勇者、あなたにだけは会いたくありませんね
門を潜り帝国の中に入った私は感嘆の声を上げ飛び跳ねます。
「おおー! ごうかけんらんとはこういう状況に使う言葉なんですね!」
『意味はわからないけど、なんだかすごいということは伝わってくるよリリカ!』
いつもならするどい突っ込みを入れてくるくーちゃんですが今日は特に突っ込みもなく私と同じように感嘆の息を漏らしているようです。
どこを見ても人、人、人。
その一人一人がなんらかの目的を持って動いているのでしょう。かなりのというか気持ち悪いほどの量です。
「うぷぅ、馬車酔いが治ったと思ったらなんなんです、この人の量。気持ち悪い」
「相変わらずゴミのように人がいます〜 何人か死んでもわらからないでしょうに」
「姉御、思っても口に出さないほうがいい」
「お肉! お肉の匂いがします!」
後ろを振り返ると人の多さに再び顔を青くしながら酔うダークエルフ、目を細めて物騒なことを言う我が姉、それを諌める勇者の従者、そして鼻をひくつかせお腹を鳴らしながらよだれを垂らしている腹ペコシスターという錚々たるメンバーです。
「そうだろう! 帝国は活気があるからなぁ!」
「……生きてたんですか」
「おぅ!」
先ほどまではククにロープで括られ引き摺られていたはずのブロック肉はいつの間にか手足が生え、体の傷も治るという魔族も驚く再生力を誰からも頼まれていないのに勝手に披露していました。
「俺もさ! 転生したての時は驚いたぜ。ここ電気とかないじゃん? 電波もないし勇者とかチートスキル貰ってなかったら速攻で死んでる自信があったわ」
HAHAHAと朗らかに笑うカズヤですが彼の言ってることはよくわかりませんね。助けを求めるようにフィー姉さんを見ると、
「カズヤのあれは前からの病気よ〜 適当に聞き流してたらいいわ〜」
「無駄に本当ぽい」
「でも嘘みたいな話ばかりですし」
この勇者には信頼と呼べるものが欠片もないんでしょうね。当の本人は全く気付いていないようですが。
「で、勇者たちはどうするんですか?」
「俺たちというか俺は職業柄王城にいかないといけねぇんだよ。ほら、俺勇者だから」
「はいはい」
露骨に勇者であることをアピールしてきますがうざいことこの上ありません。お伽話の中の神様たちをバカにするわけではありませんが今代の神様は確実に人選を誤っているとしかいいようがありません。
「逆にロリエルフ、お前たちはどうするんだ?」
「ロリエルフ言うな。意味がわかりませんが非常に不愉快です」
腰のぽちの柄へと手をかけると「はいはい」とカズヤは笑いながら両手を挙げます。その表情にイラっとした私は無意識にぽちの柄を持つ手に力を込めます。
「気が変わりました。その首をもらいましょう」
告げるや否や鞘から抜き放ち白刃をカズヤの首めがけて振るい放ちます。ヘラヘラと笑っているカズヤには斬撃ら見えないでしょう。
「だめ」
ギィンという音と衝撃を受けぽちは上へと弾かれます。いつの間にか私とカズヤの間にはヴァンが立っています。おそらくは私があげたナイフでぽちをすくい上げるようにして弾いたのでしょう。
「お、なんだよヴァン。やっぱりお前はちゃんと俺の従者なんだな!」
自分を守ってくれたのが嬉しかったのかにやにやとしながらカズヤは告げています。ヴァンが氷点下の瞳を浮かべていることもしらずに。
「ここでコレを殺すのはまずい。やるなら街の外。一応勇者だから」
「なるほど。参考になります」
ヴァンの言葉に納得した私はぽちを鞘へとしまいます。
殺るなら街の外。つまりは人に殺されたとわからないように殺れということですか。となるといろいろと準備が必要となりますね。拷問用の武器なども買い揃えていたほうがいいかもしれません。
「ヴァンに免じて今日は見逃してあげますよ勇者。月のない夜には気をつけることですね」
「おっかねぇ! だがこれでロリエルフルートへのフラグがたったな」
相変わらずよくわからない言葉を不快感を感じるような声色で言ってきますね。
「うう、リリカちゃんと離れ離れなんて……」
「姉御、ファイト」
「フィーさん、早く肉を食べに行きましょう!」
フィー姉さんは涙を流しながら別れを惜しみ、それをヴァンが慰めていますが横のククはというと垂らしたよだれで地面に水溜りを作っていました。
「では勇者一行の皆さん、また会いましょう。勇者、あなただけはもう会いたくないものですね」
「安心しなロリエルフ! 俺たちはすでに運命という赤い糸で絡み合うようにほつれて誰にも別れさすことができないくらいさ!」
「不愉快だから死んでください」
これ以上は会話をするのも嫌なので私は勇者たちに背を向けて歩き出します。私の背後にはゼィハと今は彼女の頭の上に座るくーちゃんが続きます。
『ここまでリリカが嫌うのも珍しいね』
「あんまり付き合いは長くないですが確かにそうですね。しかし、どこかに行くあてでも?」
「とりあえず冒険者ギルドですかね。なにか楽しいことがないか情報でも集めます。あとはどうせシェリーが現れますよ」
「あら、お呼びになりまして?」
人々の喧騒の中でもはっきりと聞こえる声。そちらの方へと視線を向けると場違いなほどに豪奢な真紅のドレス。翠の髪の美女とその彼女の後ろに影のように立ち、主へ日傘をさすメイドの姿がありました。