20.逆転の発想
プリシラの言いたいことはすぐに俺も理解した。
クリスとフランベルで二勝し、勝ち越しを狙う作戦なら、それもありだろう。
俺は首を左右に振る。
「対戦相手のオーダーは当日までどうなるかわからないし、相手だって必ずしも実力順でオーダー組むという保証はないし」
とはいえ、権威と序列主義のギリアムの事だ。
順当に実力通りのオーダーを通してきそうな気がする。
そこはエリートクラスとしてのプライドもあるだろう。
“寄せ集め”相手に、小細工をすることさえ「屈辱」と考えそうな男だ。
「先にクリスとフランベルが勝てば、あたしは試合しなくて済むし」
「そんな勝ち方でお前は満足なのか?」
プリシラはほっぺたを膨らませた。
「あたしの満足とかどーでもいいじゃん」
「良くない。コーチを引き受けた以上、俺は三人とも勝たせるつもりで訓練する。それになにより、お前たち一人一人が、勝負に挑んで全力を尽くし『納得』してもらいたいんだ」
プリシラはでたらめな素振りを止めた。クォータースタッフで地面をトンと叩く。
「そ、そもそも参加するのに納得なんてしてないっていうか……武器なんて使いたくないし」
「使いたくない……って?」
「暴力とか超苦手。するのもされるのも……だからあたし、試合になったらすぐに降参するからね。こんな練習意味ないし」
まいったな。プリシラはそもそも戦うことが嫌だったのか。
先日、武器用具室で「武器を選んで」ってくっついてきたのは、俺をからかうために無理してたんだな。
クリスとフランベルは休憩しながら、俺たちのやりとりを心配そうに見ていた。
クリスもフランベルも悩んでいるような顔つきだ。
批難するどころか、プリシラを心配するなんて二人とも良いところがあるじゃないか。
俺は頷いた。
「よし。だったらプリシラが得意なことで勝負できるようにしよう」
「はあああ!? レオっちわかってるの? あたし入試最下位なんだよ? 誰と戦っても負けるに決まってんじゃん」
「それは俺のコーチを受ける前のプリシラだろ? 今の自分の力が弱いなら、その分伸びしろがたくさんあるってことじゃないか」
俺の言葉に、プリシラは不機嫌そうにほっぺたを膨らませた。
「ポジティブキャラとか、ウザイんですけどー」
どうすればやる気を出してくれるんだ?
たしかに二十日そこいらの特訓で、ギリアムクラスの生徒と戦うのは無謀かもしれん。
けど、今始めなきゃずっとこのままだ。
「俺も男だ。週末にいくらでも特訓に付き合ってやるから……」
「えっ! 週末付き合ってくれんの!?」
急にプリシラの表情がほころんだ。
「お、おう。だから自分の得意なことが何かきちんと考えるように。それが見つかるまでは、はいッ! 素振り素振り! 俺も一緒にやるから!」
「約束だかんねー。もう、しょうがないなぁ」
一気に機嫌が良くなったな。
俺とプリシラは並んで素振りをした。もちろん、俺の得物はいつもの箒である。
プリシラのやつ、さっきとは比較にならない集中力だ。
「それじゃあ、クリスとフランベルはあと五分休憩。そのあと一本だけ組み手をして、今日は終わりにしよう。簡単でいいから組み手のレポートを提出するように」
クリスが抗議の眼差しで俺に言う。
「ちょ、ちょっと! レポートは構わないけど、練習量が少なすぎるんじゃないの?」
フランベルも頷いた。
「そうだよ! ぼくならあと三本はいけるよ! それからレポートとかやめてよね!」
「私だって、まだ四~五本はいけるわよ。レポートは何ページくらい書けばいいかしら?」
張り合ってるなぁ二人とも。まあ、レポートに関しては、質も量もクリスが圧勝しそうだ。
「レポートはペラ一枚でいいぞ。じゃあ……組み手は残り三本。それと、クリスは計算尺を使わないで戦ってみてくれ」
これにはフランベルが抗議した。
「それじゃあぼくに対するハンデじゃないか!」
「お前は負け越してるんだから、ハンデをつけられて当然だろ?」
「うー……そ、そうだけどさぁ」
クリスが小さく息を吐く。
「いいわよ。けど、計算尺が無くても暗算で処理できるから、ハンデにはならないと思うんだけど」
言ってくれるぜ入試主席。
「クリス。最後に計算尺を使わないで理論魔法を使ったのって、いつ頃だ?」
「ええと……三年前ね。この計算尺をプレゼントされてからは、ずっと愛用してるの」
これに素振り中のプリシラが反応した。
「なになに? プレゼントって彼氏から?」
「か、彼氏って……お母様からよ」
「なーんだ。つまんないのー」
素振りの型が崩れ始めてるぞ、プリシラ。
ともあれ、しばらく計算尺を使い続けていたわけか。
暗算で処理するというけど、今まで通り動けるかな?
