19.疑惑のコーチ
エミリアら四人に土下座った状態から陸上競技のスタートを切るように、俺は廊下に出るとシアンを呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ!」
シアンの協力無くしては、この危機を脱することはできない。
「なぜだ? 私はこれ以上、貴様らとは関わり合いたくない」
「そうかもしれない。いやそうだろう! だが、お前に連れてこられたことで、俺はあらぬ誤解を受けて冤罪に問われようとしてるんだ」
シアンがぴたりと足を止める。
「私に責任の一端があるというのか?」
「ダブリンについての説明や、討伐の協力もしただろ? お前は俺に借りがある。今、返してくれれば、お互い貸し借り無しのスッキリした気持ちで交流戦を迎えられるんじゃないか?」
「仕方ない……」と、シアンはため息混じりに引き返してくれた。
◆
疑惑を抱く四人に、シアンもダブリンの被害者で、何が起こりどうして俺と一緒に行動していたか、理由を簡潔に述べてくれた。
余計な脚色がなくて俺としては一安心だ。
説明を終えたシアンをクリスが睨みつける。
「それじゃあ、そのメタルダブリンを駆除するためにレオは仕方なく、女子更衣室のドアを開けて回った……ということなのね?」
眉一つ動かさずシアンは頷いた。
「事実だ。私も実際に視認したわけではないが、その魔物の気配は察知している。……平民にはどうやら見えていたようだがな」
なんとなく含みを持たせるような事を言い残して、シアンは背を向けた。
「しかし、いかに実力があろうと平民は平民。教えを請うなどありえない。失礼する」
淡々とした口振りで言うと、今度こそシアンは去って行った。
四人の視線が俺に集まる。最初に口を開いたのはエミリアだ。
「そ、そういうことだったんですね。よかった。メタルダブリンについては、歴史上にも何度か同様のトラブルを起こしていると、記述が残っています。被害が大きい時には、街一つが一昼夜大混乱に陥ったそうです。レオさんのおかげで早期解決できたんですね。あの、疑って本当にごめんなさい。助けてくれてありがとうございます」
エミリアは笑顔になった。けど、ちょっと無理をして笑ってるみたいだな。
俺も見てしまったことは、早めに忘れるよう心がけよう。
クリスも「エミリア先生がそう仰るなら、そうなのね」と、どこかもやついた感じは残るものの、頷いた。
「それに、敵であるシアン・アプサラスがレオの肩を持って、便宜を図る理由もないし……私も信じるわ」
信じてくれたのは嬉しいが、クリスのそれは敵が俺を庇うわけがないという、状況証拠的な信じ方だ。
それでもシアンには感謝すべき……かな?
「つーかさー。ブラまみれになってたレオっち、ちょっと嬉しそうだったよね。このへんたーい!」
「喜んでないから! あれは……メタルダブリン迎撃作戦が想像以上にうまくいって、驚いて立ちすくんでただけだ」
「そっかなぁ。まあ、パンツじゃないだけ良かったかもね!」
楽しげにプリシラは笑った。
ことあるごとに変態だの女性下着偏愛者だのと煽られるのだから、たまったもんじゃない。
「そうだ! レオもぼくらと同じ境遇になってよ!」
フランベルが俺の下半身に狙いを定めてタックルしてきた。
「やめてくれ!」
「いいじゃん! せめてズボンだけでも脱いでみてよ!」
「できるかそんなこと!」
避ける! 避ける! 避けまくる!
「女子更衣室で男のズボンを脱がしにかかるんじゃない!」
「じゃあ、他の場所ならいいんだね?」
よくねえよフランベル!
不意の事故が起こらぬよう、この日を境に俺はベルトの穴を一つきつめにすることになった。
◆
そんな事件がありつつも、誤解が解けて放課後のコーチの仕事も継続することになった。
今日はエミリアが教員会議に出るため、校庭には俺と三人娘だけだ。
ちょうどクリスとフランベルの手合わせに一段落ついたところだった。
頭の中で手早く戦評をまとめる。
「クリスは魔法式に気を取られすぎてるぞ。踏み込みの速さを考慮して、間合いによっては理論魔法に頼らず、ショートソードで自衛する方に意識を切り替えろ。フランベルは魔法式へのケアがまったく足りない。二十メートル離れたら、理論魔法使いは最低一つは魔法式でトラップを完成させてるぞ。特に相手が隙だらけに見せてるところには、トラップがあることを前提に動くんだ」
クリスが目をまん丸くさせた。
「本当に的確ね。まるで私の魔法式が見えてるみたい」
「まあ、長年の勘ってやつだな」
フランベルとクリスの組み手は、続けるほどお互いの短所を補い合うことができた。
ここまで出来るとは思っていなかったが、フランベルの戦闘実技の力は本物だ。
三回に一回はクリスから一本を取る。
逆に言えば、残り二回はクリスの理論魔法のトラップにかかっているわけだが……。
「くっそー! レオは読み切れっていうけど、やっぱ無理だって。見えないんじゃどうにもなんないよ! 悔しいなぁ」
「私も想定外の攻撃を何度も受けているわ。おあいこね」
「フォローありがとうねクリス。けど、ぼくの方が明らかに負け越してるから。うー、やっぱり魔法式が見えるように、理論魔法を勉強しなきゃだめなのかなぁ」
二人に組み手をさせつつ、俺はプリシラへの個人レッスンも続けた。
といっても、彼女には基本的なクォータースタッフの型を教えるだけだ。
初心者こそ反復練習である。
「あと素振り百回。終わったら休憩だな」
「えー。超疲れたしー。いいじゃんあたしなんて。人数合わせのやられ役なんだから」
「俺は三勝するつもりでいるぞ」
「ありえないし。つうか、あの二人が強いんだから、あたしなんていくらがんばっても……」
プリシラはしょんぼりと眉尻を下げた。
「そうはいくか。楽はさせないからな」
「けちー! これだから女性下着偏愛者は困るし」
「その呼び名はやめろ。素振り追加百回だ」
「うわー。暴君だし! 超無理なんですけどー。もう腕パンパンだよー。腕が太くなりすぎて、ゴリラみたいになってさ、お嫁さんのもらい手がいなくなったらどうしてくれるわけ? レオっちに責任とれるの?」
「腕が太いくらいでスルーするような男は、お前の方から願い下げにしてやれ」
「このままだとゴリラの家にしかもらってもらえないよぉ」
不機嫌そうにプリシラは素振りをする。
せっかく教えた型も無茶苦茶だ。
不意に、プリシラは手を止めると、俺をじっと見つめた。
「そうだ……良いこと思いついた。レオっちさ……あたしを大将にしなよ!」
プリシラの眼差しは真剣なものだった。




