7.挑戦
「ハッハッハ! 入試主席の君が、底辺に頭を下げるとは愉快なことになっているねぇ」
俺じゃないぞ! 振り返るとそこには二足歩行する白蛇……もとい、エリート教員様のギリアムが目を細めていた。
いや、蛇に足は無いけど本当にそういう雰囲気なんだ。
「さぞや居づらいでしょう。今からでも私のクラスに来ませんか? 特別に手を回してあげても構いませんよ」
こいつ、どんだけ権力持ってるんだ? そんなこと可能なのか?
しかし、ギリアムなら自分のクラスの気に入らない生徒をいびり倒して、無理矢理空席を作りかねない。
そこまでしてクリスを自分のクラスに入れたがる理由はなんだ?
優秀な生徒ってだけで、ここまでするのか?
ギリアムは続けた。
「底辺に下げる頭があるのに、まさか、この私に下げる頭が無いだなんて言いませんよね?」
ため息を吐きながら、クリスが頭を上げる。
「私は尊敬できる相手にしか、下げる頭を持ち合わせていません」
「ほほーう。まだ意地を張って掃き溜めの鶴を気取りますか」
底辺だの掃き溜め扱いされて、教室内はにわかにざわつきだした。
ギリアムが口元を緩ませる。
「おやおや、我々はあまり歓迎されていないようだ。ですが、せっかくこんな辺鄙な所まで来たのですから、自己紹介なさい」
ギリアムの陰から小柄な少女が、音も立てずに姿を現した。
黒髪は艶やかなストレートで、背中を覆い隠すくらい長い。
黒曜石色の瞳が、射貫くようにクリスを見据えた。
「私はシアン・アプサラス。都合により、先ほどエステリオに着任した」
クリスが怪訝そうに聞く。
「着任……って?」
「失礼。言い間違えたようだ」
ギリアムが声を上げて笑った。
「ハーッハッハッハ! 着任とは、いやはや王国軍師の名門アプサラス家のご息女らしいですな」
軍師のアプサラス? あー。そういえば旅に出ている間に、噂くらいは聞いたことがあったな。
確か、エステリオの創設に携わった四賢人とかいう連中のうちの一人だ。
魔王が倒れてから一年でエステリオを立ち上げたんだから、よっぽど優秀な一族なんだろう。
「ギリアム先生。笑うことはなかろう。それに私はアプサラスの実子ではない。息女などと大層な言い方は止めて頂きたい」
「これは失礼いたしました。ちなみに、彼女は入試において次席です。私のクラスに入学することは事前に決まっていましたから、彼女がギリアムクラスに所属していることに、手続き上の不備など無かったことを、ここに明言しておきましょう」
誰も聞いてないから明言されてもな。
つうか、その次席を連れて何しに来たんだ?
俺の疑問をエミリアが代弁した。
「あ、あの、ギリアム先生。ご用件をうかがいたいのですが?」
「用件というほどのことではありません。ただ新任教員のエミリア先生が、ご存じないこともあるかと思いましてね。親切心から、ささやかながらアドバイスをしようと思いまして」
「そ、それは恐縮です」
「まあまあ、そんなに硬くならず。ところで……近く行われる交流戦のことはご存じですよね?」
「は、はい。学年別で、各クラスの代表者三名が、魔法を使った模擬戦闘で競い合う行事ですよね?」
ギリアムはにんまりと口元を緩ませた。
「ええ、良く勉強なさっていらっしゃる。さて、この交流戦なのですが、少なからず成績に影響するものでしてね。このシアン君にも参加してもらう予定なのですよ。ちなみに彼女の専門分野は戦闘実技で、ランクはBです。今すぐにも教員試験をパスできる実力とだけ、申し上げておきましょう」
俺はゆっくりと首を傾げつつ、口を開いた。
「彼女一人が勝っても、他の代表二人が負けたらどうするんだ?」
「また貴方ですか。管理人には関係のない話でしょう?」
俺はギリアムの声を無視して質問を続けた。
「というか、彼女がクリスと当たったら、勝負の行方はわからないんじゃないか?」
クリスが不意をつかれたような「えっ!?」って顔になった。
お前が代表入りしないで、誰がなるんだ。まったく。
ギリアムは小さく唸った。
「それは……だな。か、関係ないのだよ!」
エリート教員様が言いよどむあたり、どうやらクリスなら、シアンと良い勝負ができるらしい。
ギリアムは軽く前髪を手櫛で掻き上げた。
「いやはや、平民とは会話をするだけで疲れてしまいますね。仮にシアン君がクリス君と引き分けたとしても、他二名の実力差は一目瞭然でしょう? むしろ、大怪我をしたり恥をかく前に、試合放棄をした方が身のためだとは思いませんか? 他のクラス相手ならいざ知らず、エリート揃いの私のクラスと戦うことになったなら、試合開始と同時に白旗を揚げても、誰も責めたりはしませんよ。むしろ同情を買うんじゃないでしょうかね? エミリアクラスの生徒は誰も傷つかず、こちらとしても余計な労力を掛けずに済む。まさに理想的な相互利益関係が構築できるじゃありませんか?」
完全にケンカを売ってやがるな。
いや、これはもうエミリアクラスにトドメを刺しにきたってところか。
受け入れたら、このクラスの生徒は今後もずっと負け犬だ。
俺は極力、感情を押し殺して言う。
「成績だけじゃ計れない強さってもんがあるだろうに」
「だから、なぜ雑用係の平民が口を挟んでくるのですか? 私はエミリア先生に提案しているんです」
エミリアはうつむいていた。全身をわななかせている。
こんな言い方をされて、悔しいだろう。
学園内の有力者に脅されて恐いだろう。
けど、ここでエミリアが折れちまったら、俺にはどうしてやることもできない。
あくまで、彼女の手伝いに来てるんだ。
だから頼む。
頼むエミリア。顔を上げてくれ。
■シアン・アプサラス エステリオ一年ギリアムクラス 入試次席
召喚魔法言語学=??
理論魔法学=??
感情魔法学=??
精霊魔法学=??
魔法史学=??
回復魔法学=??
戦闘実技学=B
魔法芸術学=??
魔法工学=??
魔法薬学=??