、良い先生だ。
クリスが心配そうに聞いた。
「エミリア先生、大丈夫ですか?」
「ええ、クリスさんこそ、本当にいいんですか?」
「これは私への挑戦状でもありますから、先生は気にしないでください」
ギリアムの訪問には、クリスへの個人的な嫌がらせも多分に含まれていたと思う。
さてと、交流戦の代表者の一人は決まったようなものだけど……。
教室内を見渡すと、まるで怯えた羊たちの群と対峙しているような気分になった。
いや、一人だけ……窓際でつっぷしてる、ひなたぼっこ爆睡青髪ポニーテール少女だけは、相も変わらず気持ちよさそうに寝入っているな。
怯えていないのは彼女くらいか。
エミリアは生徒たちの反応に、またしてもうつむいてしまった。
俺が担任なら、戦闘実技のランクが高い生徒をピックアップして、実戦経験のありそうな奴を指名するんだが……。
無理に指名できないのは、エミリアの優しさであり、弱さだ。
この停滞した重たい空気をうち消したのは、意外な人物だった。
「せ、先生。あのさ……あたし、代表に立候補する」
その声の主は、アッシュグレーの瞳で真剣に訴えた。