全力で殴ってますが?
「いや〜」
スラムに足を踏み入れて五分。
すでに私は入ったことを若干後悔し始めていました。というのも。
「しつこいですよね」
ぽちを振るい、鈍い音が周りの建物に反響します。同時に悲鳴も上がります。
騎士と別れてから数分で私はスラムの住人らしき人達に襲われる羽目になったわけなんですが、殺気だだ漏れの野生の獣のような人達が次々と休みなしに襲ってくるので若干疲れ気味です。
「死ね!」
「嫌です」
粗末な棍棒のような武器を振り上げ襲ってきたものに対して私はぽちの刃の付いていない方に返すとを容赦なく顔面に叩きつけます。
「ぷぱぁ⁉︎」
愉快とも間抜けともとれるような悲鳴と共に柄越しに何かを潰したような感触が広がりますが嫌がっても入られません。すぐさま体を回転さし背後から迫る奴にぽちによる斬撃ではなく打撃を叩き込んでいきます。
『襲ってきたら殺ってよし! 誤解から殺したのなら逃げればよし! by長老』
とりあえずは襲ってきてるわけドスから殺されても問題ないわけですから結構容赦なくぶっ飛ばしていきます。
『ねぇ、リリカ』
「なんです?」
以前なら暴力行為があればギャーギャーと喚いていたはずのくーちゃんですが今は欠伸混じりに話ができるほどになりました。これも成長と言えるでしょう。
『いつもなら攻めてきたら容赦しないのにどうして今回は手加減してるの?』
「全力で! 殴ってますが?」
くーちゃんとの会話を行いながらぽちを振るい鈍い音と共に血の跡を地面へと増やしていきます。
顔を変形さすほどの打撃を手加減というならなかなかひどい奴だと思いますが。
『だって殺してないでしょ?』
「ええ」
『いつものリリカなら襲ってきた奴らなら絶対躊躇わずに首とかはねるよ?』
意外と良く見ていますね。確かに今回襲ってきた連中は現在道端のあちこちでうめき声を上げながら生きてはいます。当然無傷ではありません。大なり小なり怪我をしていますがそれでも死んでいる人はいないでしょう。なにせ死にそうな箇所にはぽちで殴っていませんし。
彼らはなにかの役に立つかもしれませんからね。
『悪い顔してるなぁ〜』
「そうですか?」
近くにある積み上げられた木材に腰掛けながら顔をペタペタと触りますが自分ではわかりません。
そうしてしばらくくーちゃんと話をしていると殴り飛ばした連中が目を覚まし始めました。
「はい、おはようございます」
「っ⁉︎ な、なんだってだ!」
にこやかに笑いながら話しかけたのにもかかわらずゴロツキ連中は明らかにおびえた様子で後ずさります。
『顔が怖いんじゃないの?』
「ばかな、美少女の顔を見たらみんな幸せな気分になれるんでしょう?」
「ひぃぃぃ」
『いや、美少女はぽちの切っ先を首筋に押し付けたりしないと思うよ?』
「ふむ、つまりは時代が私に追いついていないんですね」
ならば納得です。
頷くとぽちを軽く振るい微かについていた血を払うと鞘へと収めます。
それん見てゴロツキ共は明らかな安堵のため息をつきます。
そうして緊張感が緩んだ瞬間を狙い収めたぽちを瞬時に抜刀。体全身を使いながら回転し魔力で強化。凶刃と化した刃を、おそらくは石材でできていたであろう壁へと解き放ちます。
甲高い音を立てながらぽちは壁を易々と斜めに両断。ゆっくりとズレるようにして壁は倒れていき重苦しい音と共に膨大な量の砂埃が立ち上がります。
「で、あなたたちに聞きたいことがあるんですがね?」
「「「な、なんなりと」」」
再びぽちを鞘へと収め、ニッコリと笑いながら問いかけると直立不動の姿でゴロツキ共が綺麗に声を揃えて肯定の意思を示してくれました。
「いやぁ、誠意ある対応をすればみんなわかってくれるものですね」
『どこか誠意ある対応した?』
襲われたけど殺さないというのは大分誠意にあふれた対応だと思うんですがね。
「あの、俺たちは何をすれば?」
怯えたような姿でゴロツキ共のリーダーらしきものが尋ねてきます。
「ああ、あなたたちに届け物ですよ。このスラムの現状を憂いているさる貴族の方々からです」
魔法のカバンから次々と食料を取り出し地面へと置いていきます。
どんどん積み上げられていく食料の山にゴロツキ共は唖然。
「さる貴族の方は名前は明かせないが今後も援助をしていくとのことですよ」
最後の食料を置いた後に私はそう告げゴロツキ共の反応を見ます。
「さる貴族だと?」
「穏健派の連中が?」
「いや、モンブラン伯爵ではないか? あの方はスラムをどうにかしたいという噂が……」
いい感じに勘違いしてもらっているようで幸いです。
「ではこれをスラムの住人に配って分けてあげてくださいね」
「わ、わかりました!」
ゴロツキ共は見かけによらずにテキパキと動き食べ物を持つとスラムのあちこちへと姿を消していきます。その動きに感心しながら私は笑みを浮かべすでに敵のいなくなったスラムを後にするのでした。