面倒ですね
以前来た時とは比べものにならないくらいに荒れ果てたカジノの中を私達はというか私は鼻歌を歌いながら歩きます。時折奇声を上げながら襲ってくるモンスター達は棍棒のような形に変わったぽちで粉砕しつつ装飾品を失敬しつつ先に進みます。
つい先日きたヴィツーの部屋の前までくると手にしていたぽちがガタガタと震えます。やはりここで間違いないようですね。
「ヴィツーさん、遊びましょー」
友達の家を訪ねるかのように軽く二回ノックを行い三回目はノックではなく軽く飛び上がり脚だけを魔法で強化、空中で体を回転さし蹴りを扉にぶつけます。
「『自由すぎる』」
体を回した時に諦めたような二人の視線を感じましたがもう遅いです。
蹴りを叩き込まれた扉は容易く壊れ部屋の中へかなりの速度で飛んでいき、何かを潰したのか破砕音を響かせます。
「失礼しまーす」
『本当に失礼だよね』
頭にくーちゃんを乗せながら私はヴィツーの部屋へと足を踏み入れます。おそらくは先ほどまでは綺麗にされていたのでしょうが何故か扉の正面はいろいろと散らばっています。
「なんのようだ? リリカ・エトロンシア」
目に見えるほどの怒気を秘めた魔力を纏った噂の人ヴィツーが椅子に座って出迎えてくれました。パッと見た限りでは全く怪我などはしている様子は見られませんね。
「いやー、カジノに遊びに来たんですがね? そこいら中がモンスターだらけで遊べる状況じゃないじゃないですか。カジノ大丈夫ですか。あ、あとあなたからの依頼で受けていた皇帝の暗殺ですが終わったのでその報告に」
この惨状を作ったのは私ですけどそんな自分で自分の首を絞めるようなことは言いません。
「ふふ、はははははは!」
しばらく様子を見るようにしていると肩を震わしながらヴィツーが笑っていました。
「はははははは!」
私もそれに合わすように笑います。くーちゃんは私の頭から飛び立つとゼィハと共になにかに怯えるかのように僅かに後ろに下がります。
「ふざけるなよ、あの女狐の指示か?」
笑顔が一転。とても怖い顔になりました。
「あいにくと私には狐の知り合いはいませんけど?」
「ふん、まあいい。それで報酬でも受け取りに来たのか」
椅子にもたれ掛かり面倒そうに尋ねてきます。ああ、そういえば報酬はなんでもくれるんでしたね。
「そうですね。報酬を頂きましょう」
「ほう? 何が欲しい? 金か? 権力か? 男か?」
「そんなものはいらないのでね」
手にしていた棍棒状のぽちをゆっくりと持ち上げ刀の形に戻すとヴィツーへと切っ先を向けます。
「…… なんのつもりだ?」
「報酬の話ですよ。あなたの持つ魔の欠片をいただきます」
「最終的には魔王復活の場に全て集まるのにもかかわらずに今欲しいと?」
「ええ、私欲しいものはすぐに手に入れるタイプなんで」
我ながら会心の出来の笑顔で話せたと思います。
しかし、ヴィツーから放たれるのは魔力とそして殺気でした。
ゆっくりと彼が立ち上がり一歩ずつ歩みを進めるたびに部屋が震えているような感覚が私を襲います。
「なら俺からも報酬の提案をしようじゃないか」
「聞きましょう」
「ここで引けば命を助けるという報酬はどうだろう?」
「バカですか?」
間髪入れずに答えた返答に対し返ってきたのは視界を覆い尽くすほどの巨大な拳でした。反射的にぽちを盾にするように掲げますが拳はぽちごと殴りつけると私の体が宙に浮きます。そして気付くと背中に衝撃が走り、次に痛みがじんわりと広がります。どうやら殴られただけで壁に叩きつけられたようでした。
「話し合いの場ではなかったんですの?」
壁から出て服についた汚れを落としながらヴィツーの方を見ます。彼の腕は人間ではありえないほどに大きなものへと変わっていました。腕だけで彼の体の倍くらいはあるよう非常にアンバランスです。あれで殴られたと思うと少しイラつきます。
「残念だよ、リリカ・エトロンシア。俺はお前を多少は気に入っていたんだが」
「そうですか、私はあなたのこと好きでもなんでもありませんよ?」
「社交辞令だ!」
怒鳴り声と共に振るわれる棍棒のような腕を私は再びぽちで受けます。しかし、今度は力負けをするわけではなく床を砕きながらも踏みとどまります。
「魔ノ華」
より密度の濃い魔力を纏った魔ノ華へと変え力で押し返します。さらにこちらから駆け、体勢を崩しているヴィツーに向かい刃を容赦なく振るいます。弧を描いた刃は確実に首を切る軌道を通っていたにもかかわらず、私は再び衝撃を体に感じ後退を余儀なくされます。
「面倒ですね」
『な、な!』
「ふむ!」
私は小さく舌打ちをし、同時に口の中に溜まった血を吐き捨てます。くーちゃんは開いた口が塞がらない様子で、ゼィハは興味深そうに顎に手を当てながら観察をするようにヴィツーをみていました。
「手が六本とか」
ヴィツーの体を中心に彼の肩から左右対をなすようにして腕が三本ずつ出てきており何故か筋肉をアピールするかのようなポーズを取っていました。




