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158.耐久力試験

午前の庶務の途中だったのだが……意外な人物が学園に俺を訪ねてきた。


仕事を途中で切り上げて、校内の呼び出しに従い校舎へ入る。


応接室で待っていたのはロングスカートに黒地の上着を羽織った黒髪の女性だった。椅子に座ることもなく、ずっと立ったまま待っていたらしい。


「ご無沙汰しておりますレオ様」


恭しく提げた頭をあげる。


相変わらず前髪を片側に寄せるように、七連星をモチーフにした髪飾りをつけた彼女の名はジゼル。


王都でも指折りの魔法鍛冶職人の店が軒を連ねる、金色通りの七連星工房の女店主だ。


「久しぶりだな。そういえばあれから店の方は大丈夫か? 変な連中につきまとわれたりして困ってるって話なら、いくらでも相談にのるぜ」


以前、フローディアの紹介で七連星工房を訪れた際に、貴族のバカ息子に迷惑している彼女を助けたんだが……。


ジゼルはそっと首を左右に振った。


「あの一件以来、当工房の魔法武器が評判になりまして、おかげさまでむしろ繁盛しております」


「そうか。じゃあ俺に用事って? 店を空けてまで来たんだから、よっぽどのことだよな」


ジゼルは物腰こそ柔らかいが、いかにも商売人らしいところがある。


「そんなに警戒なさらないでください」


俺の表情から心の中を読み切って、ジゼルは微笑んだ。客商売で鍛えた人間観察術ってやつだ。


「魔法武器の売り込みなら他を当たってくれ」


七連星工房に任せれば良い魔法武器になるとは思うのだが、先立つものが無い。


それに作ってからの調整の問題もあった。能力のピークに合わせるなら、今の俺には重たくて扱いきれないくらいの魔法武器が理想だ。


その調整をするとなると、正体を明かすことになる。それはできる限り避けたい。


「今度は何を心配していらっしゃるのでしょう?」


「ん? いや別に。それで売り込みじゃないならご用件はなんだ?」


ジゼルは手荷物から細長い小箱を取り出した。


「本日は当工房の魔法道具師が試作した、こちらの眼鏡を試していただきたく思いまして、こうしてうかがった次第です」


小箱を開くと黒縁の四角いフレームの眼鏡が収められていた。


「視力には自信がある方なんだけどな」


「度は入っておりません。フレーム側に魔法式を内蔵しておりまして、レンズに情報を投影するようになっております」


「情報って……たとえば?」


ジゼルは眼鏡を手にとるとニッコリ笑う。どことなく仕事用っぽいスマイルだ。


「敵意です。相手の心理を読み取り、強い感情の発生を感知して警告する……と、説明するよりも実際につけてみていただければ良いかと」


眼鏡を開くと彼女は俺の返答もまたずにかけさせた。


「サイズのお加減はいかがですか?」


「まあ、大きすぎずきつすぎずってところだな」


本当につけているのが嘘みたいな軽さだ。素材的にも魔法力の負荷的にも。


レンズ越しにジゼルを見ると……別段変わった様子はない。まあ当然か。この眼鏡は敵意に反応するというのだし。


「装着者の発する魔法力によって常時作動しますので、使用時に魔法力を込める必要はございません。また、性能も装着者の魔法力によって変化するらしいのですが」


どことなく言いずらそうだな。ジゼルは続けた。


「今回はこちらの眼鏡の耐久性試験をお願いしたいのです。押しかけておいて突然、このような申し出をして失礼かとは存じますが、レオ様が着用して壊れないようでしたら、耐久性も十分と判断できると思いまして……」


「なるほどな。そういうことなら構わないぜ」


スッと頭を下げるとジゼルは微笑んだ。すると彼女の身体が、ほんのりピンク色に光った……ように見えた。


それは一瞬で消えて元に戻る。


「ん? なんだ今のは」


「どうなされましたレオ様?」


キョトンとするジゼルに俺は首を左右に振って返した。


「いや、ジゼルの身体がピンクっぽく光って見えたんだが……」


ジゼルはそっとあごをつまむようにして考えこむような素振りを見せた。


「敵意に対しては赤く光って警告するのですが……誤作動かもしれません。試作品とはいえ当工房の商品。原因は不明ですが、万が一にも不具合によってレオ様にご迷惑をおかけするわけにはまいりません。今回は回収させていただきまして、後日またお願いにあがらせていただきます」


