6.正しい知識と経験則
「ところでプリシラは召喚獣が好きなのか?」
クリスが構文の間違いを指摘したことに、プリシラは怒った。
クリスをあえて無視しなかったところをみると、彼女は召喚魔法言語に自信があるのかもしれない。
「はあっ!? す、好きだけど……って、何急に聞いてるわけ?」
「やっぱりな。召喚魔法言語って、必ずしも正しい言い方をしなくていい。相手も言葉を知ってるわけだから、こちらの間違いに気付いて理解してくれたりもする。それに一流の召喚魔法使いになると、召喚獣に合わせて表現の方法を変えたりするんだろ? わざと言い間違えると、相手が思わず笑っちゃう! みたいな」
クリスが不思議そうに俺を見つめた。興味津々って感じだ。
「それ、本当なの?」
「ああ。その反応からして、クリスは魔法言語を学んだことはあっても、召喚魔法を使ったことが無いだろ」
クリスのエメラルド色の瞳が、くりんと丸くなった。図星みたいだな。
「ど、どうして知ってるのよ!?」
「構文の知識があれば、試験で良い点はとれる。けど、召喚獣へのジョークの言い方は、座学じゃ教わらないもんな」
今度はプリシラの目が点になった。
「は、はああああ!? 平民のくせに、なんなのこいつ?」
「管理人をやってると、学園内のいろんな場所で作業をするんだ。行った先でやってる授業が、自然と耳に入ってくるんだよ」
エミリアもうんと頷いた。
「たしか、魔法史における偉大なる召喚魔法使いの一人、ディアナ・セレスは幼少期からずっと口べたでしたが、召喚魔法言語は流ちょうで、しかもユーモアに富み、召喚獣たちを話術で魅了したそうです。人語ではなく、召喚魔法言語で会話する方が得意だったとさえ言われています。プリシラさんの召喚魔法言語は、きっと実践的なものなんですね。け、けど、クリスさんの指摘も正しいです」
エミリア先生は風見鶏みたいに、クルクルと視線を行ったり来たりさせている。
こりゃあ「どっちの味方だ!」と、もう一波乱ありそうだ。
そう思った矢先、クリスが突然、プリシラに頭を下げた。
「ごめんなさい。私が勉強不足だったわ」
「えっ!? は、はああああああああ!?」
プリシラのやつ、対処に困って固まってるぞ。
クリスは頭を下げっぱなしで続けた。
「私の知識はレオが言った通り、机の上から外に出たことがないものだから」
「べ、別に、そっちの指摘だって……間違って無かったし」
沈黙が訪れた。
まるで教室中の空気が凝固したみたいだ。
ここは部外者の俺がどうにかしてやろう。
エミリアがどっちに肩入れしても角が立つしな。
さあ、生徒たちよ、憎みたければ俺を憎むが良い!