4.与えられた選択肢
講堂脇の庭園は、四月中旬からオールドローズが見頃を迎える。蕾も膨らんで、満開になるのが今から楽しみだ。
魔法薬学の教員に調合してもらった栄養剤のおかげで、植物の育成は順調だった。
剪定をしていると、講堂に生徒たちが列を作り始めるのが見えた。
作業に夢中で気付かなかったけど、もう担任選択の時間か。
緊張の面持ちの生徒たち。その列の中から、女の子が独り飛び出してきた。
「もしかして、この庭園、貴方が作ったの?」
クリスだった。列から出てきてしまっていいんだろうか?
「すごかろう褒め称えよ!」
「規模は小さいけど、結構良い趣味してるわね。これ、オールドローズ?」
「見頃は今月中旬だな。ところで列を離れるのはいかがなものかと思うんだが」
「いいのよ別に。あのね……これから担任を選ぶんだけど、その前に簡単でいいから、他の教員のことも教えて欲しいのよ」
「他のって?」
「今年の一年生の担当教員。プロフィールには無い裏の情報がいいわね。学園の管理人なら色々と知ってるんじゃない?」
生徒には事前に担任候補の情報が配られる。
紙切れに書かれたプロフィールだけでは解らない機密を、クリスはほしがってるみたいだけど、まいったな。
「あー。そうだな。うーん、今年の一年の担任になる奴らって、俺の苦手な連中ばっかりでさ。平民ってだけで視線も合わせてくれない奴もいるし。中には普通に話してくれる教員も、いるにはいるんだけど……そいつらは今年、二年生の担当だ」
魔法薬学教員のマーガレットもその一人だが、あいつも二年の担任だから一年生のクリスには推薦できない。
それに専門が魔法薬だからな。理論魔法よりも実験や治験が得意なやつだし……。
クリスはきょとんとした顔になった。
「へー。意外ね」
「友達がいて悪いか?」
「そうじゃないわ。貴方にも苦手な人がいるってことが、意外だったの。ギリアムだって言い負かしたじゃない」
言い負かした奴をイコール苦手じゃないとするのは、どうかと思うぞ。
「あの時は誰かさんが助けを求めてたからな」
「それは……その……」
クリスは恥ずかしそうに顔を赤くさせた。もじもじと膝の辺りをすりあわせている。
「つうか、そろそろ中に入った方がよさそうだぞ」
講堂に向かう生徒の列が細りだしていた。全校生徒の収容を完了しつつあるらしい。
こんなところで、あんまり道草を食わせるわけにもいかないしな。
クリスは人差し指をピンッと立てた。
「それじゃあ最後に質問。エミリア先生ってどうかしら? 直観で答えてちょうだい」
まず間違いなく“寄せ集め”の担当だし、教員としての経験もこれから積んでいかなきゃならない。ネガティブ要素を上げればキリが無いだろう。
けど、俺の直観はこうだ。
「俺は嫌いじゃないぜ。きっと良い教員になると思う」
クリスの表情がどことなく柔和になった。
「そう。ありがとう。参考になったわ!」
進む生徒の列に戻って、クリスは一度俺に向けて手を振ると、講堂の中へと吸い込まれていった。
まさか、エミリアクラスを選んだりしないよな。
クリスは“寄せ集め”が、どういうものか解ってない。
うーん、結果的にエミリアを薦めておいてなんだけど、ちょっと心配だ。
杞憂だといいんだが。
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