俺は眼鏡のフレームを中指で押し上げてみせた。


「その誤作動についてもレポートしてやるよ。まあ大船に乗ったつもりでいてくれ」


「よろしいのですかレオ様?」


「いいっていいって」


「では、報酬の件ですが……」


「それもまあ別にいらないから。その代わりと言うわけでもないけど、俺の方で困った時にジゼルの力を借りるってことでどうだろうか」


「わたくしの……ですか?」


すると眼鏡のレンズ越しに、今度は彼女の身体が青っぽく光った。


「まあ心配するなって。無茶振りはしないからさ」


「はい。ではそのように。わたくしにできることでしたら、なんなりとお申し付けくださいませ」


「で? どれくらいの間、こいつを着けていればいいんだ?」


「それでは来週の同じ時間に回収にあがります。耐久性の試験としてお願いいたしましたが、使用感や追加したい機能などもありましたら、是非レオ様のご意見として参考にさせていただきたく思います」


もろもろ説明を終えると一礼して、彼女は応接室を出ていった。


ピンクや青く光ったことについては、あとでレポートに書いておくとしよう。


というわけで今日からしばらく眼鏡生活になりそうだ。



敵意に反応して、見た対象が赤く光るというのだが……存外、敵意というものは普通に生活していると飛んでこないものだ。


以前はエリート生徒たちから怨まれてもいたんだが、銀翼の騎士になったこともあってか、最近はそんな生徒の視線もめっきり感じ無くなった。


ギリアムがいた頃が懐かしい。あいつなら常に真っ赤に光り続けていたに違い無い。


庶務をこなして空いた時間で、俺は召喚魔法に使う祭祀場へと足を運んだ。


森を抜けた先の祭壇のようなステージに上がる。さっそく召喚魔法でいつもの奴を呼び出した。


「これはレオ殿。今日はいったいどのようなご用件で」


腰の低い獅子王が魔法陣から競り出てくる。他に誰かいれば威圧的に腕組みをして登場するのだが、俺一人の時は揉み手だった。


「久しぶりだな。調子はどうだ?」


「我が一族、みな壮健ですとも。ところでその顔のものは?」


「ああ、ちょっと雰囲気を変えてみたくなってな」


俺は眼鏡のフレームを中指でクイッと上げてみせる。


「いやぁさすがはレオ殿。とてもよく似合ってらっしゃる!」


レンズ越しに映る獅子王の姿が、青く光った。


「別に眼鏡が似合うか聞くために喚んだわけじゃないんだが……」


「いえいえ本当に似合ってますとも……あっ! ど、どこかにプリシラたちが隠れていたりしませんよね?」


ますます獅子王は青く光った。お前の性格、もうプリシラたちにはバレてると思うんだが……。


「俺一人だ。生徒はこの時間、まだ授業中だからな」


「そうでしたか。いやぁホッとしました」


獅子王が緑色の光を発した。どうやら俺が着けたからなのか、敵意以外の感情にも反応するみたいだな。


青は不安や恐怖。緑はこの感じからして安堵安心ってところだろうな。


ピンクはなんだったんだろう。もう少し、サンプルが必要そうだ。


「というわけで獅子王。久しぶりに組み手でもどうだ?」


瞬間――


獅子王の身体から青い閃光がほとばしった。眼鏡のレンズがビリビリ震える。


「い、いいだろうレオよ! む、むむむ胸を貸してやろう!」


声が震えているぞ獅子王。組み手と聞いて、きちんと敵っぽさを出してくるなんて律儀な奴だ。


しかし……赤くは光らなかったか。


それにレンズが振動しすぎてまともに見ていられない。


「さあああああ! 血湧き肉躍る殺戮の宴を始めようではないかああああ!」


「いや、いいから無理しなくても」


「我はび、ビビッてなどおらぬわああ!」


牙を剥いて掴みかかる獅子王の眼前で、俺は両手をパンッ! と叩いた。


魔法力を込めた猫騙しだ。不意を突いて獅子王を衝撃波が襲う。


「――ッ!?」


動きが止まったかと思うと、その巨体が沈むように地面に前のめりに倒れる。


そのまま魔法陣の中に埋没していった。


