大物なんですか?
「ぬぁ⁉︎ なんですこれ⁉︎」
バカから奪った釣竿を手にした瞬間、凄まじい力で引っ張られた私は悲鳴を上げている間に甲板を滑るようにして壁へと叩きつけられました。
「ぐぇ!」
痛みで悲鳴を漏らしながらもなんとか魔法をつかい体を強化し釣竿をしっかりと握り立ち上がります。強化魔法のおかげで多少は楽になり後ろに下がることができましたがそれでも釣竿が引っ張られる力は相当なものです。
「なんなんですかこれは!」
『リリカ、鼻血がでてるよ?』
かなりイラつきながら立ち上がるとくーちゃんに笑いながら指摘されます。仕方ないでしょう! まさか釣竿を持った瞬間に顔面から壁にぶつかるなんて誰が想像するというんです⁉︎
とりあえずは甲板へとポタポタと音を立てながら落ち続ける鼻血を無造作に服の裾で拭います。
「めちゃくちゃ引っ張られてるんですけど!」
強化魔法で一時的に均衡していた力関係は徐々に私が再び引っ張られるという形で崩れつつあります。
しかし、これだけの力を寝ながらも普通に支えていたあのバカな勇者は何気に凄いのかもしれませんね。力だけは。
『これ釣れるの?』
私が今まさに疑問に思っていることをくーちゃが口に出しますがかまっている余裕が一切ありません。
ジリジリと強化魔法を施している足が引き摺られるようになっています。
「釣れるというか! むしろ私が食べられる未来しか観えないんですが⁉︎」
あのばか勇者は魚釣りと言っていましたがむしろこれは狩りでは?
そんなことが脳裏に横切っている中、水面に大きな影が見られます。
「なんです?」
『あれだよ! カズヤが言ってたねっしーって奴だよ!』
そういえばここ一週間はカズヤから色々と話を聞く、というか一方的に話を聞かされているうちにくーちゃんが夢中になって聞いていましたね。ねっしーとかいうのも聞いたことあるようなないような。
大きな影にはおそらく釣り針が付いているのでしょうが全く動きは弱まっていません。
大きな影は徐々に見えなくなり釣竿にかかる力がふっと弱まります。それに対して私は嫌な感じを覚え、次の瞬間、体が今までで一番の危険察知が働きます。
大きな音を立て海を突き破るかのように巨大な物が船の真上を舞い、船体に黒い影を落としました。それに引っ張られついくかのようにして私の手に収まっていた釣竿が空へと飛び立ちました。
大きな影が船体の上を飛び人々が驚きの声を上げている中、影は悠々と船を飛び越し再び海へ勇者の釣竿共々に潜り込み、大量の水を宙に飛ばし私とくーちゃん、そして周囲で同じように釣りをしていた人たちに浴びせてきました。
「うわ! 水かかった!」
『辛い! この水辛いよ⁉︎』
私とくーちゃんは塩辛い水を浴びさせられたための悲鳴を上げます。
というかなんで水がこんな辛いんですか!
「おいあれ!」
「なんて、ことだ」
「やべえ」
なにやら周囲が騒がしくなってきましたね。
私が釣り上げようとしていたのがかなりの大物ということがわかるのでしょう。
「あれはアーマードク・ジラだ!」
どうやら違ったようです。あの釣り針にかかっているやちが有名なようですね。
しかし、一瞬だったのによくわかりましたね。私より目がいいんじゃないですか。
「大物なんですか?」
話をしているおっちゃんたちに向かいながら問いかけるとこちらを向いたおっちゃんたちの顔を見た瞬間に歩みを止め、さらには後ろに下がってしまいました。
「なんて顔してるんですか」
『海より青いねー』
そう、くーちゃんの言う通りおっちゃんたちの顔色が凄まじく青です。話に聞くゾンビでもここまで青くはないでしょう。
「嬢ちゃん……」
「運がなかったなぁ。俺たちはいや、この船は海の藻屑と化すんだ……」
「なにをいってるんですか?」
どうやら絶望しきっているために顔色が優れないようです。
「この船は沈まない船なんでしょう?」
「沈まない船なんてあるわけないだろ!」
怒られました。なんだか理不尽に逆ギレされた気がしないでもありません。
というかあのおっちゃん嘘をつきましたね! 会うことはないでしょうが次に会ったら泣かしてやります。
新たな決意を秘めていると今までとは違う感覚の揺れが船体に伝わってきます。
「なんの揺れです?」
『したから響いてくるね』
くーちゃんの不吉な言葉に同意しながら船の淵の方へ歩みを進め下を覗き込みます。すると私の額に当たるか当たらないかというギリギリの距離を何かが通過し、私に大きな影と大量の水を落としてきます。
「……」
『……またびしょ濡れだね』
ポタポタと音を立てながら落ちる水滴というくーちゃんの言葉を聞いた私は無意識のうちに腰に吊るしているぽちへと手を伸ばすのでした。