<プロローグ> ※表紙画像が表示されます。
生まれた時から俺の意識は、はっきりしていた。
それが“普通ではない”と知ったのは、言葉を話せるようになってからだった。
俺は古の魔法使いの一族の中でも“特別な存在”だったらしい。
普通の子供よりも早く読み書きを覚え、魔法が使えるようになったのは五歳の時だ。
天才として英才教育を受け、十三歳で俺に教えられる教師がいなくなった。
なぜ、みんなが俺をここまで鍛え上げたのか、気付いたのも十三の時だ。
故郷は幾重にも張られた結界によって外の世界との交流を閉ざし、世界から孤立していた。
結界の外の世界では、今も人間と魔族が戦い続けている。
古の魔法使いの一族は、その戦いに加担せず、結界の中に閉じこもり静観を決めたのである。
その結界を破り、侵略する者が現れた時……脅威から故郷を守る盾になるよう、俺は育てられたらしい。
外の世界に興味があった。まだ俺が知らない魔法や技を知りたいと思った。
それに結界に引き籠もったままでいいんだろうかと思った。
魔族の侵攻は日に日に苛烈さを増しており、人間は劣勢だ。
古の魔法使いといったって、同じ人間じゃないか。
だから俺は……結界の外に出た。
一族の禁を破って広い世界にうって出たのだ。
行く先々で人間を苦しめる魔族と戦い、倒す度に強くなり、次々と強敵を撃破していった。
いつしか勇者と呼ばれるようになっていた。
そして今まさに、魔族を統べる魔王と対峙し、追い詰め、トドメを刺そうというところなのだ。
「勇者よ。我を滅ぼそうとも、我が意思を継ぐ者が現れ、必ずや復讐を果たすだろう」
呪いの言葉に耳を貸さず、俺は先ほど編み出したばかりの、七つ目の技を試すことにした。
相手が強ければ強いほど、俺は必殺技をひらめくことができる。
普通、必殺技と呼べるレベルにまで魔法や技を昇華させるには、達人でも最低十年はかかるらしい。
逆に言えば、魔王と刃を合わせるということは、それくらいの経験を数分で積むような事なのだ。
魔法力を放出し、束ね集めて強化された聖剣の切っ先。それを神速の踏み込みとともに、まっすぐ打つ。撃つ。穿つ。
一見するとシンプルな突きでしかない。もちろん、ただの突きなら何度となく、阻まれた。
同じモーション。同じタイミング。同じテンポで放つ……異質の一撃。
それは、魔王の分厚い胸板を貫いた。
魔王が幾重にも張った理論魔法による障壁や干渉など、ものともしない。
そういう“式”が込められた一撃だからこそ、必殺の名にふさわしかった。
反魔法剣――アンチマジックソード。
何度も同じ“式”の障壁を見せられたら、こっちだってその綻びくらい見つけるっての。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
薄暗い魔王城の奥に、断末魔の絶叫が響く。
魔王の肉体は聖剣から放たれる魔法力によって、内部から崩壊を始めた。
「たった一人の人間に……我が……我らが……」
高位魔族特有の、金色の瞳から光が失われる。虚無の闇へと魔王の肉体が沈み始めた。
俺は相手の胸から聖剣を引き抜くと、魔王に告げた。
「悪かったな……“ぼっち”で」
普通なら魔王を倒すまで、仲間と苦楽をともにして、出会いと別れを繰り返したりするだろう。
生死の境をさまようような過酷な展開や、甘く熱いラブロマンスなんかがあったって良さそうなものだ。
が、そういったものとは無縁だった。というか、無縁にしたのは俺自身である。
あえて“ぼっち”であることを選んだのだ。
外の世界の人間と比べて、俺は……強すぎた。
あまりの強さに味方のはずの人間たちまで、この力の暴走を恐れるほどだ。
がんばればがんばるほど、周囲の人間が距離をとるのが肌でわかった。
ここ最近じゃ、まるで魔族を見るような怯えた視線で……もうこっちが気が気でなくなる。
子供なんて目が合っただけで泣き出すし!
古の魔法使いの一族が結界内に引き籠もった理由を、外に出てから俺は実体験で学び……理解した。
いや、悲観的になるまい。戦って勝つために最適化した結果が“ぼっち”だったんだよ!
“ぼっち”は戦術!
仲間を庇って隙を作るようなことがない!
町でも村でも王都でも、必要最低限のコミュニケーションで十分!
誰とも仲良くならないから、人質の取りようがない!
だから俺、この戦いが終わったら、しばらく隠遁するんだ。
禁を犯して故郷にも帰れないしな。
それで、ほとぼりが冷めてから世界を旅するんだ。自由に気の赴くままに!
はは! はははは! きっと楽しくなるぞ!
俺が感傷と妄想に浸っている間に、魔王は事切れようとしていた。
消えかけの花火のように力無く、魔王が呟く。
「この……悪魔……ぼっち……め……」
「うるせぇ。それが魔王の言う最期のセリフかッ!? つうか、ぼっちは余計だろ!」
魔王城の広間には俺の声だけが反響するばかりで、言葉を返す者はもういなかった。
魔王は完全に消滅した。
勝った! 勝利の喜びを分かち合う仲間はいないけど、俺は勇者として魔王を打ち倒したんだ!!
“ぼっち”万歳!
って、自分で思っておいてなんだけど、誰もいないって、やっぱり悲しいぞ!