勝ったはいいけど……
「さて、私の勝ちなわけですが」
立っている人の方が少ないフロアにて私はいまだ暴れたりないのかカタカタと震える魔ノ華の刃を元の形状に戻し、腰の鞘に戻します。
パチンっという乾いた音が響いた途端、背中の羽根は霧散し、明らかに濃い魔力が周囲に広がりました。
『すごいね! リリカ! これならドラゴンも倒せたんじゃないの?』
興奮した様子でくーちゃんは飛び回ります。そんなくーちゃんに私は首を振ります。
「多分ですが無理です」
『どうして? さっきみたいに魔力使いたい放題ならいけるんじゃ』
ああ、やはりそう理解してましたか。
「魔法で強化してるのはあくまで補助です。いつもより数倍の魔力を使えば疲れますし、速く走れば足が重くなります」
『つまり?』
「使ってる間はいいですが時間経過で反動がきます。主に筋肉痛」
効率のいい魔法ではありますが短期決戦向きの能力であり、長期戦になればなるほど強化していても筋肉痛がくるでしょうしね。
一瞬で勝負を決めるならそう負荷はかからないでしょうが。
「さて道化師。これで文句は……」
勝利宣言をしてやろうと道化師を探しますが見当たりません。
「残念ですが、美少女……」
「ん?」
シェリーが全く残念そうに見えない顔を私に向けてきます。むしろその表情は面白くてたまらない。そんな色を伺わせる表情でした。
「道化師はあなたが巨大化さした剣でケルベロスと共にプッチンしてしまいましたわ」
「は?」
思わず間抜けな声がでました。言われてゆっくりとケルベロスを叩き潰した方へと視線を向けます。
まずは紅い大きな染み。ふむ、こちらはケルベロスに違いないようですね。
そしてそのかなり後ろの方に確かに小さな紅い染みがありました。
「えー、あれで死んだんですか?」
まさかのおまけ感覚で死にましたね。よく言われますが本当、人生って何が起こるかわからないものです。
まぁ、勝ちは勝ちでしょう。
「で。私の望みは誰が叶えてくれるんですかね?」
「あら、美少女。あなたの望みはのだったのかしら?」
私の横に優雅に歩み寄りながらニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべたシェリーが立ちます。
「私の望みは弓ですよ。あとコート」
弓は今日叩き斬られてしまいましたしお気に入りだったコートは先ほど切り裂かれましたからね。大樹から作られたエルフの里特性の弓でしたし、それなりに良い物だったんですよね。
「あら、弓とコート位ならば私があげますわ。これから私達は共犯者なんですから」
クスクスと愉快げに笑いながらシェリーは私の要望を了承してきます。
「シェリーのほうは道化師になんの要望を出す気だったんです?」
なんとなく予想が付きますが聞いてみます。するとシェリーは「わかってるくせに」と言わんばかりの表情で私を見てきながらも口を開きます。
「まえからうざかったので道化師の命をいただく予定でしたわ。ま、不運な事故で亡くなってしまいましたが」
どこからともなく取り出したハンカチで目元を抑えながらヨヨヨと泣いてるふりをするシェリー。白々しいですねぇ。
仕方なしに肩をすくめるだけにしときましょう。
『わたしは果物がいいなぁ』
さっきまで食べてたのにまだ食べるんですか……
「ふふ、いいですよ」
私が絶句しているとシェリーが勝手に約束していました。あれ? 契約者私ですよね?
「お嬢様、そろそろ」
「そうね。アリエル」
首を傾げている私を他所にアリエルは先ほどまで使っていた紅茶のセットわいつの間にかしまい、周囲に一礼しています。
「それでは皆さん、今回は我が『黒薔薇』の新メンバーたる美少女のデビューにお付き合いいただきありがとうございました」
挨拶を一方的に告げたシェリーはアリエルを引き連れ疎らな拍手が響くフロアの出口に向かいます。
「行きましょうか、美少女。お父様のところへ」
「娘さんを私にください、とでも言えばいいのかな?」
私が冗談目かしてそういうとシェリーは少し驚いたような表情を見せましたがすぐに意地の悪そうな笑みを再び浮かべます。
「それも面白そうですが、今日のとこはやめておきましょう」
「……冗談ですよ」
なんとなく怖かったので一応言っておきます。
シェリーが出口に向かう後ろを私とくーちゃんは欠伸をしながら着いて行くのでした。