自分では意識していないだけで、いざ計算尺が無くなるとどうなることやら……。
休憩を終えて、クリスとフランベルは組み手を再開した。
変化は見る間に現れた。クリスが劣勢に立たされる場面が、明かに増えている。
「くっ……式の構築が間に合わないッ!?」
「もらったああああ!」
クリスに正面から突っ込んでいくフランベル。
ロングソードで突きを放つと、クリスはフランベルの攻撃を初めてショートソードでいなした。
「クリスはナイスな判断だ。フランベルも惜しかったぞ。次は踏み込みの足を逆にしてみてくれ」
右手で剣を構えて、右足の蹴った勢いで打ち込むのがフランベルの突きだった。
左肩が前に出て、半ばタックルするような姿勢から、腰の回転とともに上体を動かして放つ攻撃になる。
パンチで言えばジャブではなく、渾身のストレート。
身体をぐっと閉じた状態から、身体のバネを活かした攻撃だ。
威力も速度も申し分無いのだが、予備動作が大きいな。
もし、左足で蹴って突きを放ったらどうだろう。
騎士剣道の素早い突きのイメージだ。
ジャブのような突きなら、クリスの防御は間に合わなかった。
重く刃も広いロングソードには適さないが、彼女の膂力と戦闘実技の力をもってすれば、呼吸一つ分速く相手に届く攻撃になりそうだった。
二本目の組み手で、フランベルは俺のアドバイスを実行に移した。
「そりゃあああああああ……あああああ!」
バランスを崩してフランベルは地面に這いつくばる。すかさずクリスがショートソードの切っ先を、前のめりに倒れたフランベルの首元にピタリと合わせた。
「私……そんなところにトラップは仕掛けてないわよ?」
どうやらフランベルは普通にこけたらしい。
「うう……も、もう一本! 勝負だクリス!」
威勢良く立ち上がったフランベルだったが、三本目もほとんど同様の結果となった。
敗者曰く。
「いきなりやれとか言われても、ぼくにはできないよ!」
フランベルは想像を超えるレベルの、かなり不器用な女の子だったのだ。
既定回数の素振りを終えて、クールダウンのストレッチをしながらプリシラがため息を吐く。
「あー……これ、ちょっとはあたしもがんばんなきゃヤバイのかなぁ……」
「そう思うなら、明日もばっちり素振りだな」
「えー。基礎練とか超めんどいんだけどー。レオっちもコーチなら、ちゃっちゃと強くなれる方法を教えてよー」
「そんなものは無い」
「ちぇー! けど、週末は個人レッスンよろしくね」
クリスとフランベルの視線が俺に突き刺さった。
「その言い方は誤解を招くぞプリシラ。個人レッスンじゃなくて、居残り練習みたいなものだからな」
「わかってるわかってる! いっしょにがんばろうねレオっち!」
フランベルの不器用さをみて、危機感からプリシラに少しだけやる気が出たんだが、フランベルの方は俺がアドバイスしたせいで、調子を崩しそうな雰囲気だ。
うーん、これは指導法をまずった……か?