思っていた以上に効いたみたいだ……猫騙し。というかこの場合は獅子騙しか。


「とりあえず相手が召喚獣でも使えるみたいだけど……さてどうしたものか」


ちょうど校舎の方角から、午前の授業が終わる鐘の音が響いてきた。


獅子王はこの調子だし、耐久試験の手伝いはクリスたちにお願いしてみるか。



エミリアクラスに顔を出すと、エミリアが生徒につかまって質問を受けていた。


「……と、いうわけで王国の繁栄に繋がっていくわけです」


「先生ありがとうございます! 今度、王都の中央図書館に行ってみます」


熱心な女子生徒が立ち去ったところで、俺は廊下から教室内のエミリアに声をかけた。


「精が出るなエミリア先生」


「れ、レオさん!? どうしたんですかその眼鏡!?」


エミリアの身体がピンクの光に包まれた。


「どうだ似合ってるか?」


「と、とととととってもステキです! 眼鏡男子だったんですか?」


「いやまあ、ちょっと事情があってな。度は入ってないんだ」


「それでもかっこいいです! とっても似合ってます!」


ピンクの光がますます強まる。


「ええと……ありがとう。ところでクリスたちは?」


眉尻を下げてうつむき気味になるエミリア。その胸元に視線が吸い込まれそうになる。


ゆっくりと俺は斜め四十五度を見上げた。


「たしかお昼休みに入ってすぐに、購買部に行くって話してました」


「そっか。じゃあちょっと行ってみるかな。教えてくれてありがとうな!」


廊下をUターンしようとすると、後ろから呼び止められた。


「ま、待ってくださいレオさん。わたしもお昼がまだなので、わたしもご一緒させてもらっていいですか?」


「ああ、そうだな。せっかくだし今日はマーガレットのところでランチにするか」


校舎から離れているが薬学科のテラスなら、人数が多くても大丈夫だろう。


たまには顔を見せてハーブティーを飲みに行ってやるか。


エミリアと並んで購買部に向かった。ちょうど買い終えたクリスたちと合流する。


「あれ? レオっちなにそれ? エミリア先生とおそろいなの?」


プリシラが俺の顔を指さす。


「ちょっと雰囲気を変えてみたくなってな」


「えー!? なんか真面目っぽいね。いいじゃんいいじゃん! 先生みたいで!」


ほわぁっとほんのりプリシラがピンク色の光をにじませた。


フランベルが俺とエミリアの間で視線をいったりきたりさせる。


「も、もしかしてエミリア先生の贈りもの……とか? ふ、二人はおそろいで眼鏡を掛け合うような大人の関係なの!?」


「なんだその関係は。この眼鏡は俺が自発的に着けてるんだ」


じっとフランベルは俺の顔をのぞき込んだ。


「うーん。ボクは師匠には眼鏡は似合わないと思うなぁ」


フランベルの身体から黄色い光が放射される。これは初めての色だな。


「そんなに似合わないか?」


「やっぱり師匠はもっとこう……ワイルドな感じがいいと思うんだよね。生肉とか食べる感じでさ!」


「それはワイルドじゃなくて、ただの獣だぞフランベル」


黄色い光は変わらない。否定というほどではないが、彼女にとって好ましくない……ということか。


俺はずっと黙ったままのクリスに向き直った。


「どうだクリス。俺も眼鏡をかければ知的に見えるだろ」


クリスはうつむくと肩をプルプルと小刻みに震えさせていた。


あれ? なにかまずいことを言ったか? 怒らせるつもりは無かったんだけど……。


「れ、れれれレオ! その眼鏡を外して早く!」


うつむいたままクリスはらしくもなく声を荒らげる。


「いや、実はこの眼鏡……わけあってしばらく着けてないといけないんだ。今日はそのことでちょっと相談したいこともあってさ……って、クリス?」


震える彼女が顔を上げた瞬間――


俺の目の前がピンクのカーテンで閉ざされたように、桃色に染まった。


レンズが激しく振動し……ピシッ! ピシッ! とヒビ割れる。


やばい……なんだかわからないけど……。


バリーーーーーーーーーーーーーーン!


