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50.報酬

防御ではなく攻撃の構えに転じたプリシラは、次々と足場を飛び、駆け上がり、高く高く昇っていく。


獣人の巨体の頭上にさしかかった。それを獣人はハエでもはらうように叩き落とそうとする。


振るった腕にプリシラは迎撃された。


が、損傷は軽微だ。


ダメージを受ける寸前のところで、クリスの斥力場がプリシラの身を守った。


体勢を崩して着地したプリシラに、すかさずクリスが叫ぶ。


「プリシラ! もう一回!」


「うん! 絶対に一撃、決めてやるんだから!」


獣人がクリスめがけて攻撃しようとするタイミングで、俺は軽くローキックを食らわせた。


普通に攻撃しちまうと、やばいからな。


あくまで軽く、手加減手加減っと。


クリスもプリシラも自分たちの動きに集中していて、俺の攻撃動作に気付かない。


俺が攻撃したことが認識できたのは、蹴られた獣人だけだろう。


その獣人も、俺の動きを視認できていなかった。


実力差が解ったらしく、獣人――獅子王(笑)の俺を見る目はすっかり怯えていた。


今の状況をこいつは甘受し続けるしかない。


お前は今、クリスとプリシラの特訓用にちょうど良いサンドバッグだ。



二人のコンビネーションは次々と、切り口を変えて試された。


足場の置き方やプリシラの身体の運び、反撃を受けた時の受け身まで、挑戦する度に洗練されていく。


二〇回までは数えたが、それ以降は覚えていない。


まあ、あんまりずっと獅子王の前にいるのは不自然なので、時々距離をとったりと、俺なりに「獅子王の注意を引いている」ていで動く。


ただ、獅子王が妙な動きをしそうになった時だけは、きっちり釘を刺した。


「これでどうかしら!?」


クリスが足場を展開する。それはらせん状の配置で、プリシラは超高速で足場を駆け上がった。


「てえええええええええええええええええええい!」


クォータースタッフを両手持ちで構えて、プリシラは獅子王の左後方、頭上よりさらに高い位置から一撃を叩き付ける。


文句なしの速度と連携だ。


「――ッ!?」


獅子王の肩口にクォータースタッフが深々と打ち込まれ、プリシラの振り下ろす力に耐えきれず、スタッフはバッキリと折れてしまった。


同時に、獅子王に掛けた沈黙の感情魔法を、俺は解除する。


「ふざけるな人間どもぉ!」


俺は獅子王に、眼下からにっこり微笑みかけた。


「約束通り一撃を食らわせたぞ。お前のパス……ええと、存在座標をプリシラに教えろ」


憎らしげに獅子王は、着地したプリシラを見据える。


「ならぬ。こやつの力ではないではないか?」


そう言われて、プリシラも返答に窮した。


が、クリスがすぐさま獅子王の言葉を否定した。


「これはチームの勝利よ。貢献したのだから、プリシラには勝者の権利がある。当然でしょう?」


俺は「異議なーし」と後押しする。


プリシラはうつむき気味だ。


「けど、クリスとレオっちがいてくれたから……あたしの勝ちじゃなくていいよ! お願いだから、もう帰って!」


顔をあげるとプリシラは、獅子王に真剣な眼差しで訴えた。


鼻っ面と眉間にしわを寄せて獅子王が……笑う。


「……くっ……はっはっは……我に一撃喰らわせて……帰れとはふざけた娘だ。許さぬ。そのような勝手は許さぬ!」


言葉から殺気が雲散霧消していた。


獅子王はクイッと指だけで、地面の下から“何か”を招くようにする。


すると、獅子王の足下から一本の黒い棒のようなものがせり上がってきた。


「娘。名はなんという?」


さんざん俺らが会話していたのに、きちんと自己紹介しなきゃ名前も覚えられないのか獅子王は。


改めてプリシラは獅子王と対峙した。


少し怯えた瞳で、じっと獅子王の瞳を見つめるとプリシラは口を開く。


「プリシラ・ホーリーナイト」


「プリシラ……か。未熟にして脆弱。他者の助けも無しには何一つできぬ貴様に、我が存在座標を明かす価値はない」


「そ、そんなのわかってるし!」


獅子王は口元を緩ませると、足下からせり上がった棒――漆黒のクォータースタッフをプリシラに投げてよこした。


