58.素材と製法
クリスは王都の自宅に自家用馬車で帰っていった。
蔵は無くとも、さすがはフェアチャイルド家。四賢人の家系だな。
手に入った名刀の銘は入っていない。
おそらく、刀匠があえて無銘にしたのだろう。
使い手が名を与えることで、この刀との適合率を上げる仕組みだ。
無銘だが、幾重にも内装された魔法式によって、材質を越えた性能を与えられている。
これを使いこなすには、相当な量の魔法力が必要だろう。
たぶん、力の足りない人間が使えば魔法力を根こそぎ吸い上げられて、命を奪われるだろうな。
宝物庫に封印されるに値する名刀だ。
俺は、そんな名刀を手にして祭祀場に向かうと、とある召喚獣の存在座標を交えた、召喚魔法言語を奏でた。
意訳するとこうだ。
「おいコラ出てこいよ獅子王」
一瞬で祭祀場のステージに魔法陣が展開し、そこから巨大な影が跳びだして、俺の前にひざまずいた。
「は、ははー! レオ様、なんでしょうか?」
俺の姿と得物を見るなり、獅子王はブルリと身震いする。
「なんか、プリシラの時とはずいぶん態度が違うなぁ?」
「め、めめめ滅相も無い!! 我は……わ、わたくしめはなにも変わっておりませんぞ」
プリシラの前では威圧感を出し続けていたが、俺とタイマンになればあっさりこうなるのか。
俺はにんまり笑った。
「大丈夫だって。何もしないから。それに幻体なんだしいくら斬られても問題無いだろ?」
「問題ありますから! 幻体だって回復には時間がかかりますから! というか、何もしないと言っておきながら、斬る気まんまんですか!?」
俺の持つ名刀に獅子王は釘付けだ。
「おう、悪い悪い。これは借り物なんだ。気にしないでくれ」
獅子王の青い瞳が動揺で揺らぐ。かなりびびらせてしまったらしい。
知性のある召喚獣にとって、幻体というのはもう一つの世界で活動するアバターのようなものだ。
たとえアバターであっても、むやみやたらに破壊されたくはないんだろう。
俺はどこかに召喚されても、向こうで俺のアバターがどうなろうが気にしないけどな。
獅子王は恐る恐る俺に聞く。
「で、ではその、試し斬りでないならどのような御用でしょうかレオ様?」
「お前、アダマンタイトを持ってるよな? あれの塊を一つ。あと彫金用にミスリルと、鞘に使う神木……それから、大きめな青い宝石が欲しい。純度の高いサファイアで勘弁してやる」
「か、喝上げですか!?」
「そんなんじゃないって。俺ら友達だろぅ? それとも、お前の実はビビリな本性をプリシラにバラそうか?」
「勘弁してくださいなんでもします! なんでもしますからぁ……」
泣きっ面になった獅子王は、足下から俺の欲しい品を次々と、こちらの世界に具現化させた。
「偽物掴ませたらただじゃ済まないからな?」
「とんでもない! これらは我が宝物庫から持ち出した、正真正銘の本物! 是非お受け取りください!」
俺はサファイアを手にして解析した。偽装は無し。大きさもドングリほどで、澄み切った蒼だった。
「あ、あのレオ様。よろしければミスリルだけでなく、オリハルコンの方も手配できますが……」
「ああ、それはいいや。素材としてはそっちの方が魅力的だが、今回は可愛い弟子を、相手と同じ土俵にのせてやりたいだけだから」
「は、ははー! それでは我はこのあたりで……」
勝手に魔法陣の中に逃げようとする獅子王に俺は言う。
「待て」
「ひい! まだ、なにか?」
「対価を払ってないからな。今夜限り有効な俺の存在座標をくれてやる。パスも一晩は通したままにしておくから、好きに使ってくれ」
「ええっ!? よろしいので?」
「ああ。ただし、人間相手には使うなよ。というか使った瞬間に、俺の幻体がお前の本体を殺す。使用上の注意はそれくらいだな」
俺が笑うと獅子王はブルリと震えた。
「でしたら、我が領土の大森林に侵食してくる蟲どもの掃討に、助力いただきたたくぞんじます」
「わかった。それじゃあな!」
「かたじけない。レオ様」
そう言い残すと、今度は怯えるのではなく、スッと礼をして獅子王の幻体は元の世界に戻っていった。
こういうのはギブアンドテイクだ。
