いいぞ、もっとやれ!
「ぜ、ゼィハたん! 婚約者でありお見合い相手である俺になんてことをするんだ!」
「お見合い相手であることは認めますが婚約者とかありえません!」
豚が首元を押さえ膝をつきながら息も絶え絶えといった様子でゼィハを見上げたあとに私へと視線を寄越してきた後にギョっとしたような表情を浮かべてきます。
「な、なんでエルフが!」
「なんですか? 豚さんには関係ない気がするんですが?」
なにやら敵意を向けてきますが私には全く心当たりがないんですがね。
『いやあるでしょ?』
「ないですよ?」
『里ぶっ壊したじゃない』
「あっ」
そう言われたら確かに私はこの里をぶっ壊したわけですから敵意を持たれてもおかしくはないわけですよね。
「む、胸のないエルフが近寄るんじゃない!」
「……あぁ?」
こいつは何を言ってるんでしょう。
「エルフとダークエルフは豊満な女が多いというのになんだその膨らみのない胸は! いや、膨らみというものすら存在しない絶壁じゃないか!」
「……」
『リリカ?』
無言で立っている私を訝しんだかのようにくーちゃんが私の前を飛びながら手を振ってきます。が、私が見ているのは目の前のくーちゃんではなく周りにいるダークエルフの女性に向けられています。
確かに豚の言う通りに目に入るダークエルフの女性はやたらと胸が大きい方が多いようです。
「ちっ」
舌打ちをしながら私と同じような人がいないかを探して見ますが誰もが私よりはあります。唯一の救い小さな子供には勝っているような気がしますがそれを勝ち誇っても虚しいだけです。
再び視線を豚へと戻すといまだに何か口煩くいっています。そして目の前のゼィハはというと先ほどの豚と同じように顔色を悪くしながらギギギと音がなるような仕草で私の方へと顔を向けてきます。
「り、リリカさん。聞いてました?」
「特に真面目に聞いてはいませんでしたがとにかく不愉快な事ばかり言う豚ということはよくわかりましたね」
「胸のない女性など女性ではないわ!」
瞬間、体が自然に動きます。
ごく自然に体に魔力を纏い、さらにその腕にだけ魔力を高密度で集め拳を振り上げ、そして腹ただしくいまだに演説を続けている豚の顔面へと突き刺します。
「ぶへっ⁉︎」
不快な感触を拳に感じながらもとりあえず腹が立つのが収まりそうにないので次に蹴りをたるんだ腹へと繰り出します。
「ごぶっ!」
崩れ落ちそうになる豚を逃す気はなく倒れそうになるたびに拳と脚を叩きつけながらひたすらに豚には踊ってもらいます。
拳と脚を繰り出すたびに不快な感触と共に血と汗がそこいらに飛び散っていきます。
『リリカ、冷静になって……』
「り、リリカさん? それ以上はやめたほうが……」
「やだなぁ、私はっ! 凄く! 冷静! ですよ!」
声を震わしながら私を止めようとするくーちゃんとゼィハに私は笑顔で対応します。しかし、喋りながらも私は拳や蹴りを繰り出すのはやめません。
「が……あ……」
十分ほどそれを続けるとついに声すらあげなくなってきました。周囲には血の匂いが充満しており、私の手もすでに真っ赤っかです。
「飽きました」
面倒になった私は唐突に殴るのをやめ、豚に背を向けます。
背後で何か重いものが倒れるような音が響き渡りますが振り返りません。魔法のカバンに血で濡れた手を入れると水と布を取り出し手に付いた血を洗い流し拭いていきます。
「で、ゼィハ。あの婚約者はどうしますか?」
「え、あ、はい!」
何気なく言うとゼィハはハッとしたようなは返事をした後に直立不動の姿勢を取ってきます。
なぜ、そんなに怯えているんですかね?
私はそこら中が腫れ上がりビクビクと痙攣している豚を指差します。
「今のうちにバラしちゃいます? 豚ですが市場では売れない品種なんでバラしても売れませんがね」
いや、いっそのこと土にでも埋めて肥料にでもしたほうがはるかに効率が良いような気がしますね。
「よし、バラして埋めましょう」
「一瞬の間になんて物騒な思考してるんですか⁉︎」
私がぽちを引き抜き、豚を切り刻もうと振り上げた手をゼィハが身を呈して止めてきます。
「なんですか? この豚のこと実は好きなんですか? 前に本で読んだつんでれとか言うやつですか?」
「いやいやいや! 普通は同族が殺されそうになったら止めるでしょ⁉︎」
言われて僅かに考えます。
長老、もしくはベシュ達が誰かに襲われている場面を想像して見ます。襲われている長老たちの瞳が恐怖に歪んでいると考えるとなんでしょうか。ゾクゾクしますね。
……いいぞ! もっとやれ!
「止めませんね! むしろもっとやれ、私も混ぜろと言うかもしれません」
「本当に悪魔じゃないの⁉︎」
素直に口にしたらすごい顔でおこられました。なぜ?




