よくある悲劇ってやつですね
「やはり遠くから見るより近くで見た方が破壊痕の凄惨さがわかりますね」
『……まともなテントが一つもないよ』
元盗賊団アジトは今や見るも無残な荒野になりかけています。そんな半荒野化しているアジトを私とくーちゃんは周囲に散らばっている武器、防具を新たに拾う、または回収しては魔法のカバンに放り込みながら歩いて行きます。周辺にある武器、防具は全て、全て弓への矢へと変わりますからね。多くあって損ということはありませんからね。
しかし、このアジトもボロボロですよね。まぁ、あれだけ風矢を喰らい続けて無事だとも思ってはいませんが。
手加減? そんなものする必要がある相手だとは思いませんでしたよ。
『あ、マリーだ』
「ん? ああ、本当ですね」
くーちゃんが指を指す方を見ると確かにマリーが岩に座ってこちらに向かい手を振ってきます。
人が大変な目にあってる時になにをしていたんですかね。
血色がやたらといいのは輸血でもしたんでしょうかね。
「リリカ、こちらは十人程潰しといたけどそちらはどうです?」
「何人潰したかは覚えていませんがリーダーのシュバルツって男を潰しましたよ? というかなんでそんな休憩してるんです? 私を助けに来たりする気無しじゃないですか」
「君に助けなんていらないでしょう? シュバルツというそいつが賞金首ですね。サクッと首を撥ねて冒険者ギルドに持って行きましょう」
あや、確かに助けとかいらなかったですけど気分の問題ですよ。
しかし、やはり賞金首は首を撥ねるんですね。顔潰さなくてよかったです。最後の一撃は顔か腹か迷ったんですよね。腹にして正解でした。顔ならトマト潰したみたいになってでしょうし。
「で、リーダーはどこです?」
「あっちよ」
私が指差した先は樹々が薙ぎ倒され一本の道となっている方角です。
私とマリーはその道を遡るべく歩き始めます。
「そう言えば苦戦したのですか? やたらと血塗れみたいですけど」
「シュバルツに蹴り喰らって吹き飛ばされた」
出血は止まっていますが今だに体の内側がジクジクと痛みます。シュバルツの首を撥ねて安全を確保した後に痛み止めでも調合しましょう。この痛みはなかなかに応えます。
「あなたの弓の射程から逃れながら蹴りを入れるとはその男やりますわね」
「……」
言えない。刀で遊んでいたところを蹴りで吹き飛ばされたなんて……
気づかれないように視線をマリーから逸らしながら私は黙々と歩くことに集中することにします。空ではくーちゃんがくすくすと笑っています。
『バレたら恥ずかしいものね』
ええ、そうですよ。そこは空気を読んで黙っていてほしかったですね。マリーにはくーちゃんの声が聞こえないとはいえあまりいい気分ではありませんからね。
「あれですかしら?」
マリーの声に地面を見ていた顔を挙げると今まで見てきた木の中でも一際大きな大樹の根元に転がり周囲の大地を血に染めているシュバルツを見付けました。その少し離れたところには彼の鳩尾に叩き込んだ斧槍がえらく歪んだ状態で無造作に転がっています。
「あれは致命傷ですね」
こうやって見ている間にもシュバルツの周囲の大地は赤く染まっていきます。血が完全に止まってないんでしょうね。
「シュバルツ、シュバルツっと、あ、ありましたわ」
マリーが賞金首のリストの絵とシュバルツを交互に見ながら探しているようでしたが歓声を上げます。やはりこいつは賞金首でしたか。やたらと強かったですしね。
「ぐ、がほぉ!」
「あ、生きてましたか」
血を吐きながらよろよろと大樹を支えにシュバルツは立ち上がり私たちを睨み付けて来ます。
「お……はし……」
「あの、はっきりと喋ってください。聞こえないので」
「死人に鞭打つというのはこういうことを言うのかもしれませんわ……」
『同感』
外野、うるさい。黙っていてもらいましょう
