あれがすぽーついがくの走り!
新たに奴隷にしたカトラスの背に乗りドラクマへの道を駆けます。
馬というのは凄いですね。景色があっという間に後ろに置き去りにされて行きます。
確かにこれを使えば騎士が最強の気分になるのもわかるというものです。
『はやいねー』
「ですね」
徒歩十日という距離との事でしたがこのペースならさらに早く着きそうです。
「やりますね。じぇ『カトラスね』
く、名前をこっそりと変えようとしたのですが失敗しましたか。
しかし、徐々に寒くなってきましたね。頭上からはチラチラ白いものが舞い落ちてきます。
すでに街で買った雪兎の白いコートを着込み寒さには備えています。
「これが雪ですかね」
落ちてくる雪を手に掴み、眺めていると掌の中でゆっくりと溶けています。
ふむ、これは、
「不思議現象!」
こんな不思議物体が存在するとは私、エルフの里から出てよかったです。
カトラスを駆けらせること一時間。
私達は雪が降る中山のふもとを走ります。
すでに周囲は真っ白な世界へと変わっており、吐く息も白く染められます。
遠くにはドラクマ山が見えていて山頂も白く染めています。
『真っ白! 真っ白だよ!』
くーちゃんはさっきから雪を見てはテンションが上がりっぱなしです。
雪に突っ込んでいってはキャッキャと声を上げながら遊んでいます。
一方、私はというと、
「寒い、やだ、帰りたい」
寒さでカトラスの上から動きたくなくなっていました。
まさか、自分がここまで寒さに弱いとは……
想定外過ぎます。
いや、こんな銀雪の世界。生きている動物のほうが少ないでしょう。
生が全く感じられない世界。
今のこの雪に閉ざされた世界というのはまさにそれでしょう。
「本当に生き物の気配がしませんね」
『はー楽しかった』
満喫したくーちゃんが雪まみれになりながら私の頭の上に乗っかってきます。べちゃりという音が頭上で鳴り同時に頭に冷たい感触が伝わってきます。
「冷たくて気持ち悪いですよくーちゃん」
『リリカも突っ込む? 雪に』
くーちゃんがやたらとキラキラとした瞳を私に向けてきますがしませんよ? 濡れるし凍えますし、そんなことしたら死んでしまいますよ。
「なにか体を動かすようなことならいいんですけどね」
『魔物が襲ってきたりとか?』
そうですね。それならばいい運動になるでしょうが。
するとくーちゃんは満面の笑みを浮べます。
『ならよかった! ほら!』
くーちゃんが私の頭から飛び降り、目の前でフワフワと浮かびながら私の背後を指差します。
めんどくさげに私が振り返ると、
「……なんですかあれは?」
『魔物?』
私が振り返り視線を送った先には立ち上がる雪煙。なにかの大群がこちらに向かってきているようです。
いやな感じがするので魔法のカバンから弓を取り出し、構え、矢を放とうとした時、指がかじかんで動かないことに気づきます。
「手! 指が冷えて動かない!」
『凄い勢いできたよ⁉︎』
私が射殺すと思っていたくーちゃんも予想外の事に動揺。すぐに私の頭の上に移動してきました。
くーちゃんが頭に乗ると同時に私はカトラスの腹を蹴り、一気に駆け出させます。
嗎を上げた後にカトラスは疾走を開始。手綱を握り、弓をしまいながら後ろを振り返り様子を見ます。
どうやら私達を追いかけている向こう側のほうが速いらしくみるみるうちに距離を詰めてきています。
私の目に入ってきたのは真っ白い愛らしい熊。ただし口元が明らかに噛まれたら即死しそうな歯並び、そしてなぜか足元には騎士がつけていそうな足甲型のブーツ。
「あれが雪国名物、ブーツベアですかね」
ブーツベア。
聞いた話では雪国に入ったら絶対に会いたくない魔物第一位に上げられるブーツを履いたクマだそうです。ただ、そのブーツというのが下手な鎧なら軽々とぶち破るほどの威力らしく。愛らしい外見とは裏腹に危険度がかなり高い魔物と有名らしいです。
そのブーツベアが視認する限り十頭ばかり、人間のように二足走法で凄まじい速度で迫ってきていました。
『このままじゃおい疲れるよ!』
「いや、あのクマすごくないですか? なんか昔の本で読んだ《すぷりんたー》みたいな走り方ですよ⁉︎」
私達を追いかけてきているブーツベアは背筋を伸ばし、無駄な力を入れず、踵で走るという里で読んだ『すぽーついがくしょ』に基づいた走り方をしています。
「たかだか魔物のくせに見事です!」
『感心している場合⁉︎』
心からの賞賛を送った瞬間、距離を一気に詰めてきたブーツベアが跳躍。自慢のブーツで私達に襲いかかってきたのでした。
スプリント走りする熊!