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3.新任教員は史学系

クリスの教室は一階の一番端だった。


かなり奥まった場所にあって、講堂にせよ学食にせよ、トイレにしたってどこに行くにも一番遠い。


配置的に“寄せ集め”クラスの教室だ。

どの学年も“寄せ集め”クラスは立地的に不便な場所に隔離されがちだ。


この教室で一つ良いことがあるとすれば、外に出てすぐの所に焼却炉があって、ゴミ出しだけは楽ってことくらいか。


明らかに他のデメリットが勝ってるな。


まあ、クリスは優秀だから、エリートクラスでなくても、ほどほどレベルの高いクラスに入るだろう。


ここに来ることは、もう無いか。


教室に生徒たちが集まりつつある。

そんな教室には入らず、廊下に立って中の様子をうかがう女性の姿があった。


淡い緑色がかったショートボブの髪で、眼鏡をしている。

制服を着せれば生徒に紛れ込んでしまいそうな、幼い顔つきだ。


が、それとは正反対に胸の方は大変女性らしく、服の上からでも主張をしっかりしていらっしゃる。


眼鏡の女性は俺たちに気付いて、こちらに向き直った。

いかん、視線が引きつけられる。顔を上げねば。

俺と目が合うなり、彼女はあたふたとしだす。


「あ、あの、あの!」


「落ち着いてくれ。俺は学園の雑務をこなす管理人のレオ。こっちは新入生のクリスだ」


「は、初めまして! わたしはエミリア・スタンフォードと言います!」


緊張で声が裏返ってるぞ。大丈夫なのか……この人。


クリスもどう接していいのか、戸惑ってるみたいだ。

一応念のために確認しておこう。


「見ない顔だけど、エミリアは先生なんだよな?」


「は、はい! 教員試験に合格したばかりの、一年生教員です! 専門は魔法史学です!」


なるほどな。

エステリオの教員試験は、ある意味では簡単で、それでも合格できない人間には、絶対に合格できない難関だと聞いたことがある。


教員はそれぞれ専門分野をもっていた。

そのどれか一つでもランクB以上に認定されていることが、必須条件だ。


魔法学科のランクにはAからGまであって、Aはその分野における最高レベル。Gは適性無し=平民である。


エステリオの生徒は全教科最低でもF以上なので、実質ランクFが底辺ってことになる。


ランクGなんて論外だ。一つでも持っていたら入学試験さえ受けられない。


ちなみに、おおざっぱに分けると学科はこんな感じだった。



召喚魔法言語学=召喚獣との会話に使う魔法言語を習得する。


理論魔法学=魔法式によって発動する「現象」を操る魔法。その影響は時空にまで及ぶ。


感情魔法学=人間の心に作用する精神魔法、幻術など。暗示や催眠魔法なども含まれる。


精霊魔法学=地火風水の四元素を操る魔法。自然に関する魔法で分類が細かい。一部理論魔法学とも重なる分野。


魔法史学=魔法学の歴史を学ぶ。他の魔法学の理解を深めるための補助的な役割。魔法文明遺産などの知識も含む。


回復魔法学=生命力そのものに関する実践的な学問。エロイ人間ほど適性があるという、根も葉もない噂あり。


戦闘実技学=身体強化といった肉体の働きに関する魔法も含まれる。魔法力を利用した剣技や近接戦闘術などを学ぶ。肉体の強化は回復魔法学とも通じる分野。


魔法芸術学=魔法史とも重なる部分あり。音楽魔法は特別な効果を持つものが多い。


魔法工学=魔法道具の作成など。


魔法薬学=魔法薬の調合技術を学ぶ。



エミリアの専攻する魔法史学は、正直なところ魔法の才能があんまり関係なかったりするんだよな。暗記力と勉強量の学問だ。


エミリアはクリスに視線を向けた。


「クリス・フェアチャイルドさんですね! 短い間ですけど、よろしくお願いします!」


クリスの手を両手で包むように握って、エミリアはブンブンと上下に振るった。


新人の教員からも名字がすらっと出てくるあたり、入試でトップ成績だったクリスは新入生の中でも有名人なのかもしれない。


クリスは腕を上下にされるがままだ。眉尻を下げて困り顔でエミリアに言う。


「すみません。ちょっと痛いです」


「ご、ごめんなさい!」


ぱっと手を離すと、エミリアは胸を何度も上下させるように呼吸を整えた。

しかし、なんで教室に入らないんだ? この先生は。


「そろそろ教室に入ったらいいんじゃないか?」


「ええと、まだミゲル・ノクターン君とアイリス・スチューダーさんが来ていません。もしかしたら、どこかで迷子になってるのかも。エステリオは広いですから。実はわたしも、結構迷子になるんです。お恥ずかしい」


