28.二者択一の成長樹
フランベルは呼吸も荒げて、今にも俺に詰め寄りそうな雰囲気だ。
「気合い入りまくりだな」
腕組みをしてフランベルは「ふっふっふ」とわざとらしく笑う。
「今日の持久走で確信したよ。戦闘実技が苦手なプリシラが、こんなに走れるようになるなんて……個人練習でいったい何を教えたの?」
めざといな。フランベルの観察力には、少し注意しておいた方がいいか。
コーチとしての協力は惜しまないが、あんまり深いところまで俺のことを知られるのはまずい。
「まあ、ちょっとな。プリシラの良いところを伸ばしたんだ」
「ぼくにもプリシラと同じ技術を教えてくれるよね?」
適性に合った指導が俺のモットーだから、フランベルにプリシラと同じ技術を教えるのは微妙そうだ。
なにせフランベルは戦闘実技以外の学科がオールFなのである。
「人には向き不向きがあるから、それはなんとも言えないんだが」
「じゃあじゃあ、ぼくに向いた技を教えてよ!」
遊んで欲しくて仕方ない子犬みたいな素振りで、フランベルは言う。
「とりあえず、軽く合わせてみようか」
「やったー! 個人練習だ! わくわくするなぁ」
俺は素手で身構えた。
エステリオの管理人は「魔法使いではないが、魔法の知識を持った戦技の達人」ってことになってるからな。
「お手柔らかに頼むぜ」
「それはできない相談だよ! 全力でいくよッ!!」
開始の合図も無しにフランベルが踏み込んで来た。
初動から動きに力のロスが無く、まるで背中に羽でも生えているような足の運びだ。
フランベルがロングソードで突きを放つ。
この前に教えた「身体を開く突き」を期待したんだが、得意で使い慣れた従来の突きで来たか。
タックルのような姿勢から放たれる――一撃。
あの時よりも速さが増している。が、それはもう一度見た動きだ。
俺は紙一重で身をそらしてかわすと、フランベルの身体を真横からトンと押した。
猪突猛進してきたフランベルが、突然の横方向からのプッシュに大きく怯む。
「うわっ!? 避けるだけじゃなくて反撃までするなんて、すごいよレオ! 今のが真剣勝負だったら、ぼく死んでたよね?」
やられたのにフランベルは嬉しそうだった。
どんな攻撃にも言えることだが、外したり殺しきれなかった場合は、手痛い反撃が待っている。
突きに早々に見きりをつけて、フランベルは構えを斬撃のそれに切り替えた。
良い判断だ。この判断が出来ずに通用しない攻撃を多用して、あげく敗北してしまっては元も子もない。
フランベルは再び俺に向かってくる。
ロングソードのリーチを活かし、一方的に斬撃で攻め立てる。
魔法武器の威力は平民の俺に合わせて、最も弱く設定されていた。
とはいえ、痛いのは勘弁だ。
三連斬りをかわしたところで、俺はフランベルに正対すると全身から力を抜いた。
「隙だらけに見えるね。ぼくの攻撃を誘ってるのかな?」
気付いたか。戦闘に関しての本能的な嗅覚を、フランベルは持っている。
これはプリシラにもクリスにも無い、独特な感性だ。
「どうした? 恐いのか?」
「ううん、楽しみだよ!」
一呼吸で間合いを詰めると、フランベルは大上段からロングソードを俺の脳天めがけて打ち下ろす。
いくら魔法力がこもってなくも、喰らえば軽い負傷じゃ済まないぞ。
殺す気か! と、言いたくなるのだが、半分は自業自得だ。
俺が作った隙は「脳天こそが一番打ちやすい」というものだった。
振り下ろされたロングソードを俺は拳と掌で挟むようにして、止める。
白刃取り。
故郷で教え込まれた技の一つだ。
少なくとも、俺が旅をしている間に他で見聞したことはなかった。
「う……そ……」
そのままひねるようにして、フランベルの手からロングソードを奪い取った。
まるで奇術のような動きに見えたに違い無い。
呆然としたまま、フランベルは立ち尽くして口を開いた。
「レオ、もしかして魔法使った?」
「簡単じゃないけど、訓練を重ねて高めた純粋な技術ってやつだよ」
「し、師匠!」
フランベルがいきなり、膝を折ると跪いて頭を垂れた。
「ちょ、ちょっと待て。なんだその呼び方は」
顔をあげると、俺の顔を一心に見つめてフランベルは言う。
「どうか師匠と呼ばせてよ!」
「えーと……仮にも師匠と扇ぐ相手にも、フランベルはため口なんだな」
「ぼくはまともに敬語なんて使えないから。だけど師匠を尊敬する気持ちには、一点の曇りも無いよ!」
「あ、ああ。技術を評価してもらえたなら嬉しいよ。けどまあ、その……ともかく立ち上がってくれ」
