66.開幕まで……
――残り二日。
俺はエミリアと協力して、三人の最終仕上げを行った。
といっても、別段変わったことはしていない。
朝の持久走が50㎞になったくらいだ。
午後からは闘技場を借りて、それぞれの成果を確認する。
闘技場のステージの上で、三人が相まみえた。
プリシラはクロちゃんとの連携も息がぴったりだ。
フランベルも蒼月を振るう度に、その力を増している。
そしてクリスはといえば……。
プリシラとクロちゃんのコンビと、フランベルという二人+一匹を相手に、互角以上に立ち回った。
訓練はクリスVSプリシラ&フランベルコンビという組み合わせだ。
そうでもしないと、クリスが圧倒してしまうからだった。
「クリっち強すぎだし!」
クリスは飛びかかるクロちゃんを斥力場で吹き飛ばし、プリシラの背後からの攻撃をかわすと、身体強化と重力制御の合わせ技である、高速バックステップで距離をとる。
その着地の隙をすかさずフランベルが狙う……が、それさえクリスの計算の内だった。
わざと隙をさらしてフランベルに攻めさせて、近接した間合いでショートソードによるカウンターの一撃を食らわせる。
クリスの思わぬ反撃に、フランベルが姿勢を崩して、ぺたんと尻餅をついた。
「うわっと! その体勢からカウンター狙ってたのクリス!?」
「ええ。今のは自分でも思っていた以上にうまくできてしまったかも」
フランベルに手を差し伸べて立たせると、クリスは笑顔で告げた。
「もう一本、お願いするわ!」
立ち上がってフランベルが頷いた。
「もちろん。次は負けないよ!」
プリシラが場外から戻ってきたクロちゃんの、喉のあたりを優しくさする。
「クロちゃんも遠慮しなくていいってさ。あたしはもうちょっとクリっちには手を抜いてほしいんだけどなぁ」
「それじゃあ訓練にならないでしょ!」
「ま、そだよねー。いくよクロちゃん!」
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
再びクロちゃんをけしかけるプリシラ。
それを防ぎつつ、フランベルの動きにも注意を払うクリス。
クリスの隙を伺いながら、攻めるタイミングを計るフランベル。
――三人の組み手は休み無く続いた。誰一人、集中力を途切れさせない。
闘技場のステージの下から、エミリアが三人の姿をまぶしそうに見上げていた。
隣に立つ俺に、クラス担任は言う。
「レオさんって、教員に向いているんじゃないですか? わたしなんかより、先生と呼ばれるのに相応しいです」
三人が生き生きしてみえるのも、それぞれががんばったからだ。
俺は自分にできることをしただけで、やる気をもってくれなかったら、何もしてやれなかった。
それに、俺がコーチができるのも、エミリアが依頼をしてくれたからだ。
「俺が自由に教えられるのは、ぜんぶエミリア先生が、なにかにつけてフォローしてくれるからだよ」
エミリアは小さく首を左右に振る。
「そんなことありません。まだまだ足りないものばかりです。けど……」
「けど?」
聞き返す俺に、エミリアは決意の表情で頷いた。
「あの……わたしもがんばりますね。先生って胸を張って言えるように」
たぷんと水蜜桃……というか小玉スイカサイズなそれを揺らしながら、エミリアは胸を張る。
もともと気弱に見えても、エミリアの心の強さはギリアムに立ち向かった時から変わらない。
エミリアならその強さを貫き通せるはずだ。
俺は笑顔で告げる。
「祝勝会は王都にある、プリシラがお気に入りのピザの店にみんなでいこうぜ!」
エミリアの顔が赤くなった。
「そ、そそそ、それって……で、デートのお誘いですか!? わ、わたし、男の人に食事に誘われたことがなくて……あ、あわわわ」
「飯くらい、そんなに焦るようなことじゃないだろ? 週末にみんなでデートだ。もちろん、さそった俺のおごりだぜ」
デートに関してはプリシラとの約束もあるが、そちらはまた別に機会を設けることにしよう。
「勝ちましょうレオさん!」
「おう! 俺たちも応援がんばろうな!」
俺とエミリアは互いに頷き合った。
◆
大会前日は、あえて訓練を行わず休息にあてた。
十分に静養をとらせるのはもちろんだが、俺の都合もからんでいた。
交流戦の運営委員によって、会場の設営や諸々の準備が急ピッチで進められる。
俺も運営委員の手伝い、実況席や来賓席の設営などで、大忙しだ。
例年、交流戦には学園長が姿を見せるのだが、今回は所用で出られないらしい。
学園長――リングウッド・アッシャーは、長い白髭をたくわえた老人だ。
常にプルプルと痙攣していて、最近では物忘れも激しいらしく、学園で姿を見ることは滅多にない。
まあ、俺がみる限り、本当にボケ始めているようだった。
それでも理論魔法の権威であり、精霊魔法や召喚魔法言語にも造形が深い、当代切っての大魔法使いだ。
そんな学園長の不在を埋めるため、今大会のオブザーバーとして、四賢人の一人――ガンダルヴァ・アプサラスが迎えられるんだとか。
白蛇クソ野郎ことギリアムのしたり顔が思い浮かんだ。
先日のガンダルヴァの来訪は、このセッティングだったのか。
どことなく政治臭がする。
シアンのお披露目のお膳立てだ。
試合の様子は王都にも魔法通信で放映される予定だった。
王都の広場などに設置された投影機で、大々的に試合が中継される。
ギリアムにとっては、またとない売名の好機だろう。
まあ、そんなことは俺にも、クリスたちにも関係ない。
戦って勝つ。それだけだ。
――準備も整い夜が来て、朝を迎え、ついに交流戦が開幕した。




