やはりここで間違いはないですね
「あーだんだん面倒なことに巻き込まれてる感が半端なくなってきました」
コインを入れる。レバーを引く。ボタンを押すという三工程を私はどんよりとした気分でこなしていきます。
『暗殺なんて面倒なことを引き受けなきゃよかったんだよ』
「それはそうなんですがね」
ボタンを押すと画面の図柄が停止し、その役柄に応じたコインが出てくるようですがなかなか揃いませんね。
『それよりね、リリカ』
「なんです?」
頭の上のくーちゃんから不機嫌そうな声がこぼれます。人の頭の上に無許可で座っておいて不機嫌な声とは一体どういう了見でしょうね。
『なんでこの騒がしいところにきたの?』
くーちゃんの言う騒がしい所。
それは人々の歓声と悲鳴が集まる場所、カジノです。もはや害悪と言っていいほどの音が鳴り響いていますが風魔法の応用で任意の音以外を聞こえないようにすれば大した問題ではありませんでした。
「シェリーが言ってたでしょ? ここにも魔の欠片があるって」
『あ、偵察に来たんだね』
シェリー曰くここにも魔の欠片があるらしいですからね。近くにこればぽちがなんらかの反応を示すかと思ったので来てみたわけですが。
「これ全然当たらないんですけど!」
『偵察じゃなかったの⁉︎』
カジノで一番の人気ゲームだと言われているスロットとやらをやっているのですが全然当たりません。大当たりを引けば大雨のようにコインが出てくると聞いていたのですが私の財布からお金が減っていくばかりで一向に増える様子は見えません。
「音を遮断していても当たったのはなんとなくわかるんですよねぇ」
なにせやたらと大袈裟に喜んでいるのですから音が聞こえなくても嫌でも目に入ります。当たった者は歓喜し当たっていない者は羨望と嫉妬のこもった瞳で当たった者を眺めているという光景があちらこちらで見られます。もちろん私は当たってないので後者になりますが。
『リリカ、結局何しに来たの?』
ため息混じりの声でくーちゃんが尋ねてきます。さっきも言ったと思うんですがね。
「偵察ですよ? あ、また、外れた」
『説得力ないなぁ』
コインが空になったので私は席を立ちぶらぶらとカジノの中を歩き回ります。
その際にはきっちりとぽちが揺れていないかの確認をしながら歩きます。
「しかし、本当に騒々しいですね。ここは」
風魔法を切ったので耳が痛くなるような騒音が再び耳に入り始めたために私は顔を歪めながら呟きます。
以前来た時にも思いましたがここにいる人たちは飢えた獣のように目が危ない色を放っています。
「私の幸せになる白い粉とは全然ちがいますね」
『あれ売っちゃダメだからね』
ハイハイとくーちゃんに適当に返事をしつつ歩いているとぽちがかすかに震えます。
「やはりここで間違いはないないみたいですね」
以前ゼィハのいるダンジョンでも魔の欠片が近くにある時はぽちは反応していましたし、ここに魔の欠片に近い何かがあるのは確定です。しかし問題はどこにあるかなんですがね。首を傾げ考え込んでいると背後から威圧感のようなものを叩きつけられたため腰のぽちの柄に手をかけます。
「俺のカジノはどうだ? リリカ・エトロンシア」
「そうですね。騒がしいことこの上ないですが気配を消して後ろに立つ輩もいるようですしもう少し警備を厚くすることをお勧めしますね」
とりあえずは皮肉で返すと背後からクククと愉快げに笑う声が聞こえると共に威圧感が消失します。
「お前は面白いな。エルフの癖に」
「そうですか? 他の方々がエルフに高尚なイメージを持ち過ぎなだけだと思いますが?」
柄からは手を離さないまま私が振り返るとこのカジノの支配者たるヴィツーが楽しげに口元を歪ませ私を見ていました。
「ふん、まあいい。このカジノに何の用だ? まさか遊びに来たわけではあるまい?」
「いえ、全くもって遊びに来ただけですよ?」
さすがにここに魔の欠片があるから来ましたなんて言えるはずがありませんからね。
「そうか、それで仕事を受ける気になったのか?」
「ああ、暗殺ならやってもがぁ⁉︎」
突然ヴィツーに口元を抑えられます。あわてると目の前のヴィツーはさらに慌てたようにしていました。
「お客様! 大丈夫ですか⁉︎」
「もがぁ! もが!」
声を出そうとしますがかなりの力で口元を押さえられているため何を言っているかわからない呻き声しか上がりません。しかし、そんな私を無視しかつ引き摺るようにしてヴィツーはいかにも急病人を運んでいますと言わんばかりに「お客様! お客様!」と熱のこもった演技を続け、私は意識を手放すのでした。