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1.春、学園の始まり

勇者と呼ばれた少年は、魔王を討伐して姿を消した。


が、魔王が滅んでも、いつまた魔族の中から新たな魔王が生まれるかもしれない。


とはいえ勇者が消息を絶ったため、世界はもう、勇者に頼ることはできなくなってしまったのである。


そこで、人々は勇者が勝ち取った平和と秩序を、自分たちの力で守ることに決めたのだ。


勇者の後継者を育成するため、軍学校を基盤として王都の郊外に魔法学園「エステリオ」が設立されたのは、人間たちが魔族との戦争に勝利した翌年のことである。


以来、エステリオには王国中から、魔法の才能を持った少年少女たちが集められ、魔法や戦闘実技を学んでいる。



俺は、そんな魔法学園で去年の後期から管理人の仕事に就いた。


まあ、管理人と言っても大層なものじゃなくて、平たく言えば雑用係だ。


名前はレオ・グランデ。魔法力を持たない平民である。


わざわざ管理人の募集要項に「平民であること」なんて書かなくても良いと思うんだけどな。いや、別に文句とかじゃないんだが。


そもそも、魔法が使えるなら、こんな雑多な仕事は誰もやらないか。



ここでの仕事に魔法はいらない。


備品の修理点検に、運動場の草刈りや、校舎内の魔力灯の取替えといった雑用が主な仕事内容だ。


他に、倉庫の整理や庭園作りに、清掃作業。


来客があればお茶の準備もするし、ちょっとした補修工事なんかは、お手の物だ。

時々学園内に紛れ込む害獣の駆除やら、ゴミの処理も請け負う。


この仕事を俺は気に入っている。


なにせ宿直室に住み込みOKなので、家賃が掛からないのがいい。


しばらく流浪の身だったから、帰る部屋があるってだけで嬉しかった。


そのうえ通勤時間も無いに等しく、夏休みや冬休みまである。


そんなわけで、今朝も正門前で掃き掃除に精を出す。

四月に咲く桜はどこで見ても綺麗なものだ。


ただ、散った花びらをそのままにはしておけない。


俺は愛用の箒を振るった。ピンクの絨毯をかき分けて道を作る。


そのうち、登校する生徒たちの姿がちらほらと見え始めた。



エステリオは全寮制だ。三学年合計で六百人が、毎朝この道を通う。


一クラスは二十五人。

一つの学年につき八クラス。


生徒たちはそれぞれ、担任の名前を冠したクラスに所属するのである。


一年生担当の○○先生なら「一年○○クラス」という風な感じだ。

もし俺が先生だったら「一年レオクラス」かな。


おお! なんかかっこいいかも。


まあ、そういうクラスが三学年分あって、教員二十四名で六百人の生徒を受け持っている。



生徒はみんなこの正門を通るのだが、俺のことなど気にも掛けない。

魔法力を持たない平民なんて、眼中に無いって感じだ。


実際、成績を左右する教員にはきちんと挨拶をするし。


働き始めて最初の頃は戸惑ったけど、一ヶ月もしないうちに慣れた。

平民の管理人と仲良くなろうって奴がいたら、そいつはよっぽどの変わり者だ。


それに今日は特別な日――「担任選択」の日だった。


今日の選択が、これからの一年間を決めるのだから、緊張しないわけがない。

神妙な面持ちで流れていく生徒を見送りながら、俺は掃き掃除を続けた。



エステリオでは、一年ごとに生徒が担任を選択する。


そこに「平等」はない。

試験の成績上位順に、選択の優先権が与えられた。


新入生なら入試の成績。

今年、二~三年生になる連中は、昨年度の学年末試験の成績で優先権が決まるのである。


人気のある教員に生徒は集まる。

各学年で最も優秀な教員が持つ二十五の席は、プラチナシートだ。


よっぽどの事が無い限り、順当に、試験成績上位者の二十五名で埋まる。

順位の二十五番目と二十六番目とでは、天国と地獄らしい。


エリートクラスが埋まると、あとは生徒の好みで、ほどほどにばらけるみたいだ。


ただ、ばらけ方によっては、希望していたクラスに自分よりも成績上位者が入ってしまい、弾き出される不運な生徒がいたりもする。


希望していたクラスに入れなかった連中は、最終的に成績下位の生徒と一緒に“寄せ集め”られてしまう。


あぶれた連中の集まる底辺クラス。


卒業を控えた三年の“寄せ集め”なんて、教室の前を通る度にお通夜か葬式みたいな空気で、気の毒なくらいだ。


大概“寄せ集め”クラスの担任はクビ寸前のダメ教員か、経験の無い新任教員なので“寄せ集め”が再起するなんてことは、そうそう起こりえないんだとか。


エステリオは「全てのクラスが平等だ」と言ってるけど、建前だ。


魔力灯の取り替え一つとったって、エリートクラスじゃ少しでも光量が落ちるようになったら、即交換。


で、そのお古がもったいないので“寄せ集め”クラスでほとんど点かなくなったようなものと、やっと交換する。


……なんて決定が、総務部では普通に横行している。


底辺を置くことで、たとえエリートクラスになれずとも“寄せ集め”クラスにだけはなるまいと、がんばらせるという裏の方針があるんだろう。


まあ、ちょっとカチンと来たんで、不調な魔力灯はこっちで調整して、きちんと使えるモノにしてから交換してやった。


“寄せ集め”クラスの生徒にも教員にも、感謝されなかったけど。

いいんだよ。俺の好きでやったことだし、感謝されたくてしてるんじゃないんだから……。


ええい、仕事だ仕事。清掃作業を続けよう。



掃き集めた花びらを、大きなちりとりで掬うようにして、手押し車に積んだ。

落ちた花びらを山のように載せられるだけ載せて、運ぶ。


生徒用の昇降玄関前を素通りして、手押し車は校舎の建物脇にある、人気の無い資材置き場にさしかかった。


人の話し声が聞こえて、立ち止まる。


なにやら揉めているらしい。


見慣れない女生徒が、物陰で男に手首を掴まれていた。


真新しい制服で、女生徒が新入生だとわかった。

明るい栗色の髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳が印象的だ。


魔法力を持っていると、容姿まで平民とは違ってくる。


とかく魔法力の影響で、魔法使いの髪や瞳の色はカラフルになりがちだが、その女生徒の髪色はえもいわれぬ自然な美しさだった。


それでも宝石みたいな瞳の色が、彼女が魔法使いであることを雄弁に語っている。


そんな瞳をさらに見開いて、少女は男に抗議する。


つい、見とれてしまうくらいの美少女だ。

怒っている顔さえ美しい。どことなく気品すら漂っていた。


「離してください。人を呼びますよ」


「好きにしたまえ。ただし、後悔するのは君の方だよ。クリス・フェアチャイルド君」


男の方は学園内で何度も見たことがあった。


銀髪に紅い瞳という風貌に、女性と見まごうほどの細身で肌も透き通るように白い。


女生徒たちの評価はミステリアスイケメンだが、俺は脱皮したての蛇みたいで苦手だった。


まあ、向こうは俺のことなんて眼中にもないだろうな。


エリートクラスの担任、ギリアム・スレイマン。

学園で五指に入る魔法使いだ。


確か本年度は一年生の担任だったか。


二人とも俺の存在にはまったく気付いてないらしい。


それにしても、生徒の手首を掴むなんて、ギリアムはいったいどういうつもりだ?



俺は手押し車をその場にゆっくり置いた。

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