あの変態が
「結局野宿でしたね」
「それは問題ないんですがねぇ」
朝まで歩き回ったにも関わらず、空いている宿屋は見つかりませんでした。いや、宿屋自体はあったんですがね。店主がアンデットだったり血塗れだったりしたもので泊まりたいと思えるものてばなかったんですよね。そうこうしているうちに北門までたどり着いたわけなんですがそこには意外と生存者がたくさんいたんですよね。聞き耳を立ててみるとどうやらなにかの不具合があったのか帝都と外を繋ぐ門が開かないということらしいです。そんな生存者たちに紛れながら私とゼィハは比較的人が集まっているところに向かい壁にもたれ掛かり寝ることにしたわけです。
「あ〜体が痛いです」
不自然な姿勢で寝たせいで体を動かすたびに音がなります。隣を見るとゼィハも同様に体を動かし音が鳴っていました。
太陽が上にあるということは昼過ぎなんですかね? 門はというと全く開く気配を見せません。
「目的地も決まったことなんでさっさと抜けたいところですね」
「ですが難民みたいになってますからすぐには抜けれませんよ?」
面倒な。というかあっさりと壊れてしまう門というのもどうなんでしょうかね。緊急時に、いや今まさに、役立たずの状態なわけですし。
「おお⁉︎ そちらにいらすのは麗しのエルフ嬢では!」
大きな声を出されたために仕方なしに振り返ると腰に細剣を携えた男が砂埃を上げながらこちらに走ってきていました。
「げ、剣聖」
おそらくは露骨に嫌な顔をしたであろうことが自分でもよくわかりました。それとは真逆にやや汚れた礼服を着込みながらも四剣聖の一人たるビーチ・クイックはキラキラした笑顔を私に向けながら人垣をかき分けるようにして向かってきていました。
「このような殺伐とした場でもあなたという光を見つけられたことを主に感謝しなくては!」
「きもい」
素早く私の目の前で片膝を付き恭しく私の手をとり自然な動作で私の手の甲に口づけをしようとするビーチを一言で切り捨て、私はビーチの手を払いその勢いのまま拳を作ると今まさに口づけするために近くにあったビーチの顔面に容赦なく拳を叩きつけます。「ふぎゃ!」という騎士らしくない悲鳴を上げながらビーチは転がるように後ろに下がりました。
「あなた、皇帝の守護が仕事でしょう? こんなところで遊んでていいですか?」
まぁ、皇帝はおそらくは死んでいるんでしょうが。パーティ会場ではこいつは見かけはしなかったですがこいつの方が私の姿をしたどこでも自爆くんを見ている可能性はありますからね。
「皇帝は崩御され、王族は滅亡しました」
「それはそれは……」
まさか皇帝以外も死んでいたとは。エルフ、ちょっとびっくりです。何に対して驚いたか? それは王族全体の運のなさに対してです。
さすがに肩を震わせて悲しんでいる様子のビーチにそんなことを言うほど私も空気の読めない女ではありません。
「これで僕は自由だぁぁぁぁぁ! ひゃっほぅぅぅ!」
陰鬱な空気かと呼んで黙っていた私の配慮を台無しにするかのような嬉々とした笑みでビーチは両手をあげて喜んでいました。そして今になって気付きます。肩を震わしていたのは悲しみからではなく歓喜であったことに。
『リリカ、空気の読めない女だったね』
「そんなことをあえて言うくーちゃんも読めてませんよ」
「あたしから言えば二人ともですが」
体全体を使い喜びを表現しているビーチをよそに誰が空気が読めないかという不毛な会話をしているわけですが途中で疑問が湧き上がります。
「剣聖であるあなたがなぜ皇帝の死を喜ぶのです? それに死んだ皇帝は賢王だったのでしょう?」
私の声が届いたのビーチは喜ぶのをやめ私の方に笑みを貼り付けたままの顔を向け視線をよこします。
「ええ、賢王でしたとも。あの方の眼は人の適正がわかるんですから。適正のあるものをその場に収めれば良い効果が出るでしょうね」
「なら賢王なのでは?」
『良き行動は良き結果を生むのじゃ! たまにすべるがな by長老』とか爺いが言ってた気がします。
そんな私をよそにビーチは細めます。
「適正は確かに最良の答えを出すでしょうが最良が常に良いものだとは限らないんですよ」
「というと?」
ゼィハはなんとなく察したような表情をしていますがわからない私には関係ないので放ってビーチに再び問います。
「僕は騎士になんてなりたくなかったんだ! 一生女の人の尻を追いかけまわしていたかったというのに!」
すっごいくだらない理由で怒ってますね。というか働くのが普通でしょうが。
「あの賢王もといむかつく皇帝が死んだ今! 僕を止めることなんてできないんだぁぁぁ! 全力で残りの人生をおっぱい揉むことについやすぞぉぉぉぉ!」
「すごい下品な剣聖ですね」
ゼィハの的を得た言葉に頷きます。大きく声を上げるビーチを呆れるような目でゼィハ、くーちゃんと共に見ていると一瞬にしてその姿がかき消えます。
次いで風が吹き、何かがお尻触るような感触が走ります。
「っ!」
不快感から反射的に背後に手を伸ばしますが伸ばした手は何も掴むことはなく空をきります。
「そう、今の僕は剣聖にあらず! 剣の道で得た全ての技を性的なものへと昇華さし剣性となったのだ!」
どこか誇らしげな声が聞こえましたが内容は人としてというか生き物として最悪な気がします。
ワハハハ! と楽しげな声を上げながら走り去り小さくなるビーチの後ろ姿が見えました。
「あの変態が!」
怒りながら見ていると難民と化した帝国民の中に飛び込んだビーチは颯爽と駆け抜けながら女性の胸やお尻をやたらといい笑顔で触っていました。やがて堪能し終わったのか垂直であるはずの城壁を駆け上がりはじめます。剣性はすでに人の動きをやめてますね。
「うせろ汚物が!」
私同様に触れたらしいゼィハが底冷えするような声を上げながら黒のナイフを駆け上がるビーチに向かい振るい黒い魔力が雷の如く放たれます。黒い魔力が城壁を駆け上がるビーチを襲いますが腐っても剣聖。背中に目が付いているかのように容易く避け、ゼィハをさらに激昂さしていきます。それの感情に呼応するかのように放たれる魔力は激しさを増し、城壁に穴をあけるほどになっており、穴だらけになっていきます。
やがて城壁を完全に登りきってしまうとあっさりと壁の向こう側へと姿を消してしまいました。
「あたしの胸は駄乳なんかじゃないぃぃぃぃ!」
……一体何を言われたんですか。
ゼィハの悲痛な叫びを聞きながら疑問を感じた私でしたが音を立てて倒壊していく壁を越え見た後にあえて口に出すことはしませんでした。下手に口答えしたら今は命に関わりそうですからね




