その馬鹿には胸を揉まれました
「あら? 知ってる人?」
私が魔ノ華を元の長さに戻すと手甲で覆われた指を額に押し付けるようにし、私のエルフの服より布地が少ない踊り子風の意匠のエルフの服をはためかしながらフィー姉さんは考え込んでいました。
というより目を細めてこちらを見てきているようです。そんな変わらない姉さんを見て私はため息をつきます。
「フィー姉さん、どうせメガネをかけないと見えないんですから早くかけてください」
「あら、私が目が悪いことどうしてしってるのかしら? 不思議だわ〜」
不思議不思議と言いながらフィー姉さんは豊かな胸の間に挟んでいたらしいメガネを取り出しかけます。するとかなりの厚さのあるメガネをかけたため清楚な雰囲気は消え野暮ったい感じのする女性へと早変わりします。
「あら〜 リリカちゃんじゃない〜 おひさ〜」
致命的なまでに目が悪いフィー姉さんがメガネをつけることで私をようやく認識したのか私に対して手をひらひらと振ってきます。緊張感とかそういうのとは無縁の人ですからね。
「久しぶりです。フィー姉さん」
私も手を振り返しながら軽く頭を下げます。
そんな頭を下げてる中くーちゃんが結構な勢いで私の頭をバシバシと叩いてきます。
「痛いですね。なんですか」
『あの人なに? なんかすごいんだけど』
曖昧な表現ですがよくわかります。この人は普通ではありません。ふわふわしたような喋り方ですがあのクソジジイである長老よりも強いですし。
正直、戦いたくない相手です。
「リリカちゃんもしばらく見ない間に精霊さんになつかれたのね〜 お姉ちゃんうれしいわ〜」
本当に自分のことかのようにフィー姉さんは喜んでくれています。くーちゃんがに手を振っているようなのでくーちゃんをみると同じように手を振り返していました。
「姉御、知り合い?」
吹き飛ばされていたナイフを使っていた少年がフィー姉さんの横に移動し控えめに尋ねます。
「そうよ〜 私の妹よ〜」
「姉御の妹! たいへん失礼」
フィー姉さんが私を妹だと言った瞬間、ナイフ使いの少年が目を見開き膝をつくと頭を下げてきます。え、なんなんですか? これ。
困惑している私を見てフィー姉さんはあらあらと笑い返すばかりでした。
「リリカちゃん、この子はヴァン。勇者の従者よ」
「姉御の妹とは知らずにご無礼を働き、この罪は死をもって」
言葉の途中より先ほどとは違うタイプのナイフをどこからか取り出すと自身の首元へ突き立てるべく勢いよく押し込もうとしました。が、それは雷光のごとく閃かされたフィー姉さんの手によって受け止められナイフを瞬時に取り上げると海へと放り投げました。
「ヴァンくん? 自殺は感心しないわよ〜」
『どうしようリリカ! なんだか今まで見たエルフの人たちの中で一番まともに見えるよ⁉︎』
「くーちゃんが私をまともと見ていなかったことがよくわかりましたよ」
頭上で興奮しているくーちゃんを思うとため息が出ます。
「あ、姉御」
「いつも言ってるじゃないですか〜 死ぬなら人目につかないところで迷惑のかからないようにって〜」
『ごめん、リリカ。やっぱりエルフは非常識ばかりだったよ』
「そこで私を含めなければよかったんですがね」
明らかにくーちゃんの残念そうな目線は私も含んでいましたからね。というか私のお姉ちゃんなんですから私なんかよりはるかにクセのある性格に決まってるじゃないですか。
「ところでフィー姉さん」
「なにかしら?」
「あそこで腕や足があらぬ方向に向いてる男はなんですか?」
私が指差したのは私の胸を掴んできた男です。とんでもない衝撃を受けたのか鎧は砕け、手や足はあらぬ方向を向き、体は不規則に痙攣を起こしているようですを、つ
そちらのほうに目線を向けると「あらあら」と言い近づいていき、しゃがみこむと男に手を触れ小さく「ヒール」と呟きました。するとあらぬ方向に向いていた腕が徐々に聞いていると嫌な気分になりそうな音を立てながら元に戻っていっています。
「リリカちゃん、カズヤさんがなにかしましたか?」
「吹き飛ばしたのはフィー姉さんですがね。 そこの馬鹿には胸を揉まれましたよ」
「へえ……」
無意識のうちに私は体をぶるりと震わします。それはフィー姉さんの横に控えていたヴァン少年も同様だったようで私より距離が近い分より強い重圧にさらされているのか額から汗が流れています。冷たい声というのはこういうことを言うのでしょう。フィー姉さんの表情は私たちのほうからは見えませんが家族として断言できます。我が姉は絶対に笑っていると。
「へえ…… リリカちゃんの胸を…… へえ」
抑揚のない声を出しながらもフィー姉さんは治療を続けていましたがやがて傷がなくなりカズヤと呼ばれた男の呼吸が穏やかになるとすぐさまヒールを止め立ち上がります。
「おきなさいカズヤさーん」
先ほどの抑揚のない声と違い気持ち悪いほどの猫なで声を出しながら片足を体の柔らかさを証明するかのように垂直にあげます。そしてその足が罪人を処刑するギロチンの刃のごとしか振り下ろされます。その脚は恐るべき速度をもってカズヤの両足へと吸い込まれていき、
「あがぁぁぁがぁあがぁぉぁぁぁ⁉︎」
カズヤの口から聞くに耐えない悲鳴を上げさせるのでした。




