187.条件は応相談
無効試合とも言える内容だが、最終的には介添人の乱入という理由で俺の勝利がコールされた。
観覧席の研究生たちはざわつきながらも、デフロット学部長に促されて解散となる。
リューネはその小さな身体で兄を背負うと、軽く引きずりながらも歩き出した。
「手伝おうかリューネ?」
「……問題無い。この程度の身体能力強化は心得ている」
言い残すと兄を背に、小柄な少女も去って行った。
クリスがほっとした表情を浮かべて俺の元に駆け寄る。
「全然攻めないから、ちょっと心配したわよ?」
「あいつの攻撃を全部受けきって、隙を突いて倒す予定だったんだけどな」
充分にウォルターの見せ場は作ったのだが、最後の攻撃だけは異質だった。魔法式の美しさに独特のこだわりを持っていた男とは思えない。まるで暴れる竜のような凄みがあった。
クリスは小さく息を吐くと「けど、きちんとレオが引導を渡してないから、また何か文句をつけてきそうよね?」と、眉尻を下げた。
確かにリューネが止めたから何事も無く済んだのだが、俺に倒されたというのではなく、あくまで“妹の邪魔が入った”としかウォルターは思わないだろう。
研究生たちの誘導を終えて、デフロット学部長がステージに戻ってくるとハンカチで額の汗をぬぐいながら俺に小さく頭を下げた。
「いやレオ君。申し訳ない。ウォルターがあんな魔法を使うとは」
「いいえ。デフロット学部長が責任を感じることはないですよ。肝心の教鞭は俺が借りていたわけだし。お返しします」
さすがに学部長といえども、魔法武器無しでウォルターのアレを止めることはできないだろう。
「いやいやいや! ワタシがうっかりしいたんですぞ! スペアの魔法武器を携行すべきでした。こういった試合はユグドラシアでは珍しいとはいえ、本当に申し訳ない」
口振りこそ明るく振る舞ってはいるのだが、学部長の顔は本当に申し訳なさそうだ。
俺は教鞭の柄を差し出した。
「お返しします。とても良い魔法武器ですね。助かりました」
「いやはやこれを自在に扱えるなんて、レオ君はとんでもない使い手なんですな。かく言うワタシは……リングウッド先生から戴いたものなので携帯こそしているものの、まともに使いこなせないんですぞ。おっと、ここだけの話にしてくださいよ! 研究生に知られたら恥ずかしいですから」
教鞭を受け取りながらデフロット学部長は恥ずかしそうに笑った。
「言いませんよそんなこと。さてと……」
個人的な因縁をウォルターとの間に結んでしまった気はするが、ひとまず俺の課題――ユグドラシアで講義をするというものは、なんとかこなすことができたな。
正直、隣に立つクリスの支えがあったおかげで、なんとかできたというところだ。
俺一人ではお手上げだった。
クリスに視線を向けると、彼女は小さく首を傾げる。
「なにかしら?」
「クリスはこの後どうするんだ?」
軽く腕組みをすると少女は溜息混じりに返した。
「案内役のリューネも今は手を離せないでしょうし、見るべきところは朝の内に見学したから、レオと一緒に館に戻るわ」
それから目配せをしてクリスは小さく頷いた。
俺とクリスのユグドラシアでの用件はこれにて終了だ。
館にオーラムが戻っていればいいのだが、まだ検査が長引いているなら見舞いに行くのもいいかもしれない。
俺は再びデフロット学部長に向き直った。
「それじゃあ、俺たちはこの辺で。今回は色々と便宜を図ってくださってありがとうございます」
頭を下げると隣でクリスも俺に倣う。
デフロットはといえば……目を丸く見開いた。
「ちょっと待ってほしいんですぞ! いやいやいやいや! このまま返すなんてもったいない! クリス君はユグドラシアでの研究職にも興味がおありなようですし、レオ君は教員免許を持っている。となれば、二人まとめてどうでしょう!」
声を張る学部長に、耳を疑った。
「二人まとめてって……」
デフロット学部長は一度、オホンとせき払いを挟むと、至極真面目な顔で俺に告げた。
「ユグドラシアでの教職にも色々ありますが、レオ君の実力であれば客員教授などぴったりでしょう! 研究分野を決めていただいて、研究生の募集を募ればきっと集まりますぞ。みな、レオ君の技に興味津々でしたし。そしてクリス君はレオ君専属の研究生ということでいかがですかな? 学部の機材は利用し放題。研究費の支給もありますし、他学部との協力なども推進しておりますから!」
クリスの瞳が輝いた。
「わ、わた、私がレオの専属研究生……」
専属って、俺の元を巣立つはずが俺の所に戻ってるじゃないか。
いや、エステリオとは環境が違うが……。
デフロットは鼻息荒く俺の手を両手で包むように握った。
客員教授の地位がどれほどのモノなのかはわからないが、こういう誘いは滅多に無いだろう。
ありがたい話だが、俺のような戦闘バカに務まるとも思えないな。
クリスに視線を向けると、彼女は「れ、レオが教授なんて……正直すごく素敵だと思うわ。けど……」と、言葉を濁した。
俺がクリスに自分で道を選んで欲しいと思うように、彼女も俺に決めてもらいたいと思っているのかもしれない。
学部長が俺の手を握ったまま迫る。
「いかがですかなレオ君!? 対魔族用の理論魔法を学術的に体系化するというのも、立派な研究になると思いますぞ! いやいやいやそれはあくまで一例で、研究内容はお任せいたしますから」
俺はもう一度、頭を下げた。
「せっかくのお誘いですが、俺には他にやりたいことがあるので……」
「ここでなら、教職としてできないことなどありませんぞ」
「俺はその……なんていうか……教えるならエステリオの子供たちがいいんです」
王都で俺を待つ人たちがいる。それに、来年には王家の第三王女フローディアがエステリオ入学を控えているからな。
俺自身が学び、研究に没頭する日々にも後ろ髪を引かれるが、教職に就くならやっぱりエステリオだ。
クリスは「もったいない……けど、そうよね。レオらしいわ」と、少しだけ残念そうな顔をしながらも、深く頷いた。
デフロット学部長はそっと俺の手を離す。
「そうでしたか。いやはや……惜しい気もしますが、リングウッド先生の後継者問題は解決したようですな」
「俺が? それはさすがに無いだろ……じゃない。無いですよ。エステリオの教員採用試験を受けさせてもらえるかもわからないわけですし」
クリスが笑顔になった。
「それならきっと大丈夫よ。今回の講義もうまくできたんだし、きっと学園長も評価してくれるわ」
そうだといいんだが……。
デフロットは最後に「もしエステリオの採用試験に落ちたら、遠慮せずにワタシを訪ねてください! いつでも歓迎しますぞ! ハッハッハッハ!」と、豪快に笑ってみせた。




