史上最悪のえんかうんと
『リリガー!』
雪に飲み込まれるというトラブルに見舞われておそらくは二、三時間経過したころ、くーちゃんが泣きながら飛びついてきました。
「どうしました?」
『ふつー⁉︎ なんでそんなふつーなの!』
そう言われましてもね。
『雪崩に巻き込まれたんだよ⁉︎ 普通は死ぬんだよ⁉︎』
「あ、あれ雪崩という現象なんですね」
『そうだよ! スノーベアと戦ってると思ったら大きな音鳴って火柱は上がるし、雪崩は起きるしなにをしたの!』
ここで肉を焼いて食べてましたなんて言ったらくーちゃんが怒るのは目に見えていますね。もっともらしい事を言っときましょう。
「クマ風情が卑怯にもチマチマ攻撃してきたので腹が立って魔石で燃やし尽くしたんですよ。あと、目印にもなるかと思って」
以下にも雪崩の原因はたまたま魔石で攻撃したから起こったということにしておきましょう。
『雪山で魔石使うとかバカなの⁉︎』
結局怒鳴られました。
くーちゃんの説教は一時間ほど続き、途中で船を漕ぎ始めた私を『寝るなー! 寝たら死ぬぞー!』と言いながら全身を使った体当たりを頬っぺたに叩き込み続け、今や満足そうに私の肩に座っています。
「……頬っぺたが痛いです」
頬っぺたをさすりながら私はボヤきます。
体当たりされ続けた頬っぺたは真っ赤に晴れ上がり、そこだけ異様に熱を持っています。
『ひやす? ひやす?』
嬉々とした様子で雪玉を作り両手で構えてくるくーちゃん。
この精霊、段々性格悪くなってきてませんかね?
ジト目でくーちゃんを見ますがかの精霊さんはやたらと瞳をキラキラとさしているだけです。
「まぁ、痛いのはいいんですよ」
『ちぇ』
なんで残念そうにしますかね。
「それよりくーちゃん、カトラスはどうしました?」
手にしていた雪玉をポイポイっと放り投げているくーちゃんに尋ねます。
くーちゃんにはカトラスの手綱を任せましたからね。
まぁ、逃げられても問題ないんですが。
『呼んだらくるよ!』
「……なぜドヤ顔なのかはわかりませんがとりあえず呼んでください」
『わかった!』
くーちゃんは指で円を作るとスゥッと息を吸い、
『ピィィィィィィィィ!』
「なんで⁉︎ 指の円の意味は⁉︎」
口で叫んでいました。
『気分的な?』
「……そうですか」
精霊も気分で動くんですね。
そう考えていると何かがこちらに近づいてくる気配がします。
まさか、本当に来るとは…… 精霊恐るべし。
しかし、やたらと地響きがありますね。また雪崩でもおきるのでしょうか?
くーちゃんに感心と畏怖をしながらそんなことを考えながら振り返ると。
「グルルルルル」
「あー」
言葉を濁すしかありませんでした。
「くーちゃん」
『……なにかな』
少しづつ空に逃げようとするくーちゃんを掴み、逃げ出せないようにします。
「私はカトラスを呼んで下さいと言いましたよね?」
『わたし呼んだよ?』
ええ、確かに私にも見えますよ。カトラスらしき物の足《•》がね。
さて、その足がどこにあるかというとですね。
「そのカトラスの足が! ドラゴンの口から見えてるんですけどね⁉︎」
『えんかうと!』
「笑い事じゃありません!」
ええ、私とくーちゃんの目の前には黒い鱗、漆黒の翼を携え、凍えるような蒼の瞳でおそらくカトラスであろう馬を捕食している、史上最強の生物であるドラゴンさんがいました。
ドラゴンさんが口を動かすために生々しい音と赤っぽい液体が地面に落ちては雪を朱色に染め上げていきます。
「ああ、今日は今まで生きてきた中で一番最悪の日かもしれません」
たまらず悪態を付きますがそんなことでこの絶望的状況は改善されません。
やがてドラゴンさんの口の動きが止まり、こちらにもわかるほどゴクンという音が聞こえ、どうやらお食事が終わったということがわかりました。
満腹なら帰っていただきたいところですが……
「グフグフ」
ああ、帰る気なさそうですよねぇ。
完全に私、餌として認識されてますよ。
よりにもよってドラゴンさんに。
「はぁ」
ため息を尽きながら私は魔法のカバンに手を入れ、魔石を取り出します。
ドラゴンさんの鱗は上位魔法すら弾く鱗。魔石では足止めになるかどうかもわかりませんが。
「黙って食べられる趣味はありません!」
取り出した魔石は白色をした光の魔石。
それをドラゴンさんの顔面めがけ投擲、すぐさま踵を返し逃走を開始します。
踵を返した瞬間、背後から光の本流が爆発。周囲を一瞬、神々しいまでに輝かせます。
「ガァァァァァァァァ⁉︎」
その光をおそらく近距離で喰らったであろうドラゴンさんが悲鳴をあげます。
「至近距離からの光は目を殺りますからね!」
いかに鱗が硬かろうと目までは覆っていないでしょう。
背後で暴れまわるドラゴンさんの気配を感じながらも私は足を止めません。安全圏わかりませんから!
ドラゴンさんの絶叫は空気を震わせ、逃げる私の身体をも震わせてきます。
無茶苦茶に暴れまわっているのか逃げる私の真横にへし折られたのか巨大な大木が倒れてきて冷たい汗が私の背中を伝います。
「くーちゃん! 魔法ください!」
『よしきた!』
威勢のいい声と共に私の体が風で覆われる。
これにより、私の足が雪に足を取られる前に風が雪を吹き飛ばしてくれるようになったため走るのが非常に楽になった。
「にげるよ!」
『とーぜん!』
私の声にすぐさま答えたくーちゃんは私にしがみついたのを確認すると私も自身の身体強化魔法を使い、ドラゴンさんから逃げるべく全力で雪原を駆けるのでした。
ドラゴンはやばい
エルフよりやばい