眼鏡のレンズが突然――砕け散った。


「うわ! なんで砕けたんだよ!?」


クリスが何らかの魔法を使った気配はない。


「だ、大丈夫ですかレオさん!?」


エミリアが悲鳴をあげる。


「あ、ああ。俺は大丈夫だけど……まいったな」


眼鏡を外すと、目の前に顔を耳まで真っ赤にさせたクリスの顔があった。


「レオ……わ、私……なにもしてないわよ?」


「あ、ああ。それはわかってる。というかレンズが割れたのは、こっちの問題だからクリスは気にしないでくれ」


思い当たることがあった。


あまりに激しい感情を向けられると、レンズが振動して……おそらく耐久力を越える振動で割れてしまったのだろう。


組み手を申し出た時の獅子王以上に、クリスは動揺したのか。


けど、いったいなんでだ? それに光の色も違ったし……。


「ええと、それじゃあみんなで飯にしようか」


砕けたレンズの欠片を俺は拾い集めた。こういう壊れ方をしたと、きちんとジゼルに報告しないといけないしな。


「うわぁ……レオっちその眼鏡、なにか特別なものなわけ?」


「実は知人にちょっと頼まれごとをされててな」


フランベルが興味深げに目を丸くさせる。


「どんな頼まれごとなの師匠?」


「耐久試験ってところだ。この眼鏡は人の敵意を察知するために作られたんだが、どうやら敵意以外も感じ取るみたいで……あんまり強い感情を受けると、今みたくレンズが持たないようなんだ。壊れちまったし、午後の庶務が終わったら依頼主に報告に行くことにするよ」


エミリアがクリスに視線を向けた。


「クリスさん……もしかして……」


「エミリア先生それ以上言わないでください! ちょっと急用ができたのでし、失礼します!」


クリスは買ったばかりのパンが入った紙袋を俺に押しつけた。


「急用って、どうしたんだクリス?」


「な、ななななんでもないわよ! 急に眼鏡男子なんて不意打ちはしないでよバカぁ」


捨て台詞のように言い残して、クリスは廊下の向こうへと走っていった。


「変なクリスだな」


俺にプリシラとフランベルの視線が集まる。


「そっかぁ。クリっちは眼鏡のレオっちが……へぇ~~……なるほどなぁ」


「ボクはやっぱり普段通りの師匠がいいかなぁ」


「何を言ってるんだ二人とも。というか、クリスが心配だな。ちょっと様子をみに……」


行こうとしたところで、俺の腕をエミリアが抱きしめるように掴んだ。


「レオさん! どうか今日だけはそっとしておいてあげてください!」


「えっ? そっとしておけって……クリスは普段から優等生だけに、余計に心配だろ」


眼鏡のレンズ越しにエミリアはじっと俺の顔をのぞき込む。


「大丈夫ですから! 大丈夫ですから!」


今日はエミリアまで、妙にテンションが高めだな。プリシラとフランベルにも視線で聞いてみると、二人もクリスを追うのには反対という空気を醸し出していた。


「わかった。まあ、しょうがないか」


本当は眼鏡の耐久力試験の手伝いを頼むつもりだったんだが、今日はクリスぬきでみんなで昼食を食べるだけになりそうだな。


授業が終わったら王都の金色通りに出向いてジゼルに報告しよう。


しかし……結局ピンクの光はどういう意味だったんだ? クリスに聞くのが一番かもしれないが、また後日、落ち着いた時にでも確認することにしよう。

次回も更新、不定期となります

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