ゼィハ、いたんですか
「おおお!」
豚の雄叫びとともに繰り出された大剣の振り下ろしをかわし、私は手にあるぽちを繰り出し腹に突き刺すべく連続で刺突を出そうとします。が、豚が振り下ろした大剣は地面に突き刺さるわけでなく地面をぶち壊しやがりました。足場を崩され態勢を崩した私はその場での攻撃を諦め後ろへと下がりますがそこにさらに砕かれた地面が土の砲弾となって私へと迫ってきました。
「バカ、みたいな力ですね!」
下がりながらぽちを操り切り落としますが数が多すぎます。仕方なしに視界を遮らない程度に隙間を空け、腕で顔を守るようにします。いくつもの土塊が当たり衝撃と痛みが体を襲いますがそんな物よりも驚くものが腕の隙間から目に入ったため目を見開きます。
土塊とともに豚がこちらに迫ってきていたのです。さらには私の目では確認できませんが腕を横に振りぬく動作からしてあの巨大な大剣が横薙ぎに振るわれているのでしょう。
あの太った体でなぜあんな機敏な動きができるのかという謎を思わず考えてしまいそうになりましたが目の前の危機を対処すべく私は顔の守りを止めぽちを盾にするようにし両手で握りしめさらに嫌な予感があったために全身を魔力で覆っておきます。幾つもの土塊が顔にも当たるようになりますがそれよりも横から叩きつけられた大剣の衝撃により体が軋みます。
「うお!」
驚きの声と共に軽く体が浮き上がります。おそらくは魔力を使っていないと吹き飛ばされる羽目になったことでしょう。
魔力で強化したにも関わらず腕に疾る痺れに顔をしかめます。
「るぁぁぁぁぁぁ!」
息をつく暇もないままに豚が声を荒げながら大剣をこちらに向かいくりだしてきます。
「いや、ちょっとは、離れろ!」
痺れた腕では十全という力は入らず強化していても完全に打ち負けます。仕方なしにぽちから魔ノ華へと姿を変え、背中から吹き出る魔力の羽根の魔力を目の前の豚に向かい放出さすことによって私にくっ付き続ける豚と無理やりに距離をとります。
さすがに魔力の流れに逆らいながら突っ込んではこない豚の姿に安堵の息を漏らし、額の汗を拭います。
「なんなんですかあれ。途中から速度が上がったとかそういうものじゃなかったです……」
文句を言ってやろうと言葉を口にしながら豚のほうへと視線を巡らせ、私は途中で絶句します。
目の前で大剣を握る者の姿が豚ではなかったからです。
褐色の肌に引き締まった体、ボサボサだった銀の髪は短く刈り取られたかのように野性味に溢れています。簡単にいうなら今、私の目の前にいるのは豚という食用の動物ではなく、捕食者。命を奪う者の姿がありました。
「豚が狼に変わったようですが一体何をしたんです?」
弛んだお腹ややたらとついていた脂肪がなくなっていますね。体からは目に見えるほどの魔力が立ち上っていました。
「あれがアーミラの固有魔法ですね」
「ゼィハ、いたんですか……」
当たり前のように私の後ろから声をかけてきたゼィハに驚きます。てっきり結界の外にいるかと思ったのですがね。
お見合いの当事者ですから放り込まれたという可能性がないこともありませんが。
「ええ、結界から出ようとしたら出る前に入り口を閉じられたんで出るに出れないんです」
こいつ、実は里の中で嫌われてるんじゃないでしょうか。
そんなことより今は未知の魔法についての情報です。
「固有魔法?」
「ええ、アーミラの固有魔法、脂肪燃焼魔法です」
また聞いたことのない魔法ですね。ですが名前からなんとなくどういったものかわかりますが。
『どんな魔法なの?』
「あれは自分についている脂肪を燃やし、その力を魔力へと還元する魔法です」
やっぱり。豚の脂肪がなくなったのはそういう理由ですか。ということはあの体についていた脂肪全てが魔力へと変わったのであれば今の豚はまさに脂肪の塊から魔力な塊へと変貌を遂げたわけですね。
「先ほどアーミラ固有と言いましたが実際は習得が難しいだけで使える者は他にもいます。ただちょっとした理由で使わないだけで……」
ゼィハが言い澱みほどとは。かなりのリスクのある魔法なのかもしれませんね。
「危険な魔法なんですか?」
「いえ、命に危険があるわけでは…… いや、使い過ぎればあるかもしれませんね。ですが大体はそこまで危険ではありません。男性には……」
男性には?
ということは女性にだけ危険が発するということでしょうか。
「いえ、……なるんですよ」
「は? なんで言いました?」
急に小さな声で言われても聞こえませんよ。
「む……が……です」
「はい! まだまだちっさい! 大きな声で!」
「っ! おっぱいが縮むと言ってるんですぅ!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶようにゼィハが告げます。
うん、羞恥に歪む顔というのもいいものですね。
そんなゼィハの肩に手を叩くように乗せると私は満面の笑みを浮かべます。
「ゼィハ、女性がおっぱいなんて大声で叫んではふしだらですよ」
「あなたって人はっ!」
『リリカ、本当に性格悪いよね』
唇を噛みしめるようにして羞恥ではない赤みがさしたゼィハを私はニヤニヤとしながら眺めるのでした。




