かのものは今日もグラスを磨く
子供の頃グラスを磨いてるマスターは憧れでした
次の日、私は昼間まで寝ていました。安宿のベッド、おっと失礼。『もうけ亭』でもここまで眠れるとは意外と疲れていたみたいです。
「よく寝ました」
『リリカ、服! 服!』
寝起きな私にくーちゃんが私のトレードマークでもあるエルフの服を放ってきます。
そうでした。
服が汚れたので日に当たるように干していたので私、何も着てないんでした。
なんとこのエルフの服は日の光に当てているといつの間にか綺麗になるというとても素晴らしい一品です。昨日森に行った時に泥だらけになっていた服が新品同様になってます。
それをもぞもぞと服を着込みながら窓から外を見るとなにやら騒がしいですね。道ゆく人の顔が鬼気迫るというか切羽詰まった顔という感じが漂ってますね。
そんなことを考えながら背中に弓、腰に魔法のカバンを吊るします。
よし、これで準備万端です。
部屋を出て階段を降りるとここ数日で見慣れた光景、マスターがグラスを磨いていました。
マスターは私の顔を見ると大きくため息をつきました。凄く失礼ですよね。
「人の顔を見てため息をつくのは失礼だと思うのですが?」
「いや、こんな状況でも眠れているお前さんに感嘆するべきか、呆れるべきか迷っただけだ 」
「こんな状況?」
さっき見た街の人達となにか関係があるのでしょうか。まぁ、知らないことを知ったかぶりをしていても仕方ありません。
「何かあったんですか?」
「ミノタウロスがまた出たらしい」
「魔物ですから出るのは普通なんじゃないんですか?」
魔物だって生き物です。行動を予測はできてもその通りに動くとは限らないでしょう。そういう予知ができる魔眼もあるらしいですが。
「ああ、確かにその通りだ。だが今回は頻度が短すぎる。さらにたちの悪いことに変異種だ。すでに遭遇した冒険者がかなり犠牲になってる」
「それは運がなかったですね」
「なりたての冒険者ならそれで済むが殺られた冒険者の中にはBランクの冒険者もいるんだ」
「ほほう」
『ほほう』
まさかのBランク越え! 初心者の街にそんな高レベル冒険者がいるのも驚きでしたがそれがお亡くなりとは。
「おかげで冒険者ギルドは大慌てさ」
「だったら儲け時なんじゃないの?」
こういう場合はその魔物に賞金が掛けられるって聞いたけど?
「今回ばかりはそうとも言えないのさ」
マスターはため息をつきこちらを見ると再び違うグラスを磨き始める。
「ねえ、お客、私達以外いないのにグラス磨く意味は……」
「Cランクの冒険者が殺られたのならばそうだっただろうな。だが殺られたのがBランク、それで変異種ならばギルドから特別な討伐クエストが出されるさ」
「ねえ、グラス……」
「それが大規模討伐クエストだ」
『リリカ無視されてるね』
くーちゃん言わないでください。こいつは意地でも客が少ないことを認めない気ですね。
しかし大規模討伐クエストですか。
聞いたことのない言葉ですね。
あの、私が何も知らないバカな子みたいな感じの目で見るのやめてもらえませんか? 傷つきます。
「ギルドは基本的に強制的なクエストは出さない。ただ例外が大規模討伐クエストだ。これは街に驚異の存在が出た場合でかつその街での一番ランクの高い奴が殺られた場合にのみ発令される。言ってみれば街の冒険者総出で狩るハントだ」
「ほほう!」
つまりいまだかつてない戦闘が始まるということですね。そこをアレスの試練としましょう。
私が笑みを浮かべるの見てマスターは肩をすくめる。
「まぁ、関心があるのならばギルドに行ってみな。クエストが出ているのであれば話しかけられるだろうぜ」
「アレス連れて行ってみるよ!」
「……あの坊主の不運はお前に目を付けられたことだろうな」
マスターのつぶやきを聞きながら私は階段を駆け上がりアレスの立てかけてあるだけの扉を蹴り飛ばした。
「さあ! アレス! 試練の時よ」
「ふぇ?」
寝ぼけたような声をだしたベッド上のアレスに素早くパンチを繰り出す。
「あたぁ!」
「さあ、行くわよ」
悲鳴を無視しアレスの足を掴むとそのまま引き摺り歩く。
ベッドから落ち、頭を打ったのか鈍い音が響きましたが気にしてはいられません。
「痛い! 痛い!」
「気合が足りないわ!」
階段でもひたすらに悲鳴をあげています。
「お前、鬼だな……」
グラスを磨く手を止め呆れた声を上げるマスターだったが私はその声に勢い良く振り返る。
「愛です!」
「嫌な愛だな」
私がせっかくいい笑顔で言ったのに速攻で否定されました。ちょっぴり悲しくなりました。
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