躾も大事
舞い降る雪の中を私とくーちゃん、そしてあと一体が進行します。私は徒歩、くーちゃんは私の頭の上、そしてもう一体、メソメソと泣く大精霊には見えないイフリュートは私に腕を引かれ、というか座り込んでいるので引きずりながら移動しています。
「あなた、大精霊でしょう? しゃんとしてくださいよ」
重さというのは全く感じませんが、それでも引きずるというのはなんというか精神的に疲れるんですよ。
イフリュートはというと相変わらず泣いていまさすし本当は置いて来たかったんですけどねぇ。
『これ、いるとボクラむしむし』
『あったかいんだから〜』
『かんきょうおんだんかそくしん?』
様はここにいられるとボクラは安全に過ごせませんと追い出されたわけです。自分よりランクの低い精霊に。大精霊が!
まぁ、炎の精霊ですから雪の精霊とは相性的な物もあったんでしょうけどね。
『どうせ私はいらない子』
先ほどまでは轟々と炎を巻き散らかしていた四対の羽も今や見る影もなくというか見えなくなっていますし、普通に見たらただの子供ですよね。
『というかなんで炎の精霊がこんなとこにいるの?』
くーちゃんの何気ないつぶやきに私も思いつきます。
確かにドラクマは寒い所だと聞きました。炎の精霊が自分から来るとは考えにくいですね。
「そう言われればなぜです?」
歩みを止め、引きずっているイフリュートに振り返ります。自分が見られていることに気付いたイフリュートはのろのろと立ち上がりました。
『うーん、呼ばれたから?』
「はぁ?」
呼ばれたからくるなんてなんてお手軽な大精霊でしょう。何か置いたらすぐに来てくれるんですかね。
ふむ、くーちゃんはリンゴできそうですね。そう考えたらお手軽かもしれませんね精霊。
『リリカ失礼なこと考えた?』
「私のような心清らかな乙女がそんな事考えてるわけじゃないですか。ほら、この眼を見てください」
『眼を瞑ってたらみえないじゃん』
くだらない会話をしながら歩いているとどうもイフリュートがそわそわしていることに気づきました。
「どうしました? ついに自分で歩く気になりましたか? それともトイレですか?」
『精霊はトイレになんていきません!』
なんですかいきなり大声出して。あれですか、情緒不安定ですか?
『あなたの腰に下がってるの刀?』
イフリュートは私の腰に視線を向け、且つ綺麗な指が妖刀を指します。
私は腰の妖刀ぽちを鞘ごと抜き、イフリュートに見えるようにしました。
「これですか?」
『そう、それよ! 魔剣よね? それ』
「違います」
『え、ちがうの?』
「これはぽちです。それ以上でもそれ以下でもありません」
『なんだか意義があるみたいよ?』
私の持つ妖刀ぽちがカタカタと怒りを表すかのように震えています。
なんですか、まだこの名前に文句があると? 往生際が悪すぎますね。
『いや、リリカ。ポチはかわいそうだよ』
「くーちゃん、こういうのは初めが肝心なんです。どちらが上かを決めるためにも」
今だに震えるポチを鞘から抜き、振り上げます。刀身に光が当たり薄く紅く輝きます。
そのままぽちを振り下ろし、雪原に叩きつけます。無論、手加減なんて一切していません。降り積もっていた雪を消しとばし硬い大地に叩きつけたので若干手が痺れましたが。
『でもそう考えてもそれ、明らかに……』
なにやらイフリュートがブツブツとなにか呟いています。今は躾が最優先です。
ひたすらにぽちを地面に叩きつけ続け文字通り心を折るべく!
やがて抵抗がなくなったぽちに満足すると刀身についた雪を払い落とし鞘へと戻します。
『でもそうだとしたらあの……があんな滑稽な姿に……これは笑えるわ!』
なんなんですか、あの大精霊は。今度は楽しげに笑いだしましたね。情緒不安定すぎますよね。
ん?
収めたはずのぽちがこのときを待っていた! と言わんばかりに鞘から飛び出しいまだにニヤニヤと笑い続けるイフリュートへ切っ先を向け飛翔していきます。
『な、魔の!? ちぃ、やっぱりこっちには気づいていましたか!』
自分に迫る敵意に感づいたのかニヤニヤと笑うのを止め、先程雪崩を消し去った大剣、緋ノ華を呼び出しました。
『昔のようにいじめられていた私ではありません! かっかってこいやぁです!』
挑発するように言い放ったイフリュートに向かいぽちが飛び込み周囲に雪煙と轟音を轟かせました。
雪煙の中に紅い光が舞うたびに周囲の地形が徐々に変わっていきます。
「ぽち、動けたんですねぇ」
『突っ込むのはそこじゃないと思うよ?』
ぽちもきっとストレスが溜まってたんでしょう。たまには発散さしてあげるのも飼い主の務めです。
「ぽち、ほどほどにしといてくださいね」
くーちゃんのあきれたような声を聞きながらすでに私はイフリュートとぽちの戦いを見るのをやめ、背を向けると歩みを進めていきます。
背後の喧騒を聞き流しながら雪を踏みしめ進むと、視界が一気に開けました。
「あれがドラクマ」
既に眼下に入る距離までになった新たな街を見て声を上げました。
『ギブ! ギブ! すいません!生意気言ってました!ごめんなさぁぁぁぁぁぁい』
背後からの声で台無しでしたね
大精霊はばかなのか