ロングソードをフランベルに返すと、俺は付け加えた。
「今のは非殺傷モードの魔法武器相手だからできたのであって、真剣や殺傷レベルの魔法武器相手にはやらないからな。誤解するなよ」
「それでもいいよ構わないよ! ぼくは今、師匠の技に感動している! どうか僕にも個別で猛特訓をしてよ! プリシラみたいに!」
クリスと組み手をしているプリシラが「べ、別にレオっちと猛特訓なんてしてないしー!」と、抗議めいた声をあげた。
確かにプリシラとは買い物に行っただけだし、あれが猛特訓だったかというと、少し違う。
それでもプリシラが前に進むきっかけにはなったな。
そんなやりとりに、クリスがふくれっ面になった。
「今度はフランベルの番なの?」
プリシラがクリスに攻撃を仕掛けながら言う。
「別にクリスは強いんだから、特訓とかいらないじゃん?」
「そ、そういうことじゃなくて!」
「うわ! ちょっと反撃しないでよ! 今はこっちの攻撃の番だし」
「あっ……ごめんなさい。うっかりしていたわ」
エミリアが「二人とも、向こうは向こう。こちらはこちらで集中です」と軽く釘を刺した。
フランベルが再びロングソードを構え直す。
「師匠! もう一本お願いするよ!」
「今ので手品はネタ切れだ」
「ぼくは騙されないよ。やっぱり師匠は底の見えない人だ……師匠なら当然“必殺技”のことも知ってるよね?」
「あ、ああ。達人が十年以上かけてたどり着く、戦技や魔法の極地のことだっけか」
「どうかぼくにも、必殺技を授けてよ!」
「無茶言うなって。コーチは受け持ったけど、そんなことできるわけないだろ」
フランベルがしゅんと肩を落とした。
「え? も、もしかして……師匠ほどの人でも必殺技は持っていないの?」
「そもそも、おいそれと人に教えられるような技が、必殺技って言えると思うか?」
「それは……そうだけど。でも、ぼくにはどうしても必殺技が必要なんだ!」
アイスブルーの瞳に、うっすらと涙の膜ができていた。
「フランベルはどうしてそんなに必殺技が欲しいんだ?」
「ぼくには戦闘実技以外無いから……だから、せめてこの分野だけは……誰にも負けたくないんだ!」
そういうことだったのか。
クリスは理論魔法ランクAに加えて、精霊魔法も得意としている。万遍なく弱点が無い。
プリシラには召喚魔法言語と、回復魔法という、これから得意分野に成長しそうな学科が二つあった。
フランベルには戦闘実技一つしかない。だからこそ、こだわりがあるんだろう。
まいったな。
得意な一つを伸ばすか、それとももう一つの“武器”を彼女の才能から見いだすべきか。
得意なものが一つしかないということは、それが通じなければお手上げだ。
二つ以上の得意分野を組み合わせることで、戦闘の幅は劇的に広がる。
一方、全てを捨て去り一つに特化することは、柔軟さを代償により強い突破力を得られる。
当たって砕けるのは、自分か相手か。そういう戦い方になるだろう。
フランベルは勘も良く、戦闘嗅覚にも独特の感性も持っている。
それに柔軟さが加われば、相当な使い手になりそうな予感もするのだが……。
彼女は不器用だ。自分のやり方をすぐには変えられない。
となると、後者の一点豪華主義の方が、性に合っているのかもしれないな。
悩ましい。
本当に悩ましいところだが、交流戦までの短い準備期間を考えると、これ以上、俺があれこれ悩んでいる時間は無い。
黙り込む俺に、剣を鞘に納めるとフランベルは観念したように呟いた。
「わかったよ師匠。ぼくも……ただとはいわない」
いきなり彼女は運動着の上着を脱ぐと、シャツの下に手を入れて……なにやらもぞもぞし始めた。
するりと、サンライトイエローの布地を取りだして俺に突きつける。
「さあ師匠! ぼくの体温がまだ残っているうちに堪能してよ!」
それは彼女の脱ぎたてのブラだった。
「するかあああああ! 俺をなんだと思ってるんだ!?」
「え? だって、師匠はブラが大好きなんだよね? それともパンツ? パンツを脱げばいいのかい!?」
「わかった! わかったから! エミリア先生の視線がすごく痛いからもうやめてくれ!」
エミリアだけじゃない。
クリスもプリシラも組み手を止めて、死んだ魚のような眼差しで俺を見ている。
やめろ! そういう視線は俺の心をえぐるから!
「ともかくそいつをしまってくださいお願いします」
放っておいたら何をしでかすかわからない。フランベル。なんて恐ろしい少女なんだ。