俺は獅子王から巻き上げた……もとい、前払いしてもらった分だけの戦果を約束して、名刀の詳細な解析作業は明日に持ち越し、素材類ともに管理人室に持ち帰ると眠りについた。
夢の中で蟲どもを殲滅する。
召喚されている時には二通りあるのだが、こうして眠って意識も向こう側に行っている状況だと、より力を発揮できる。
まあ、自動人形状態でも意識が入っていても、やることは対して変わらないんだが。
獅子王の森で破壊した蟲の巣は数知れず。
一匹たりとも残さず徹底的に焼き尽くした結果……。
獅子王だけでなく、その眷属たちにも、俺はすっかりどん引きされてしまった。
ちょっと本気を出すとこういう空気になるから嫌なんだよな。まったく。
◆
翌朝――。
クリスとプリシラには持久走を指示した。
距離を25㎞に増やし、ゴールまでのタイムを争うのではなく、一定のペースを守ることを主題に走ってもらうことにする。
エミリアには、クリスとプリシラがゴールしてからのケアを頼んだ。
「はい! 待っている間に、わたしももっとルールのことや、基礎訓練のことなど勉強しておきます。戦うことはできませんが、みなさんと気持ちは一緒です!」
「ごめんなエミリア先生。色々と押しつけちゃって」
「そ、そんな! わたしの方こそレオさんにお任せしきりで……教員として恥ずかしいです」
いじらしいけど、相変わらずエミリアは自分に自信がもてないんだな。
「またネガティブになってるぞ」
「あっ……い、いけませんね! 反省……しません!」
「落ちこまなくていいから反省はしてくれ」
「あ、あわわわ! そうですね! 反省します!」
時々、エミリアは年齢よりも幼く見えることがあった。
俺は振り返って二人の少女に声をかける。
「それじゃあクリスとプリシラはしっかり走るように」
プリシラが不満げに口を尖らせた。
「えー! フランベルだけ別メニューとかずるくない?」
練習とはちょっと違うんだが、フランベルにはやってもらいたいことがあった。
「別メニューというか、今日はフランベルには一日、俺に付き合ってもらう。授業も休みだ。エミリア先生にはフランベルは『研究のために通常授業を欠席』という形にしてもらいたいんだが、大丈夫だよな?」
「は、はい! そういうことでしたら、生徒には研究休みを取る権利がありますから。成果物の報告やレポートは必要ですが……」
問題なさそうだ。俺はエミリアに「よろしく頼むぜ」とお願いした。
フランベルが両手をあげて笑顔になる。
「わーいわーい! 授業をさぼれるんだね! やったー!」
「喜ぶなッ! エミリア先生。そういうことだから、一日フランベルを借りるぞ」
「は、はい! では研究日ということで申請しておきますね!」
フランベルは頷いた。
「レオ師匠! 一日さぼってなにするんだい? デートかな?」
プリシラがブンブンと頭を左右に振った。
「ずるいー! あたしもデートしたいよレオっち! そうだ! クリっちもエミリアせんせーも、いっしょにサボっちゃおうよ!」
すかさずクリスがプリシラに釘を刺した。
「それはいけないわプリシラ。そうですよねエミリア先生……先生?」
エミリアはぼやーっとした表情で「それも……いいかもしれませんね」と呟いた。
「おいおい、しっかりしてくれエミリア先生」
ハッとした顔になって、エミリアは頷いた。
「い、今のは冗談です。気にしないでください」
わかりにくい冗談だな。
俺は補足するようにエミリアに告げた。
「ともかく、フランベルにはさぼらせないから安心してくれ。成果物の報告もきちんとやらせる。クリスとプリシラはエミリア先生の指示に従うように。それじゃあ行くぞフランベル」
俺が歩き出すと、フランベルが子犬みたいに着いてきた。
「ねえねえ! どこに行くんだい師匠?」
「ついてきてのお楽しみだ」
俺は一度、校舎に入って管理人室で荷物回収すると、フランベルを連れて学園の敷地の北側に向かった。
高い煙突がいくつも並ぶ棟に到着するなり、フランベルがそれを見上げながら声をあげる。
朝から熱心な生徒がいるのか、煙突は一本だけ煙を上げていた。
「うわあああ! この煙突……もしかして大きな浴場かな?」
「まあ、中に入れば解るさ」
フランベルを引き連れて、俺は煙突のある建物の中へと踏み行った。