照れ隠しのようにエミリアは笑った。


って、ちょっと待て。


「もしかして、クラスの生徒の顔と名前を覚えてきたのか?」


「そ、それくらいしかできませんから。一応、生徒さんそれぞれの得意な学科くらいまでは覚えてきました。クリスさんは確か……理論魔法でしたよね?」


「は、はい」


これにはクリスも驚いた……というか、呆れたみたいだ。

もう少し確認をしっかりしておこう。


「なあエミリア先生。このクラス分けはあくまで仮のものだって、聞いてるよな?」


「ええ、知っています! けど、ほんの少しの間でも、教室にいるのはわたしの生徒さんですから」


エミリアは、えへんと胸を張った。


自信たっぷりにたゆんと上下する胸に、またしても視線が吸い寄せられる。

――危険だ!

特に男子生徒には。


俺くらいの人生経験になると、これしきの事では動揺もしないのだが、若くたぎった情動が、間違いを起こしてしまわないか心配になる。


エミリアは目を細めてクリスに促した。


「それじゃあクリスさんは席で待っていてください。席順は黒板に書いてありますから」


「あの……私の事……知ってるんですよね?」


「ええと……し、知ってますよ! もちろん! なんでも知ってます!」


エミリア先生、目が泳いでますよ。


あー、これはクリスの事も他の生徒と平等にしか知らないんだな。

もう少しつっこんで聞いてみるか。


「クリスが入試トップの英才だってことも、もちろんエミリア先生は知ってるんだよな?」


「えええええ!? そ、そそそそうなんですか!?」


嘘が苦手ってレベルじゃないぞ。自白剤要らずだ。


クリスは俺を睨みつけた。事実を言っただけなのに、なぜ怒るのだ英才少女よ。


エミリアは肩を落とす。


「それじゃあギリアム先生のクラスですね。厳しい先生と聞いていますけど、クリスさんならきっと大丈夫です」


「え、ええと……ありがとうございます」


これにはクリスも苦笑いだ。ついさっき、思いっきり拒否ったばかりだもんな。


辺鄙な立地の教室をあてがわれた新任教員となると、今年の一年生の“寄せ集め”担当は、どうやらエミリアってことらしい。


責任感とプレッシャーでぶっつぶれないで欲しいな。

生徒のことをきちんと考える、良い先生になりそうな雰囲気があるんだし。


さてと、そろそろ始業の時間か。

ギリギリで生徒が二人、教室に滑り込んだ。


ミゲル君とアイリスさんだろう。二人とも目の下にクマがある。

今日の担任選択が相当プレッシャーになってるんだろう。


あっ……二人とも、クリスにガンつけていきやがった。


こいつらエリートクラスの当落線上か。クリスを意識するのも無理ないとはいえ、初対面の人間にガンつけるのはどうかと思うぞ。


思う以上のことはできないけど。


「それじゃあ、俺はこの辺で。がんばれよクリス」


「べ、別に、がんばることなんてないわよ」


「エミリア先生も、困ったことがあったらなんでも相談してくれ。もしかしたら総務部を通すよりも、俺に直接言ってくれた方がトラブルが早く片付くかもしれんから」


「はい! これからよろしくお願いします」


エミリアはぺこりとお辞儀をした。

胸が重力に引かれて、今にもこぼれおちそうだ。


「ところで、エミリア先生は俺が平民だってこと、ちゃんと気付いてるよな?」


頭をあげるとエミリアは不思議そうな顔で、俺を見た。


「はい?」


「あんまり頭を下げられ慣れてないんだ」


生徒からは挨拶もされず空気扱いの俺である。

学園の空気を知らない新任とはいえ、いざ教員に人間扱いされると、少しむずがゆい。


「これからお世話になるのに、お辞儀をするのは当然です」


クリスのやつ、目がまん丸だ。


驚いて目を丸くすると、猫やフクロウっぽいな。

魔法使いが平民に頭を下げるなんて、天地がひっくり返るような出来事だろうし、仕方ないか。


どうしたって平民も魔法使いも、お互いをそれぞれの色眼鏡で見てしまう。

エミリアにはそれが無い。


たぶん、相手が平民でも魔法使いでも、彼女は変わらないのだ。


よし! エミリア先生の事は、出来る範囲内で俺がばっちりサポートしよう。応援したくなったぜ。


校舎内にチャイムの音が響き渡った。

クリスとエミリアが教室に入るのを見送ってから、俺は独り廊下を歩く。


さてと、そうだな。

通常授業が始まって忙しくなる前に、ゆっくり庭でもいじっておきますか。


■エミリア・スタンフォード エステリオ新任教員


召喚魔法言語学=D

理論魔法学=E

感情魔法学=D

精霊魔法学=E

魔法史学=B

回復魔法学=D

戦闘実技学=F

魔法芸術学=B

魔法工学=E

魔法薬学=E

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