色違い
薄っすらと意識が上がっていく感覚。それを感じながら私は目を開きます。
気付くと一面が木に覆われたような場所に私は立っていました。
はて、私は確か瓦礫に潰されたような気がするんですが。ということはここは噂の死後の世界というやつなんですかね?
「死後の世界は意外と明るいんですね。あと緑もたくさんあります」
以前、死にかけた時は確か川があった気がするんですがねぇ。今回はどう見ても森です。どこか懐かしい感じの森です
「エルフの森に近いですね」
『それはおねえさんの頭の記憶を元に作られているからだよ』
背後から声をかけられ驚きますがそうと悟らせないように警戒しながらゆっくりと振り向きます。
振り返ると一本の木に腰掛ける上から下まで真っ黒な服をきた子供の姿がありました。
「またあったねおねえさん」
「ダンジョンであった子供ですか」
にこやかな笑みを浮かべヒラヒラと手を振ってきます。会うのは二度めですが忘れっぽい私でも覚えています。それほどに目の前の子供は不気味だったからです。
相変わらず少年なのか少女なのかわからないような顔立ちをしていますね。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
「ここどこですか? 私はさっきまで街にいたはずなんですが」
会話をぶった斬るようにして私は自分の疑問を聞きます。
「ここはおねえさんの心の中の景色を具象化した空間だよ」
「意味がよくわかりませんが死後の世界ではないんですね」
首をひねりながらそう答えると子供は初め肩を震わせながら、そして途中からは腹を抱えるようにして笑い始めました。なにかおかしなことでもありましたかね?
「ふふ、大丈夫だよ。おねえさんはまだ死んでない」
「まだですか」
目尻に浮かんだ涙を拭う子供をは『まだ』の部分を強調してきましたね。つまりは死ぬ手前なんでしょうが。
「そんな怖い顔しないでよおねえさん。ぼくは別におねえさんをどうこうする気はないんだよ?」
「名前も名乗らないやたらと大人びた子供を信用するのは無理があるでしょう?」
私の物言いが若干嫌だったのか唇を尖らせるようにしながら「おねえさんがそれを言うかなぁ?」と零します。エルフは体の成長より精神の成長が先ですから仕方がないのです。
「まぁ、この間会った時に名前を言わなかったのはおねえさんが多分まだ聞こえないと判断したからだよ」
「聞こえない?」
特殊な言語でも使っているんでしょうか? それとも名前を声に出せないような呪いにかかっているとかでしょう?
「そういうのじゃないよ。単純に資格がなかったんだ」
私の心を読んだかのように答えを告げ、苦笑いをしてきます。私は警戒するかのように腰に手を伸ばしますがそこにいつもあるはずのぽちは影も形も見当たりません。
「ここには精神だけが来ているんだから物質は持ち込めないよ」
「心を読まれるのは愉快ではありませんよ」
「それは失礼失礼」
軽く謝るように一礼してきますが微塵も誠意がありませんね。私がジト目で見ていることに気づいた子供はバツの悪そうな顔をしますがすぐににへらぁと笑みを浮かべます。
「さて、とりあえずは時間もない用件だけをさっさと済ませよう」
「なにを……」
食ってかかろうとする私を制止するかのように子供が指を鳴らします。それはよく響き、私が動こうとするのを止めるほどでした。
というか体が全く動きません。
睨むように子供の方を見るとこちらを赤い瞳が眺めていました。そしてそこでようやく気付きます。中性的な顔立ちであるということがわかっていても私がその子供の顔を認識できていないということを。
「テキパキと終わらせるよ」
いつの間にか私の眼前までやってきた子供が私の前に手を掲げます。そしてその距離になり私はようやく子供の顏を認識することができました。褐色の肌、赤い瞳、そして流れるような銀の髪。
「私の色違いみたい……」
「然り、僕は私であり君だ。君の中にいるからこそ僕は君の姿を借り顕現する」
「さあ、契約を交わそう」
声が目の前の、色違いの私からではなく空から降ってくる。
「君の求めるものは我が持ち、僕が求めるものは君が持つ。その力を持って僕の願いを叶えよ」
堕ちてくる言葉は私の耳に入り、掲げられた手へと視線が釘付けになる。
「力を欲せ、対価を払え、それをを持って我との契約を完了とせん」
こちらに向けられた手の平に複雑な形をした魔法陣のようなものが自然と描かれ、それが描かれた手が私の胸へと押し付けられる。
押し付けられた箇所が熱を持ち痛みを発する。顔をしかめその場所を見ると傷ではなく魔法で描かれたような魔方陣が刻まれています。しかし、それは時間と共に薄く、見えなくなっていきました。
「これで君は得た力を使うことができる。そしてようやく僕も名前を君に告げることができるよ」
笑う子供でしたが私はいしきを保つことが精一杯であり崩れるようにその場に倒れ込みます。それでも子供の姿を捉えるべく上を見上げます。色違いの私が私を見下ろすというのはなかなか奇妙な光景な気がしますね。
「使い方は追々わかってくると思うよ、リリカ。そして僕の名前だけどね」
楽しげに、本当に悪意などが一切ない笑みをうかべながら。
「アルガンテロア。それが僕の名前だよ」
自身を指差しながら名前を告げたアルガンテロアは愛らしいものでした。