「その貧相なモノよりかはマシであろう。使え」


「えっ!? でも……」


一撃を叩き付けたはいいが、プリシラのクォータースタッフは折れてしまった。


武器用具室の魔法武器の中では、造りの良いものだったが……まあ、今回ばかりは相手が硬すぎたな。


獅子王は腕組みをして胸を張る。


「良いか。我は決して貴様を認めたわけでも、気に入ったというわけでもない。ただ、一撃を食らわせるという条件を満たしたことは事実。ゆえに、それは寛大なる王たる我からの褒美だ」


ざっと遠目から見たところ、金属製のクォータースタッフのようだが、特徴的な深みのある鋼材の色は、アダマンタイトそのものだな。


他の金属素材にコーティングしたものではなく、無垢材だ。


黒い輝きがなによりの証拠だった。


当然、今までのクォータースタッフよりも重くはなるが、性能は段違いだろう。


プリシラが使いこなすまで、もしかしたら一生涯かかるかもしれない。


売れば……そうだな。


シアンの可変槍が小さな城一つ買えるほどの名品だったが、このアダマンタイトスタッフならもう一回り大きな城が手に入るだろう。


まあ、そのまま使うわけにはいかないから、後で武器用具室に行って制御魔法具を組み込まないとな。


学園のレギュレーションに合わせるのも当然だが、デチューンしないで魔法力を込めて使ったら、負荷が高くてプリシラの魔法力が持たない。


「い、いらないし」


プリシラはアダマンタイトスタッフをつっかえそうとした。


「拒否することなど認められぬ。それと……貴様がクロちゃんなどという名で呼ぶ、我が眷属については引き続き、召喚を許そう。あやつは我が七番目の息子だ。好きに使うが良い。あやつの力を解放し、少しは役に立つようにしておこう」


眷属なのはパスの繋がりから想像できたが、まさかクロちゃんと親子だったとは。


獅子王の眷属をゲットか。


力を解放するというなら、戦闘力の向上も期待できるだろう。


問題は、プリシラが素直にその力を使うかってところだな。


プリシラは目を丸くさせた。


「え……ええっ!? あ、あたし、クロちゃんのお父さんと戦ってたの!?」


これにはクリスも「嘘……でしょ……全然かわいくない」と、獅子王に向けてもらした。


獅子王の青い瞳がクリスを射貫くように見据え返す。


「そこの娘。我にかわいくないなどとは……本来ならば万死に値するぞ」


「う、うるさいわね! 私は嘘が苦手な性格なのよ!」


クリスと獅子王は互いに睨み合うと、同時に「フン」と相手を鼻で笑いあった。


意外と馬が合うんじゃないか?


獅子王はゆっくりと腕や首を回してから、打たれた肩口を軽くさすってプリシラに告げる。


「その命、今は預けておいてやろう。もし貴様が我を呼ぶに相応しい力を得たと勘違いし、再び相まみえたその時に、貴様の力が足りなければ……貴様だけでなく一族郎党、みな食い殺してやるから楽しみにしておくが良い」


負け惜しみっぽいセリフを吐いて、獅子王の身体は足下の魔法陣に没していく。


プリシラはへなへなと、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。


クリスもやっと緊張状態から、警戒のレベルを一段下げた。


それでも獅子王の姿が完全に消えるまで用心するあたり、クリスらしい。


俺は胸まで沈んだ獅子王に、しゃがみ込むとその肩を叩いた。


クリスとプリシラには聞こえない程度の小声で、獅子王に言う。


「なあ……俺も一撃どころか、何発も喰らわせただろ? パス寄こせよ」


ぴたりと獅子王の沈み込みが止まった。


「ぬ、ぬうう」


「ぬううじゃねぇ」


「き、貴様は召喚者ではないではないか」


「じゃあ、クリスとプリシラを帰したあと改めて召喚してやろうか? 今夜は二人で楽しもうや?」


獅子王がぶるりと身震いした。


「わ、わかった。教える……あの……勘弁してください」



最後に敬語になって、俺に存在座標を教えると、獅子王の幻体はすごすごと元の世界に戻っていった。

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