「俺は帝国に殺された妻と息子の仇をとるまでは死ねないのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ありきたりな話ですね~ 作家としては失格ですよ?」
「いや、実話の悲劇でしょ!? しかもこの人作家じゃなくて盗賊だし」
マリー、なかなかに突っ込み上手だったんですね。
シュバルツの話はこうでした。
ある夫婦と息子が幸せに暮らしていました。
しかし三年前、その幸せな家庭は崩壊します。騎士のパラディアン帝国の騎士たちが略奪目的で村を襲ってきたそうです。
当時は戦争中だったこともあり村ひとつ消えたところで問題にもされなかったそうです。
シュバルツも戦いましたが帝国の騎士たちには及ばず妻と、息子は目の前で殺され自分も死に掛けましたが命からがら生き残ったそうです。
そうして生き残ったシュバルツは自分と同じような境遇の奴らをアツメ盗賊団を結成。いつの日か帝国に復習をすることを誓うのでした。
……陳腐な話ですね~
「だから死ぬわけにいかんのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「で、満足しましたか? いい加減に大声がやかましいんですけど」
『「「え……」」』
何ですかみんな揃って「え……」って間抜けな声を出さないでください。
「一人語りに満足したのでしたら、さっさと首をはねましょう」
魔法のカバンから『旋風』を取り出すと軽く素振りを開始します。
「斬首なんて初めてなので緊張しますね。なるべく痛くないようにがんばりたい所存です!」
私が躊躇うこと無くそう宣言するとマリーとくーちゃんがとんでもなく白い目で私を見てきました。
なんなんですかね?
「今の話を聞いてあっさりと首をはねようとするあなたに呆れただけです」
『リリカ、血を見るのためらわないよね……』
「くーちゃん、人はみな弱肉強食なんですよ? あ、お肉が食べたくなってきましたね」
「……この状況で肉が食べたくなるというあなたは異常ですよ」
そんばことは無いと思いますがね。
食欲は生物が生きていくうえでは切り離せない欲求ですし。
それに『殺しにかかってきた奴は腕の二本や三本、いや命も奪って当たり前! by長老』って名言もエルフの里にはありますからね。
殺そうとした奴は殺される覚悟がないと殺しちゃいけませんよ。
「そういうのはよくある悲劇なんでは?」
私が気だるげな瞳でシュバルツのほうを見ると憎悪に染まった瞳が私を射抜いてきます。
「いや、そんな眼で私を見てきてもどうしようもないでしょ」
マリーとくーちゃんは無言。
シュバルツだけがひたすらに憤怒の表情を向けてきます。
「復讐するならその熱があるうちにやるべきだったんですよ。三年前でしょ? 殺されたのは。あなたの目は確かに復讐者の眼ではありますけどね。復讐を諦めてる人の眼なんですよ。瞳にギラギラが足りません。そして……」
「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!」
私の言葉を遮り、瀕死の状態であったはずのシュバルツが咆哮を上げ、こちらに向かい突っ込んできます。死にかけとは思えませんね。しかし、先程私を吹き飛ばした時のような機敏さは全く見られず見るからに遅いです。
構えようとするマリーを手で制止、手にしていた『旋風』を鞘から抜き放ち黒い刃を素早く旋回、頭上に振り上げられた『旋風』が月の光を反射さしながら断頭台と化します。
鈍い音、感触を味わいながら空を見上げると付きに多い被るように黒い球体、鮮血が舞い上がります。
軽やかな音を鳴らしながら鞘に刀を戻し振り返ると丁度ゴトリという音が響きながら怒りの表情のシュバルツの首が転がりました。
「そして、何より力不足だったんでは?」
『「本当に鬼ですよね」』
首に尋ねても返事は返ってこず、ただただ、二人の呆れた声を聞くのでした。
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