9.捨て身の立候補
「む、無理はいけませんプリシラさん。あの……その……」
言いよどむエミリアに、プリシラは語気を強めた。
「無理なことくらいわかってる! 戦闘実技は限りなくGに近いFだし、他の学科もFばっかりだし……補欠入学のあたしが、勝てるなんて思ってないけど……言われっぱなしじゃ悔しいし!」
補欠ってことは、入試でこぼれたのが、なんらかの理由で欠員が出たので拾い上げられた。
つまり、彼女が今年の新入生二百人の中の最下位ってことか。
プリシラは目尻に涙をため込んで、クリスに詰め寄った。
「あたしは負けてもいいけど、あんたともう一人が勝てば、あいつらの鼻をへし折れるんでしょ!?」
「え、ええと……」
クリスも驚いて返事に詰まっている。
負けも覚悟の上で、人数合わせに立候補するなんて、プリシラはよっぽど腹にすえかねたんだ。
なんとかしてやりたいな。
学園の管理人としてじゃなくて、一人の人間として。
そう思ってみても、あと一人。
もう一人の協力が不可欠だ。
羊たちの群に狼は眠っていないんだろうか?
よし。
ここは……一肌脱ごうじゃないか。
俺は教壇の上に立った。
「諸君。安心しろ。俺が本気で協力する。だから勇気を持って立ち上がってくれ!」
生徒たちから、しらけた視線が次々と俺に突き刺さった。プリシラまで俺を睨んでくる。
「つうか、あんた平民だし。教員でもないのに何を協力できるわけ? 魔力灯の交換とか、掃除じゃないんだし」
エミリアも困り顔だ。
「無理しないでくださいレオさん。お気持ちだけでも十分ですから」
二人とも信用無いなぁ。
いや、まあこの短時間に信頼されるような働きはしてないけど。
なのにクリスだけは、俺を一心に見つめていた。
小さく結んだ桜色の唇をゆっくり開く。
「そこまで言うなら、証明してちょうだい」
彼女の声は凛として、真剣のように研ぎ澄まされていた。
切っ先を喉元に突きつけられたような、殺気含みの言葉に、背筋がブルッと震える。
こういう感覚は、久しく味わってなかったな。
「ああ。証明してやろうじゃないか。魔法の力が低くても、工夫次第で戦える。ましてや平民の俺が、入試トップのクリスから一本取るようなことがあったらどうだ?」
教室内が……ざわついた。
初めて俺の言葉が、生徒たちに届いた気がする。
もちろん、肯定的な反応じゃないことくらい、見ればわかる。
困惑と疑いと、馬鹿な平民を蔑む目だ。
それでもいい。耳を傾けただけでいい。
クリスが俺の顔を指さした。
「大口を叩いたわね。平民」
俺はクリスの顔を指さし返す。
「俺はこの場でクリスに試合を申し込む! 三十分後に第三闘技場で勝負だ。エミリアクラスの生徒は、全員見に来るように」
「その勝負、受けて立つわ。私はギリアムクラスに勝ちたいの。そのためにも、貴方の本当の力を見極めたいから……一切手は抜かない」
俺とクリスは同時に腕を下ろした。
これで、戦う当人同士の合意は成ったな。となれば次は担任の許可だ。
「構わないなエミリア先生?」
エミリアは俺とクリスの間で、視線をいったりきたりさせていた。
「え、ええと……あの……ええとぉ」
クリスがエミリアに歩み寄る。
「やらせてください! 先生!」
最終確認のように、エミリアが俺を心配そうに見つめた。
「エミリア先生は、さっき勇気を見せてくれた。今度は俺の番だ」
「どうか、本当に無理だけはしないでくださいね」
これでエミリアの承諾も得られたな。
たぶん、平民の俺が身を挺して、この教室の羊たちに「どんな劣勢でも諦めない姿勢」を示すことで、誰かの心に火をつけようとしている。
とでも受け止められたんだろう。
まあ、半分当たりだ。
話が付いたところで、プリシラが俺にほほえみかけた。
「レオって馬鹿なんだ」
おっ! 名前で呼んでくれるとは!? ちょっと嬉しい。
ははーん、さては俺のかっこよさについに気付いたか?
「惚れるなよ」
「いや、全然ないから。マジウケルんですけど」
左様ですか。
さてと、久しく使っていない筋肉を動かしますか。
脳も目も肉体も、軽く馴らしておかないとな。
■プリシラ・ホーリーナイト エステリオ一年 補欠入学
召喚魔法言語学=D
理論魔法学=F
感情魔法学=E
精霊魔法学=F
魔法史学=E
回復魔法学=D
戦闘実技学=F
魔法芸術学=E
魔法工学=F
魔法薬学=E